天骸百合 その5
喫茶店が静寂に包まれた。それもそのはず、客は私たちしか居ないからだ。ここの経営状況がどのようになっているのか気になって仕方ないが、今考えるのはそれではない。
コーヒーを一口啜り、部長が口を開いた。
「さて、それじゃあ作戦会議といきましょうか。百合、敵の戦力がどのくらいだか分かる?推測でいいわ、私たちはそれを信じるから。」
「・・・左右に10人弱ずつくらい。おそらく、ほとんど素人ですね。ただ、うち2人程から尋常じゃない殺気を感じました。この街に来たばかりの風嵐君と似た感じです。」
あの時感じた気配の数を伝えると、部長はなるほどね、と小さく呟き、再びコーヒーを啜った。また喫茶店の中が静まり返った。
「・・・そう、だいたい相手方の戦力は推測できたわ。天骸さんは左右に10人ずつ、併せて20人ぐらいと言ったわね。でも、まだ居るわ。たぶん、100人ぐらい。それと、天骸さんを待ち伏せしていた殺気の強い2人、これはオルトロスのリーダーだと思うわ。」
今まで黙っていた会長が話し始めた。
「・・・つまり、相手はオルトロスってことでいいんですね?でも、何故ただの不良グループが私たちを狙うんです?ハウンドは学内での事件でしか動かない、部外者である彼らとは余りにも接点がなさ過ぎるというか・・・。」
私の疑問に、会長は懐から手帳を取り出して城の絵を書き始めた。
「いいえ、オルトロスとハウンドは私を通して既に繋がっている。何故なら、彼らを動かしているのは今回の革命宣言の主犯だから。仮にこの人物をXとしましょう。彼は時間を掛けて私とハウンドの関係性やその実態を探り、構成員の情報を集めて土台を完成させ、次に実行部隊としてオルトロスと手を結んだ。たぶん、最近彼らの行動が勢い付いていたのは、試用期間の副産物でしょうね。グループの信頼を勝ち得れば、城を守る兵隊として機能する。もちろん、捨て駒でしょうね。元リーダーの2人はともかく、今回天骸さんを待ち伏せしていたその他大勢は、貴女の力を見極めるための噛ませ犬ってところかしら。あわよくば潰そうという思惑だったのかも知れないわね。頭さえ生きていれば組織は何度でも蘇る。それを知っているから絶対前線には出てこない。」
会長は絵を書きつつ話を進めると、一旦ペンを置いて水を飲んだ。私は完成しつつある城の絵を見た。簡素ながら要点を的確にまとめた文章と絵の分かり易さから、彼女の教養の高さと同時に、その分析力にも驚いた。
「・・・さすが、会長です。恐れ入りました。ですが、どうしてXが前線に出てこないとはっきり言い切れるんですか?」
私の問いに、会長は凛とした口調で答えた。この時の彼女を今でも鮮明に覚えている。一切の感情を持たない鉄のような目でこう言ったのだ。
「有能な指揮官は常に臆病でいなければいけない。自分に危機が迫れば、味方を盾にしてでも逃げて次の作戦を立てる。それが仕事だから。前に出て指揮を執るなんて愚行にも程があるわ。Xはそれが分かっているのよ。私がそうであるように。」