天骸百合 その4
午後3時、私は学園近くの喫茶店でコーヒーを飲んでいた。目の前には部長こと
姫咲向日葵と、生徒会長の法条蒲公英が座っている。
「・・・なるほど、それでひとまず退いてきたわけね。賢明な判断だわ。」
部長はカップの中のコーヒーをかき混ぜながら言った。因みにこのコーヒーには
角砂糖が10個ほど入れられている。無表情で淡々と角砂糖を放り込んでいく部長
には、僅かながら戦慄した。
「それで、どうするの?双六は振り出しに戻ってしまったようだけど、何かしらの
策は講じているのかしら?」
会長が外の景色を見ながら尋ねた。
「・・・策、ですか。これと言って考えていません。では逆に聞きますが、そんな
ものが必要ですか?敵を探してこれを殲滅する。単純な話では?」
私の言葉に、2人は少々驚いたような表情を浮かべた。でも、すぐにお互い顔を
見合わせて笑った。
「ふふ、確かにその通りね。柄にもなく、難しく考えすぎていたわ。なんたって、
私や侘助がいるものね。まあ、もしもの時は助けてくださいね、“蒼宮さん”。」
部長は言いながらこの喫茶店のマスターである蒼宮さんに小さく手を
振った。すると、蒼宮さんは困ったような笑みを浮かべながら言った。
「おいおい、勘弁してくれよ、向日葵。君の手助けをするのは吝かではないけれども、
僕にだって立場というものがある。そこでだ、彼に意見を聞いてみよう。」
マスターはコーヒーカップを拭いていた男性を指さした。話し掛けられているにも
かかわらず、彼は黙ったままだった。2人ともカウンターの中にいるため、聞こえて
いないはずはない。マスターは苦笑し、指を3本立てた。すると、男性がおもむろに
口を開いた。
「取引成立だ・・・。最近、“オルトロス”とかいう不良グループがはしゃぎ回ってる
のは知ってるだろう?元々は名前の通り2人の頭がグループを仕切ってたらしいんだが、
近頃、頭の総入れ替えがあったようでな、しかも、そいつらの上にもう一つ頭が増えたらしい。なんでも、そいつが相当な切れ者
って話だ。あくまで噂に過ぎないが、黒蜜の生徒も複数混じっているらしい。」
彼はそう言った後、エプロンを脱いで外に出ていった。どうやら休憩らしい。
「・・・前から気になっていたんですが、“戌淵さん”って何者なんですか?情報通と
呼ぶにしては、余りにも知りすぎています。」
「そりゃあ、ここは喫茶店だからね。いろんな客の話を聞いているだけで、とりとめの
ない情報がいくらでも集まるのさ。それこそ全く役に立たない雑学から、巷の噂まで。
彼はその中から有益なものを選別しているだけさ。何も特別なことはしていないよ。」
蒼宮さんはそう言って店の奥に入っていった。これから始める話し合いの邪魔をしまいとする配慮であることはすぐに理解できた。