天骸百合 その3
前を歩く二人を見失わないように気を配りながら、入り組んだ路地を進む。
この辺りの地理は熟知していると思っていたが、こんな路地があるなんて全く
知らなかった。今自分がどの辺まで進んだのかも曖昧だ。
もし相手がこの路地を知り尽くしていたら、私はどうなるだろう。囲まれて
袋叩きに合うか、もしくは待ち伏せての奇襲か・・・。どちらにしても、無事
では済まないだろう。こんな時、竹刀か木刀が有れば、こちらから仕掛ける事
も出来るのだが・・・。
「・・・参ったわね・・・。」
最悪、戦闘になった場合は、落ちているもので応戦するより他にない。ある
程度固くて長いものなら、戦えないことはない。鉄パイプでも有れば完璧なの
だが、そう都合よくはいかないもので、武器になりそうな物どころか、木の枝
ですら落ちていない。素手の戦闘になれば、圧倒的に不利だ。
何か策はないだろうかと思案していると、女性がいきなり走り出した。男性
も引きずられるようにして走る。まさか、気付かれた!?
慌てて私も駆け出したが、一足遅かった。道が二手に別れており、どちらに
進んだのか分からない。しまった、やられた・・・!
人間は迷ったとき左を選ぶと聞いたことがある。もしかしたら、彼女も例に
漏れず左へと進んだかも知れない。しかし、彼女もこの話を知っていた場合、
敢えて右に向かったという可能性も出てくる。考え出したらキリがない。
「・・・どちらを選ぶかで結果が変わる、まるで恋愛ゲームの二択ね。いえ、
この場合はシュレディンガーの猫?まぁ、どちらにしても同じかしら・・・。」
こうして考えている間にもっと遠くに逃げられてしまう。決断しなければ。
ふと足元に小さなネジが転がっているのを見つけた。そうね、これで決める
ことにしましょう。私はネジを拾い上げて下に落とした。軽い金属音と共に
ネジが数回跳ね、僅かに転がった。頭が向いた先は、まさかの後ろ・・・。
「・・・一時撤退して態勢を立て直せってことなのかしら。そりゃあ、万全に
越したことはないだろうけど・・・。まぁ、これは神様からの啓示ってことで
一つ信じてみましょう。信仰心万歳、なんてね・・・。」
柄にもなく下手な冗談を言いながら、私は路地に背を向けた。
「運が良いですね。」
路地の奥からそんな声が聞こえたような気がした。いや、実際聞こえた。
それもそのはず、あのまま進んでいれば、間違いなく私は地に伏していた。
左右どちらの方向からも人の気配がした。しかも多数・・・。
気配というものに人一倍敏感だったことがコンプレックスだったが、今回は
逆にそれに助けられた。
「・・・信仰心万歳、これは本心よ・・・。」