大貫山茶花 その10
やっと思い出した。喉に引っ掛かった骨が取れたような気持ち良さが
込み上げてきたが、同時に更なる謎も湧き出てきた。
どうして彼女がヤスを連れ去るんだ?まさか、マジで何かのプレイか?
いやいや、そんなはずはない。僕の記憶が正しければ、あいつにそんな
趣味はなかった気がする。
「・・・はぁ、ダメだ。皆目見当もつかない。ただ、こうなると2つ目の
推測もあながち間違っていないのかもしれないな。」
そう、ヤスが敢えて左に向かったという考え。これはヤスをよく知る
人間にしか通用しない。つまり、僕と渡瀬さんと、もう一人。ヤスの恋人
である如月マイだ。
もう少しヒントが欲しい、そんなことを考えながら携帯電話を弄って
いると気になるものを見つけた。
「・・・音声メモか。あんまり使わない機能だけど、念の為・・・。」
何もないだろうと決めつけていたが、予想に反して音声の再生が始まった。
『よう、山茶花。これを聴いてるってことは、俺を探して家まで来たって
ことだろう。何やら物騒な連中に追われる羽目になっちまった。どうやら
俺は“スイーパー”とやらと間違われてるらしい。このままじゃ、母さん
にも迷惑を掛けることになる。ほとぼりが冷めるまでは、身を隠すことに
するよ。じゃあ、またな。』
ここで音声は途切れてしまった。なるほど、どういう経緯か知らないが、
ヤスが非常に面倒なことに巻き込まれているのは確かだ。しかも、恋人の
如月マイが物騒な連中のお仲間だというのだから、とことん付いてない。
「ヤスの奴、相手が如月さんだからって油断したな。それにしても、何で
あいつがスイーパーなんかと・・・。」
詳しいことは僕も知らないが、以前に会長が話してくれたことがある。
その名も“掃除部”。通称、“スイーパー”。学園創立当初から存在し、主な
活動は隠密治安維持部の事後処理らしい。ただ、掃除部には謎も多く、顧問
や部長、部員数に至る全てが不明なのだ。一度だけ会長がありとあらゆる手
を使って掃除部の正体を突き止めようとしたらしいのだが、結果は惨敗。
彼らと同じ領域にいる僕たちでさえ見たことがないんだから、当然といえば
当然の結果だった。
さて、相手が物騒な連中とくれば、一応こっちもそれなりに警戒しないと
いけないな。僕は自分の携帯電話を取り出しメールを打った。
「・・・よぅし、送信っと。」
文面はこうだ、『敵は物騒な連中の模様。注意されたし。』まぁ、渡瀬さん
や侘助なら心配はいらないだろう。むしろ、相手方の心配をしたくなる。
とりあえず、ここまで情報が集まれば十分だ。聞き込みは不要だったな。
僕は急いで駅に向かった。侘助がひと悶着起こす前に解決しないと、余計に
面倒なことになりかねない。
「待ってろよ、ヤス!すぐに追いついてやるからな!」