大貫山茶花 その7
5月12日
僕は駅前のベンチに腰掛けていた。腕時計を見ると、待ち合わせの時間から
すでに20分ほど経っていた。
「ヤスの奴、遅いなぁ。いつもは遅刻なんてしないのに・・・。まさか、
何か事件や事故に巻き込まれたのか・・・?」
いや、心配しすぎかな。そう思いつつ、念の為に電話をしてみた。電車が遅れてる
に違いないと考えたのだが、しばらく待ってみても、一向に電話に出る気配がない。
さっきの心配が、だんだんと現実味を帯びてきた。いやいや、まさか、そんなはずは
ないだろう・・・。もう一度掛け直すと、今度はあっさりと繋がった。
「おい、ヤス!今どこに居るんだ?いい加減待ちくたびれたぞ。」
「夜須トラヒコは現在電話に出られません。御用があるなら、合図の後に30秒以内で
簡潔に述べてください。さぁ、どうぞ。」
ヤスではなく、女性の声がした。しかもこの声には聞き覚えがない。一体誰だ?
そんなことを考えていると、また声が聞こえた。
「・・・30秒経ちました。では、さようなら、大貫山茶花君。」
「え、ちょっ・・・と待って欲しかったなぁ・・・。」
謎の女性は有無も言わさず電話を切ってしまった。掛けなおしてみたが、すでに
携帯電話の電源はオフになっていた。
「・・・参ったなぁ、このままじゃ、“ヘッジホッグス”のライブに行けないぞ。」
そう、今日は人気のロックバンド、“ヘッジホッグス”のライブをヤスと二人で
見に行く予定だった。何故男二人かと言うと、ライブハウスへの入場に必要なモノが
『硬い絆で結ばれた漢の友情』だったからだ。僕は再び腕時計を見た。
「12時・・・、ライブ開始まであと8時間か・・・。」
僕は立ち上がり、駅に向かった。ヤスの自宅が在る隣町までの切符を買い、電車に
乗り込んだ。あいつの両親なら、何か手掛かりを知っているかも知れない。
扉が締まり、電車がゆっくりと動き出した。その時、ホームから視線を感じた。
目を向けると、そこには、僕を冷たい目で睨みつける少女と、目隠しをされた
ヤスが立っていた。
「おいおい、入れ違いって、そりゃないだろ・・・!いや、それよりもあの子、
どこかで見た気が・・・・・・。あぁ、ダメだ、思い出せない。」
駅からどんどん遠ざかっていく電車の中で、僕は扉にもたれ掛かった。
さて、これからどうしたものか・・・。とりあえず、ヤスがあの街に居ることが
分かっただけでも良しとしようじゃないか。あの謎の女の子のことは捕まえてから
じっくり思い出せばいい。そうと決まれば、早速応援要請だ。僕は携帯電話を
取り出し、渡瀬さんにメールを送った。