月神菖蒲 その1
5月9日
今日はいつもと空気が違ったから、嫌な予感はしていた。
予感だけで済んでいたのなら、杞憂だったと笑いながら自宅で
酒を呑みながらバラエティ番組を見ていられたのに。
「まったく、私ってば、なんてツイてないのかしら・・・。」
私はケータイを取り出し、飼い犬に電話を掛ける。
飼い犬は2コールで電話に出た。さすが、我ながら見事な躾だわ。
「侘助君、すぐにメンバーに招集かけてくれる?部長には私が連絡するわ。
山茶花君は家が遠いから、貴方が回収して頂戴。」
「ちっ、分かったよ。とりあえず、“鈴蘭さん”と“百合さん”に連絡すりゃ、
後はあの人らが適当に主要メンバー集めんだろ。それでいいか?」
さすがは“スクエア”のリーダーね。素晴らしい判断力だわ。
「ええ、それで構わないわ。それじゃあ、お願いね。
・・・あぁ、そうそう!犬はワンコールで出ないといけないわよ?」
私が冗談でそう付け加えると、うるせぇ!と怒鳴られて通話を切られた。
もう、怒りっぽいんだから。もう少し躾が必要かしらね。
そんなことを考えながら、続けて電話を掛けた。
「もしもし、姫咲です。」
「あぁ、もしもし、月神ですけど。部長、悪いんだけど、今すぐ
会長と一緒に学校まで出て来られないかしら?事情は学校で伝えるから。
出来るだけ早く来てくれると助かるわ。それじゃ、よろしくね。」
早口にそう伝え、通話を勝手に終える。何か言ってたような気もするが、
どの道彼女に拒否権はない。部活において“顧問の”命令は絶対なのだ。
持っていたタバコの吸殻を携帯灰皿に放り込み、新しいタバコをくわえる。
「しかし、よくもまぁ、こんなけったいなことが出来るもんだわ。
教師としては、うちの生徒がやったとは想いたくないんだけどなぁ・・・。」
吹き付ける風でガスライターの火が消えないように手で風を遮りながら、
タバコに火を点ける。
「これは、嵐が来るかもね・・・。」
屋上の地面を見つめながら、私はタバコの煙を吐き出した。