大貫山茶花 その4
僕はどこまでも広がる麦畑を歩いていた。
縁もゆかりも無い場所だったが、何故だか居心地は良かった。
何かを忘れているような気もするが、別にいいだろう。
さて、麦畑の果てを探しに行こうか・・・。
「山茶花くん、起床時間だよッ!」
空から聞こえた声によって、ふわふわとしていた感覚が一気に現実へと
引き戻された。暗黒だった視界が急に切り替わり、目の前がチカチカしていたが、
徐々に慣れていき、渡瀬さんが僕を見下ろしていることに気付いた。
頭の下が異様に柔らかい、まるで太もものような・・・。
ふと触ってみると、限りなく皮膚に近い質感だった。あぁ、これは太ももだ。
「同級生の膝枕って、とんだラブコメ展開だな・・・。」
「おはよう、山茶花くん。痛かったよね・・・。でも、私が怒った理由は
分かってくれるよね?だから、私、謝らないから。」
今にも泣きそうな渡瀬さんが、僕の頭を撫でながら言う。
以前に3人で交わした約束・・・。忘れていた訳じゃなかったが、
僕はどうしても誘惑に勝てなかった。
「ごめん、もう渡瀬さんを悲しませないって決めたのに・・・。
これは、ヤスにもぶん殴られないといけないな、ハハ・・・。」
渡瀬さんが優しく微笑んだ。そして、僕の頬をゆっくりと撫でた。
彼女の唇が小さく動いた。え、今なんて・・・?
これを聞いてしまうと、何かまずいことになるような気がしたが、
僕は何を言ったのか尋ねずにはいられなかった。
「渡瀬さん、もう一回言ってくれないかな?」
「・・・好き。付き合って?」
予想通りというか予想外というか、僕の顔は似合わず熱くなっていた。
渡瀬さんの頬も赤く染まっている。まさか、ラブロマンスってやつ?
「いや、でも、ヤスが怒るんじゃないかな?あいつ、渡瀬さんに気がある
ような感じだし、今の関係が壊れるのは・・・!」
僕が慌てると、彼女はきょとんとした顔をした。
「夜須くん、彼女いるよ?3組のマイちゃんと付き合ってるんだって。」
「え、嘘だろ?あの、美人なのに気難しさから誰も寄り付かないことで有名な
3組の如月マイが彼女って、どんな抜け駆けだよ・・・。」
思わず笑ってしまった。あいつ、僕ぐらいには言っとけっての。
渡瀬さんの手はまだ僕の頬を触っている。僕は、その手に自分の手を重ねた。
僕の行動に、彼女はまた泣きそうな顔になった。今度は悲しさからじゃなく、
嬉しさからのものだろう、なんとなくだが、そんな気がした。