第4話 “セクシャル・バイオレット”って?
<前回までのあらすじ>
“中途半端にイイ男”という表現がピタッとはまる常松京太郎は、30代崖っぷち(来年四十)の独身貴族を気取っているが、仕事はイマイチのサラリーマン。
そんな線の細い中途半端な優男が、何を間違ったのか、オヤジの楽園と呼ばれるスナックへ突入してしまった。
突入した店の美女たちからの容赦のない攻撃を受けまくり、ついには覚醒してしまう。
めでたく覚醒した常松は、セクシャル・バイオレットなオーラを身にまとい、極度の恥ずかしさから、穴があったら入れてみたいなーーと思ってしまうのであった。
◇ ◆ ◇
穴があったので、入れたくなってしまった常松は、ダークサイドならぬセクシャルバイオレットサイドに堕ちようとしていた。
「あら、お客さーん、どうかしたんですかー? なんか、危ない目つきになってますけど」
コロコロと変わる常松の表情の多彩さが気味悪く思えたのか、香奈ちゃんが怪訝そうに見つめている。
「そろそろ入れたくなっちゃったんだよね」
「で、何をいれるんですかー?」
「どれにしようか迷っちゃうんだよなー。みんな魅力的だからなーー」
「だったら、バーボンがオススメですよーー」
「えっ!!? バーボン? バーボンって、誰?」
「誰?? って・・・・、誰がって、うちでは一番いれてもらっていて人気あるんですよぉー」
「ええーーっ!!? そんなにやってんのーー?? バーボンさんが? イイーーネ!! それ、バーボンさん! じゃあ、バーボンさんでヨロシク!!」
「はーい! で、ロックにしますかー? それとも割ります?」
「ロックっぽいのかー、激しいのもイイネ! ロック的な感じでお願いします!」
セクシャルバイオレット全開の常松は、すっかりバカになっていた。
最早、“馬鹿松”と呼ばれても仕方ない状態である。
そんなバカのセリフにまったく違和感を感じることがない、こちらも天然チックな香奈ちゃんは、テキパキとお酒の準備をしている。
(まさかっ!? バーボンって、ママのあだ名なのかな? それとも、これが源氏名ってやつなんだろか? でも、刑事ドラマに出てくるデカのあだ名みたいだよな)
バカ・・・じゃなくて常松は、ママの顔を見ながら考える。
すると、常松の視線に反応したママがニヤリと微笑んで口を開く。
「あらー、私の美貌に見惚れちゃったのーー??」
とりあえず、左手を振って、無言で「違う、違う」と表現してみる。
(いやいや、この人は違うだろ。ホント、違って欲しいなー。あっ、そうだ、もしかして、バーボンって、あっちの彼女の名前なのかも? あだ名なのかな?)
アホ・・・じゃなくて常松は、右奥の女性客を凝視しはじめた。
常松の異様な視線に悪感を感じたのか、バーボンらしき女性は顔をうつむける。
(おおーっ! テレてるっぽいなー。やっぱり、彼女が“バーボン”なんだ!!
しかし、何故、“バーボン”なんて呼ばれてるんだろう? バーボンが大好きだからなのかなー??)
「あらあら、ま~た、いい女に気を取られてしまっているようね~。このお店には、私クラスのイイ女ばっかりいるから、目移りが激しいみたいよね。無理もないけどー♡ だけど、そんなに気になっちゃうわけ~? 仕方ないわね~」
恐らく“バーボン”ではないと思われるママは、悪戯っぽく微笑むと、奥の女性客に声をかけた。
「ねえ、沙希ちゃん。こちらのお客様が沙希ちゃんとお・は・な・し、したがっているみたいなのよ~。こっちに来て一緒に飲みましょうよ」
(あれー?? 彼女はなんで“沙希ちゃん”って呼ばれてるんだ? “バーボンさん”ではないのか?? それじゃあ、バーボンさんはいったい……)
最早、セクシャル・ブラックホールに突入寸前の常松の思考回路が完全凍結しそうになっている。
「はーーい、お待たせしました~。バーボン、ロックでいいんですよね」
香奈ちゃんがロックグラスを差し出した。
常松は、目の前に置かれたグラスに視線をおとすと、ようやく我に返った。
(ん? バーボンウイスキー……ロックかー……もしかして、これのことかな。
そうだったのか・・・・・・やっと、夢から覚めたよ)
もしかしなくてもそうに決まっていた。
「あらあら、お客さん、な~にを考えちゃってたのかしら。ほらほら、イイ女がお隣に座ってくれるみたいよー。よかったわね~」
常松がエロバカの淵から正常な思考を呼び戻し、目線を横の席に遣ると沙希がグラスを片手に立っていた。
「こんばんは! お邪魔してよろしいかしら?」
「ああ、どうぞ。なんか、すみませんっ! ホントすみませんでした!」
沙希がバーボンさんではないとようやく理解した常松は、いたたまれずに思わず謝ってしまう。
「あら? なんで、謝ってるんですかー? ホント、イケメンさんなのに、おかしな方ね」
「いやーー、もう、ホント勘弁してよーー。俺なんて、全然イケメンじゃないから」
「ウフフフフ…」
(やっぱり、さっきの俺のマヌケ顔を見て残念な奴だと思っているだろうな.........。
よし、ここは少しでも名誉挽回しておかなければだな!)
もともと名誉なんかまったくないのだが、常松は挽回策を練った。
女性には、手始めに一杯ご馳走するというのが常松の常套手段である。
「ママー、彼女にも一杯同じものをお願い! あと、チェイサーもね」
「わかってますよ♡」
カウンターの向こう側の二人は、手際よくお酒を用意する。
新しいロックグラスにバーボンウイスキーが注がれると、常松はそのグラスを隣に座る沙希に渡した。
「乾杯しましょうか?」
「はい、いただきます!」
『カンパーーイ!!』
とても、先程まで“穴があったら入れたい”などと考えていた男とは思えないような振舞いをみせる常松に、再びママが襲いかかる。
「あ~ら、私たちとは乾杯してくださらないのかしら?」
「そうですよーーー。表情がニヤけたり、赤くなったり、急にクールになったり、そうかと思えば呆けた顔したりするから心配したのにー。私たちにも1杯ご馳走してくださいよーー」
(誰も心配してくれなんて頼んでないっつうの!)
「はいはい、そんなにがっつかなくてもご馳走しますよ」
「催促しちゃったみたいでごめんなさいね。それじゃあ香奈ちゃん、私たちも遠慮なくいただいちゃいましょうねえ」
(おいおい、どう考えても思いっきり催促してるだろう!)
「は~い、ママ、私は炭酸で割ってほしいなーー」
(ええーー、ソーダ割りかよっ! キャバ嬢と大差ないよな。こりゃあ、フルーツ盛りも出せとか言いかねないぞ)
何やら若干の危機感を感じたが、周囲を女性に囲まれてしまっているため平静を装う。
そんな常松の横顔を見ていた沙希が口を開く。
「ところで、お名前は? ……あっ、私からですよね。私は、堀北沙希といいます。丸の内にある商社に勤務しています。この店には半年ほど前から時々、寄らせてもらっているんですよ」
「あっ、俺は、常松京太郎といいます。一応、広告代理店で営業やってます。もちろん! 独身です!!」
「えーー、広告代理店なんですかー? いいなー。私も大学の時、広告代理店で働きたいって思っていたんです。でも、結局は最初に内定をいただいた今の会社に入社してしまったの。ホント、羨ましいわ~」
常松が独身だという情報はどうでもよかったようだ。
(あれれれ? そっちに食いつくんだ・・・)
「いやあ、広告代理店といってもピンキリで、うちの会社なんて、ボルト&ナットの仕組みで俺たちを組み込んでるだけのつまらない会社だから、羨ましいなんてことは全くないですよ」
「でも、常松さんは、お仕事バリバリやっている感じがするわ。ホント、出来る男!って感じ♡」
「いやいや、俺なんて、ただの哀れな“ワーカービー”みたいなもんですよ」
(キマったーっ! キメたぜ! これは、カッコよく決まった!! しかし、なんだか、今日はキテルなー。これは、キテるぞーー! モテ男の神が降りてきたな! 俺って、何かを持ってるのかもな。よ~し! こうなったら、今夜はキメるぞ!!)
本人が思うほど、まったく“キマって”はいなかったが、不思議なことに沙希は、若干だが好意を抱いているかのように見える。
常松は鼻の下が伸びに伸びて、伸び放題であったが、へその下の方はのびないように我慢していた。
「はいはいは~い! 鼻の下をのばしちゃって愛を語り合いはじめたところ、悪いんだけど~、香奈ちゃんのソーダ割りも準備が整いましたので、乾杯させていただいていいかしらーー」
(お前は、クラッシャー(壊し屋)かよ!)
絶妙のタイミングといえるほどのママの割り込みに、せっかくの雰囲気はぶち壊されてしまった。