第3話 強襲!ハイパー常連2号
いかにも自然な振る舞いで流れるように飛び込んだスナック不二子で待ち受けていたいたのはインパクトの塊のようなママからの出鼻を挫くような先制攻撃であった。
いきなりの攻撃をまともに喰らった常松は、どうしても得なければならない情報に辿りつかなくてはならないのだが、圧倒的なママの領域に阻まれてしまい、自分のペースをつくることが出来ない。
(さて、どうやってママの名前を聞き出したらいいものか)
(ほかの客でママの名前を呼ぶ奴とかいないかなー?)
店内の客をひとりひとりチラ見していくが、どうも見た目が暗そうな奴らばかりで、ママと対等以上に会話ができそうな、骨のありそうな客は見当たらない。
(ダメだ。どいつもこいつも、うだつの上がんなそうな奴ばかりだ。だいたい、この店に独りで来ちゃうような奴らだからなー。大方、香奈ちゃん目当てで来てるっぽいし・・・)
常松は、自分も独りで来ちゃった客だというのに、自分のコトを棚に上げて店内の客を観察しまくる。
と、そのとき、店内を見渡していた方向と逆側からビビッ! と、妬みや恨みに近い鋭い視線が突き刺さる。
「―――!!!!!」
何となくだが、ニュータイプが感じるあれみたいなやつなのかもしれないが、とにかくそんな鋭い殺気のようなものを感じたのだ。
視線の先を見ると、なんと、ナナメ45度の角度で座る常連2号ことニヘーラが常松を監視するかのように見ている。
(うわっ! あいつ、いたのかよ。ウ○コのあいつじゃねえかよ! 嫌な奴に会っちゃったなー)
「あっ、先日はどうも!」
仕方なく挨拶をすると、常連2号ニヘーラがナナメ体制45度が50度になる感じで会釈的な仕草を返す。
若干距離はあるものの、二人の間にはギクシャク感が漂う。
「そういえばニヘイちゃん、ツネマーのこと知ってたんだよねー」
さすがというのか、天然だからなのか、香奈ちゃんはそんな空気感を全く感じていないようだ。
その天然娘の問い掛けにニヘーラが答える。
「知ってるというより、見たことあるなって程度ですよ」
(ちっ! イヤミな野郎だな)
「ニヘイちゃんって、本当に嫌味な感じをうま~く出せるんですね~」
(おっ! いいぞ、香奈ちゃん。その調子でガツンとディスれーー!)
「いやいや、俺が嫌味というより、相手の方がそんなタイプだと、ついついね」
ニヘーラは、動じることなく返す。
(クソっ! 常連2号のくせに、っつうか、ウ○コ長いくせにムカつくなー)
「やっぱり凄いわ~、根暗なネット民みた~い」
「まあーねー! やっぱり俺ってそんなインテリチックな感じに見えるんだ」
「そうだと思ってたのよ♡」
常連2号ニヘーラはドヤ顔マックスで妙に誇らしげだ。
(あいつ、意味わかってんのか? どっちかといえば“トイレ長い民” のくせに)
「最近この店を知ったからって、常連ヅラしてる奴って嫌だねー。自分がモテモテだと勘違いしてるっていうかさー」常連2号ニヘーラの攻撃は続く。
「そうね~、ニヘイちゃんには負けるけど~」
(そうだよ、お前には負けるっつうの!)
「ちょっと香奈ちゃん、勘弁してよー。俺は勘違いなんかしてないよー」
と、そこへ天の声が割って入る。
「はいはい、うちのハイパー常連さ~ん、歌が入るわよ~」ママがニヘイちゃんことニヘーラにマイクを渡す。
店内にカラオケのイントロが流れる。あの名曲『16の夜』のようだ。
「おっと、俺の歌か! ありがとうママ」ナナメ2号もとい常連2号ニヘーラはマイクを握り締めた。
(あいつ、まーたカッコつけちゃってるよ。こんなところで歌ってなくていいから、さっさと盗んだバイクでどこかに走り出しちゃえばいいのに)
「ママ、ママ」
イントロが終わり、いよいよというときに焦った様子の香奈ちゃんがママに耳打ちする。
「その歌、あちらのお客さんが入れた歌ですよー」
どうやら、ママは歌を入れた客を間違えたらしい。
「あら!」というや否や、ママは常連2号ニヘーラのマイクをものすごい速さで奪い取ると、サッと香奈ちゃんへバトンリレー。それを香奈ちゃんが奥に座る本来歌うはずの客に渡した。
日本短距離界のお家芸のようなスムーズなリレーだ。
「ごめんなさーい、今、入れ直しますね~」
目にも止まらね早業で、何事もなかったかのような雰囲気をつくりカラオケを停止するママ。
もう一度、曲を入れ直して、奥の客が歌いだすのにそれほど時間はかからなかった。
マイクを奪い取られたナナメ45度のハイパー常連2号は、ハイパーのくせに突然の出来事に目が点になっている。
「ごめんなさいね~、間違えちゃってぇ。でも、ニヘイちゃんってハイパーだからこのくらいのことは慣れっこでしょ~」ママが猫なで声で詫びている。
(慣れっこになるのかー! っていうか、よくあるのかよ!)
「まあ、ママと俺の関係だから、全然ノープロブレムだよ」
(何がノープロブレムだよ!)
「さすがね~♡ やっぱりニヘイちゃんって優しいから大好きよ~♡」
ママの言葉に浮かれ飛んだ馬鹿面2号は、より一層ハイパーになって、すっかりご満悦のようだ。
しかし、だからといって恥ずかしい空気感は残っている。あと、面構えは不細工である。
(あいつ、笑えるよな~。だから、さっさとこの場からバイクで走りだしてしまえば良かったんだよ)
常松は、笑いを堪えながら切り出した。
「しっかし、自分が歌を入れたかどうかくらいは覚えてるもんですよね」
常松の嫌味混じりの台詞に、ママの目がキラリと光る。
「そうよね~♡ だいたい、こっちはてんてこ舞いなんだから、ちょっとしたミスってあるわけじゃない。そんな時はお客様の方で正直にサポートしてくださると、とーっても助かるんですよね~」
突然、手のひらを返したママは鬼の首を獲ったかのように言い放ち、その悪魔のような台詞に香奈ちゃんも同調する。
「わかりますぅー。私も忙しいとそういうことってあるから、そんな時に常連さんだったら普通は助けてくれるんですけどー!」
常松は思わず心の中でガッツポーズ!!
(馬鹿ヅラのくせに常連2号の奴、嫌味ばかり言いやがるから罰があたったんだな)
そう思ってハイパーなニヘイちゃんをよくよく見ると、ナナメではなく背筋が垂直に伸びていた。
居た堪れなくなった常連2号ニヘーラのハイパーさ加減は鳴りを潜め、ほどなくしてお勘定。
(恐るべし、スナック不二子・・・)
心なしか、寂しそうな背中を見せて店を出るハイパー常連2号を見送りながら、明日は我が身にならないことを祈る常松であった。
合掌ーーーー。