第七話 仕事が増えそうですので
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
重い鉄扉が閉じられる。
地下応接室。
豪華な絨毯。
暖炉。
高価な調度品。
そして中央。
元宰相が静かに微笑んでいた。
「ようこそ」
老人は椅子へ腰掛けたまま言う。
「アメリア・フォン・アルフォード」
「ご機嫌よう」
アメリアは答えた。
拘束されたまま。
だが表情は変わらない。
アルフレッドは隣で不機嫌そうだった。
◇
「君は優秀だ」
元宰相が言う。
「だからこそ話がしたかった」
「そうですか」
「私も昔は君と同じだった」
老人は笑う。
「不正を嫌い」
「無駄を嫌い」
「数字を重視した」
アメリアは何も言わない。
ただ聞いている。
「だがな」
老人の顔から笑みが消えた。
「理想だけでは国は動かない」
一拍。
「今の王国には国力が足りん」
領主が口を開いた。
「労働力不足だ」
「開拓も進まん」
「鉱山も掘れん」
「道路も整備できん」
「辺境の開発も進まん」
机を叩く。
「人が足りないのだ」
「……」
「人が足りないから国が衰える」
「人が足りないから豊かになれない」
領主は地下施設の方向を指差した。
「だが奴隷は違う」
「労働力になる」
「開発もできる」
「税収も増える」
「国も豊かになる」
一拍。
「我々は王国のためにやっている」
「ふざけるな」
アルフレッドが吐き捨てた。
「どの口で」
さらに続けようとする。
だが。
「お待ちください」
アメリアだった。
アルフレッドが振り返る。
「アメリア?」
元宰相も領主も視線を向けた。
そして。
アメリアは静かに頷いた。
「一理ありますわね」
沈黙。
室内が止まった。
元宰相が笑った。
「そうだろう」
「やはり君なら理解できる」
領主も満足そうだった。
「数字が分かる人間なら当然だ」
「労働力不足は事実です」
アメリアは頷く。
「開発を進める手段にもなります」
「そうだ」
「短期的な税収増加も可能でしょう」
「その通りだ」
元宰相が身を乗り出す。
「だからこそ」
一拍。
「我々と共に来い」
「国をより良くしよう」
「君ほどの人材なら歓迎しよう」
「監査局程度ではなく」
「君なら国を動かせる」
「今の王国を作り変えられる」
アメリアは首を傾げた。
「ですが」
元宰相の笑顔が止まる。
「理論上の話ですよね」
「何?」
「短期的には有効かと」
そして。
監査が始まった。
「まず供給不足です」
静かな声だった。
「奴隷制度は継続的な供給を必要とします」
「……」
「ですので人身売買が発生します」
「……」
「次に人口減少」
「……」
「市場縮小」
「……」
「出生率低下」
「……」
「技術停滞」
「……」
「労働効率低下」
「……」
「反乱対策費増加」
「……」
「監視費用増加」
「……」
「軍事負担増加」
「……」
「汚職増加」
「……」
「国際信用低下」
「……」
「税収停滞」
「……」
「経済成長停止」
延々と続く。
一時間。
二時間。
完全にアメリアによる講習会。
こんな状況なのに。
アルフレッドは既視感を覚えて頭を抱えた。
最初こそ領主は余裕の表情を浮かべていた。
だが三十分後。
一時間後。
その顔は完全に引き攣っている。
一方で。
元宰相だけは違った。
老人は途中から一言も発していない。
ただ黙って聞いている。
人口減少。
市場縮小。
技術停滞。
経済成長停止。
アメリアが挙げる論点を一つも聞き逃すまいとするように。
それは敗者の顔ではない。
学ぶ者の顔だった。
「まだあるのか」
領主が顔を引き攣らせた。
「あります」
即答。
「更に申し上げますと」
アメリアは地下施設を指差した。
「北西領が実例です」
領主の表情が変わる。
「人口減少」
「失踪者増加」
「商業停滞」
「出生率低下」
「治安悪化」
「産業構造の固定化」
一拍。
「そして組織維持のために更なる誘拐が必要になる」
静寂。
「つまり」
アメリアは結論を告げた。
「維持できません」
「馬鹿な」
領主が震える。
「成果は出ている!」
「出ておりますね」
「なら」
「短期的には」
アメリアは頷く。
そして。
「長期的には失敗です」
元宰相はしばらく黙っていた。
北西領。
人口減少。
商業停滞。
出生率低下。
確かに。
全て北西領で起こっている現実だった。
「……なるほど」
老人が呟く。
「だから君は私達の失敗へ辿り着いたのか」
「そうなりますね」
「短期的には成功、長期的には失敗……か」
「そこまで見ていたとはな」
「惜しいな」
元宰相は苦笑した。
「本当に惜しい」
「そうでしょうか」
「君ほどの人間がこちら側なら」
「あまり興味がありませんので」
即答だった。
「なぜだ」
「仕事が増えそうですので」
元宰相。
領主。
アルフレッド。
全員が黙った。
あまりにも。
アメリアらしい理由だった。
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