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監査令嬢~仕事を減らしたいだけなのに、王国が勝手に改革されていきます~  作者: 涙目
第二十三章 国家犯罪編

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第二話 何も考えておりません

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 時は遡り、仮面舞踏会より二週間前。


 監査局。

 局長執務室。


 アメリアは書類へ目を通していた。


 戦災孤児失踪事件。

 地下賭博場。

 閉鎖施設。


 行方不明の五人。


 追跡するべき案件は山ほどある。


 ペンを走らせていると。


 コンコン。


「どうぞ」


 扉が開く。


 現れたのはアルフレッドだった。


「邪魔するぞ」


「いえ」


 アメリアは顔を上げる。


「何かございましたか?」


 アルフレッドは応接用の椅子へ腰を下ろした。


 僅かに真面目な顔をしている。


 仕事の話らしい。


 アメリアも書類を閉じた。


「地下賭博場についてだ」


「進展がありましたか」


「ああ」


 アルフレッドは一枚の資料を机に置く。


 アメリアは目を通した。


 貴族名簿。

 商会名。

 開催日時。

 場所。


「これは?」


「仮面舞踏会だ」


 一拍。


「元宰相派と噂される連中が定期的に集まっている」


 アメリアは資料を見る。


 確かに。

 何人か見覚えのある名前があった。


 監査資料で見たことがある。


「表向きは普通の社交会です」


「だが裏では色々な話が動いているらしい」


「なるほど」


 アメリアは頷いた。


 ここまでは理解できる。


 だが。


「監査局員を送り込むという話ですか?」


「違う」


「では副局長でしょうか」


「違う」


「監査官でしょうか」


「違う」


 嫌な予感がした。


 アルフレッドが妙に静かだからだ。


 そして。


「お前だ」


 言われた。


 アメリアは数秒停止した。


「何故でしょう」


 本気で分からなかった。


 監査局には優秀な人材がいる。


 副局長もいる。

 監査官もいる。


 何故わざわざ局長が行かなければならないのか。


「若い男女が二人で参加した方が自然だからだ」


「副局長では」


「年齢が合わない」


「監査官では」


「立場が弱い」


「私である必要は」


「ある」


 即答だった。


 アメリアが頭を抱えそうになる。


 嫌な予感しかしない。


「第二王子殿下」


「何だ」


「私は監査官です」


「知ってる」


「潜入捜査官ではありません」


「知ってる」


「こういう場は苦手です」


「それも知ってる」


 全部知った上で言っている。


 なお悪い。


 アメリアは静かにため息を吐いた。


「他の方では」


「駄目だ」


「何故でしょう」


「経験だ」


 アルフレッドが言う。


「局長をやる以上、こういう場も知っておけ」


 アメリアは眉を寄せた。


「私は帳簿の方が好きです」


「知っている」


「監査の方が好きです」


「知っている」


「帰ってよろしいですか」


「まだ執務室だ」


 アメリアは押し黙った。


 理屈では反論できない。


 局長として必要な経験と言われると弱い。


「嫌そうだな」


「嫌です」


 即答だった。


 アルフレッドは笑う。


 アメリアは笑わない。


「私には嫌な予感しかしません」


 その予感は。


 残念ながら正しかった。



 翌朝。

 公爵邸。


「おはようございます」


 朝食後。

 応接室へ顔を出したアメリアは固まった。


 ミリアがいた。


 にこにこしていた。


 嫌な予感がした。


 最近増えている。


 本当に増えている。


「おはようございます、アメリア」


「今日はどのようなご用件で?」


「行きますよ」


「どちらへ」


「さあ」


 アメリアは目を閉じた。


 駄目だった。


 答える気がない。



 数十分後。

 馬車が止まる。


 アメリアは外を見た。


 そして察した。


「……」


 豪華な看板。


 煌びやかな店構え。


 王都でも最高級の仕立て店。


 何故だ。


 嫌な予感しかしない。


「参りましょう」


 ミリアは満面の笑みだった。



「なるほど」


 数分後。

 店内。


 アメリアは現実を理解した。


 完全に理解した。


「仮面舞踏会用のドレスですか」


「はい!」


 ミリア元気。


「公爵家専属の仕立て師がおりますが」


「それではつまらないです」


 即答。


 あまりにも即答。


 アメリアは天井を見た。


 帰りたい。


 本当に帰りたい。



 そこからは地獄だった。


「こちらはいかがでしょう」

「素敵です!」


「こちらは?」

「可愛らしいですね!」


「こちらは?」

「よくお似合いです!」


「こちらはいかがでしょう」

「その色も素敵です!」


「こちらは?」

「アメリアらしくて好きです!」


「ではこちらを」

「綺麗ですね!」


「こちらはどうでしょう」

「まるで物語のお姫様みたいです!」


「こちらはいかがでしょうか」

「それも捨て難いですね……!」


「こちらのドレスは?」

「気品があります!」


「こちらは?」

「大変よろしいと思います!」


「こちらは?」

「その仮面との相性も完璧です!」


「こちらはいかがでしょう」

「可憐です!」


「こちらは?」

「凛々しくて素敵です!」


「こちらは?」

「全部欲しくなってしまいますね!」


 ミリアは楽しそうだった。

 仕立て師も楽しそうだった。

 侍女達も楽しそうだった。


 アメリアだけが疲れていた。


「腕を上げてください」

「はい」


「こちらを着てください」

「はい」


「今度はこちらを」

「はい」


 着替える。

 脱ぐ。


 着替える。

 脱ぐ。


 着替える。


 また着替える。


 三着目。

 疲れた。


 七着目。

 帰りたい。


 十二着目。

 監査したい。


 二十着目。

 書類が恋しい。


「可愛いです!」


「似合います!」


「素晴らしいです!」


 三方向から褒められる。


 アメリアは遠い目をしていた。


「お嬢様?」


「何も考えておりません」


 本当は考えていた。


 未処理の監査案件について。



 夕方。

 ようやく終わった。


 本当に。

 ようやく。

 長かった。


 鏡の前に立つ。


 黄金色のマーメイドドレス。

 白銀の髪。

 深紅の仮面。

 左側には白薔薇の装飾。


 確かに綺麗だった。


 それは認める。


 認めるが。


「終わりましたか?」


「はい!」


 ミリアが満面の笑みだった。


 アメリアは少しだけ理解した。


 今日一番楽しかった人が誰かを。



 そして二週間後。

 仮面舞踏会を終えた夜。


 監査局。

 特別会議室。

 長机を囲む。


 出席者は。


 アメリア。


 アルフレッド。


 ミリア。


 副局長。


 監査官達。


 ルーカスはいない。


 王太子まで出れば相手に警戒されるからだ。


「では報告を始めます」


 副局長が口を開く。


 舞踏会で得た情報を整理する。


「奴隷売買を示唆する発言を確認」

「元宰相派との接点あり」

「西北領に存在する劇場」

「一月後の招待」

「身分証代わりの万年筆」


 資料が並ぶ。

 会議室が静まる。


 重い内容だった。


 副局長が資料を見る。


「罠ですね」


「罠でしょうね」


 アメリアも即答した。


 意見が一致する。


 疑う余地もない。


 むしろ。

 ここまで露骨なら。


 向こうもこちらを釣る気だろう。


 アルフレッドが腕を組む。


「どうする」


 答えは最初から決まっていた。


 アメリアは静かに資料を閉じる。


「行きます」


 副局長が苦笑した。


「そう仰ると思いました」


「放置する訳にはいきませんので」


 その通りだった。


 失踪した孤児達。

 地下賭博場。

 奴隷売買。


 全てがそこへ繋がっている。



 会議終了後。

 全員が退出する。


 アメリアだけが少し残った。


 机の上には万年筆。

 劇場への招待状。


 そして資料。


 静かな部屋。


 アメリアは窓の外を見る。


 夜の王都。

 遠くに灯りが見える。


 その光を見ながら。


 小さく呟いた。


「ようやく」


 一拍。


「核心が見えてきましたね」

お読み頂き、ありがとうございます。

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