第二話 ご心配をおかけしました
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
王都へ到着したのは昼過ぎだった。
巨大な城壁。
人の波。
荷馬車の列。
往来する商人達。
すべて見覚えがあった。
けれど。
どこか遠い。
知っているはずなのに。
長い夢から覚めた後のような感覚だった。
◇
馬車は公爵邸へ向かう。
窓の外を眺めながら。
アメリアは静かに街を見ていた。
「変わっておりますね」
ぽつりと呟く。
隣ではミリアが頷いた。
「はい」
嬉しそうだった。
「ですが」
一拍。
「変わっていないものも沢山あります」
優しい声だった。
アメリアは視線を移す。
そして。
ようやく気付く。
まだ服を掴まれている。
「ミリア」
「はい」
「服を掴んでおります」
沈黙。
ミリアが視線を逸らした。
「はい」
「離された方がよろしいかと」
「嫌です」
即答だった。
アメリアが瞬きをする。
「そうなのですか」
「そうなのです」
即答だった。
アメリアは目を丸くした後。
少しだけ微笑む。
「では、仕方ありませんね」
その言葉を聞き。
ミリアは嬉しそうに笑う。
護衛達が必死に空気になる。
馬車の中は静かだった。
本当に静かだった。
誰も触れない。
これ以上は駄目だと全員が理解している。
◇
やがて。
公爵邸が見えてきた。
アメリアは無意識に息を止める。
大きな門。
広い庭園。
白い屋敷。
見覚えがある。
確かにある。
けれど。
懐かしいという感情よりも先に。
奇妙な緊張が込み上げた。
「……」
知らない。
知っている。
知らない。
知っている。
その両方が胸の中で混ざっている。
門が開く。
馬車が進む。
その瞬間だった。
アメリアは目を見開いた。
人がいた。
大勢の。
使用人達が。
整列していた。
執事。
侍女。
料理人。
庭師。
警備員。
全員が並んでいた。
静かに。
まるで誰かを待つように。
馬車が止まる。
誰も動かない。
風だけが吹いている。
ミリアが先に降りた。
そして。
アメリアへ手を差し伸べる。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
その手を取る。
馬車から降りる。
その瞬間だった。
「…………」
誰も喋らない。
使用人達が固まっている。
目を見開いたまま。
息をすることすら忘れたように。
ただ。
見ている。
銀髪の少女を。
帰ってきた主人を。
アメリアは少し困った。
何か言うべきなのだろう。
だが。
言葉が見つからない。
だから。
一番自然な言葉を選んだ。
「皆様」
静かな声。
全員の肩が震える。
「ご無沙汰しております」
小さく頭を下げる。
誰かの嗚咽が聞こえた。
続いて。
また一人。
また一人。
堪えていたものが崩れていく。
「お嬢様……」
震える声。
前へ進み出たのはハロルドだった。
白髪の老執事。
アメリアの記憶にも残っている。
何度も見た顔。
何度も声を聞いた人。
ハロルドは震えていた。
普段の冷静さなど欠片もない。
目は真っ赤だった。
アメリアは少しだけ安心する。
知っている。
この人は知っている。
思い出せる。
完全ではないけれど。
「ハロルド」
名前を呼ぶ。
それだけだった。
それだけで。
ハロルドは崩れた。
「お嬢様……!」
その場へ膝をつく。
涙が止まらない。
「ご無事で……」
震える声。
「本当に……」
言葉にならない。
半年。
探した。
祈った。
諦めなかった。
それでも。
見つからなかった。
だから。
目の前にいる人が。
本当にそこにいることが。
信じられなかった。
「申し訳ありません」
アメリアが言う。
静かに。
「ご心配をおかけしました」
「違います!」
珍しく大きな声だった。
全員が驚く。
アメリアも驚く。
ハロルド自身も驚いていた。
そんな声を出した記憶がない。
「謝らないでください」
涙声だった。
「帰って……」
喉が詰まる。
「帰ってきてくださっただけで十分です」
その瞬間。
堰が切れた。
「お嬢様ぁぁ!」
「良かったぁ……!」
「本当に……!」
「帰ってきた……!」
使用人達が泣く。
侍女達が泣く。
料理長も泣く。
庭師まで泣いている。
アメリアは呆然とした。
なぜ。
そこまで。
そう思う。
けれど。
胸の奥が少しだけ温かかった。
記憶の断片が浮かぶ。
仕事。
改革。
監査局。
王城。
学園。
そして。
仕事が終わって帰るたび。
この屋敷があった。
この人達がいた。
「……」
初めて気付く。
ここは公爵邸ではない。
帰る場所だった。
アメリアは小さく微笑む。
本当に小さく。
穏やかに。
「ただいま戻りました」
一瞬。
沈黙。
そして。
「おかえりなさいませ!」
屋敷中に響く声。
歓声。
涙。
笑顔。
その光景を見ながら。
ミリアはそっと目元を押さえた。
泣いているのは。
自分だけではなかったから。
アメリアはようやく一歩踏み出す。
公爵家の玄関へ。
半年ぶりに。
自分の家へ帰るために。
お読み頂き、ありがとうございます。




