短編1 『不思議の苗木亭』の活動録その1・前編
…———ちゅん、ちゅん、と小鳥の囀る声とカーテンの隙間から入り込む朝日、木造の部屋の壁から香る微かな優しい香りと自分を包み込むベッドの暖かな温もりと一緒にくる甘い香り…ゆったりと安らぐ一時に心休ませながらもうしばらくゆっくりしよう。そう思って窓に背を向けるように寝返りを打つ。
何やら下の階ががやがやと騒がしくなっているのが聞こえる。するとどたどたと階段を駆け上がる音も聞こえてきた。その足音はまっすぐ自分の部屋に向かってきている。
「ダッンチョー!!おっはよー!!」
ばぁんと扉が勢いよく開き、そのまま真っすぐ自分の寝るベットに向かうと思いっきり掛布をひっぺあげられる。せっかく温まっていた布団の中に一気に冷たい風が入り込む。僕はうすら瞼を開くと、浮かび上がる掛布の中から赤銅の髪を束ね、綺麗な肌色が多めなブラにホットパンツな民族的な踊子の意匠が施された衣装に豊満なものが二つある少女の姿が見える。
「うぅ…おはようリサ。もう少し優しく起こしてくれないかな…」
「えー、別にいーじゃん。いっそ私も寝ちゃおっかな~」
そういうと奪い取った掛布をマントのように背中に回し、ベッドの上をうねうねしながら僕の隣まではい寄ってくる。僕はそんなリサを眠気で放っておきながら枕元にある時計を手に取る。今日の仕事開始は9時、今は8時半…8時半!?
「8時半!?うそっ、やばい寝過ぎた!!」
俺はがばっと飛び起き、すぐにパパっと着替える。寝着を脱ぎ捨て仕事用のライダースーツに着替える。そんな様子をきょとんと眺めるリサだが時間がない、俺はヴァルの腕を掴んで部屋を出て急ぎ階段を駆け下りる。そして一階の扉を開けるとそこには、お客が誰も居ない広い酒場のような空間に10人程の女性達が揃っていた。中には豊満なものを強調するような露出の激しい衣装をしている人もいた。
「みんなっ!ごめん、寝過ぎちゃった。すぐ準備するからちょっと、待ってて…あぶっ!?」
「ひゃんっ」
俺が慌てて進むからか足がよろけ、目の前を歩いていた黒いベビードールのような薄くひらひらが多くついた際どい衣装に、背中には一対の大きな翼があるのが特徴的な緑髪の女性の胸に頭から飛び込んでしまい、しかも後ろにいたヴァルの足もひっかけてしまい、まるでそれに挟まれるような状態になってしまった。
「あわわ、ご、ごめんアルラウス!!」
「おーおー、団長ってば朝からお盛んな事。っていうか何焦ってるの?まだ出発まで一時間くらいあるから」
「…え?」
「だんちょー、それ多分ミーシャの仕業~、だんちょーの部屋の時計弄ったんだと思いまーす」
「ピンポーン」
声のした方に振り向くと遠くで豊満なものを持っている金髪、さらに耳が横に長いのが特徴的な少し気怠そうな見た目をした女性が遠くでピースピースしているのが見えた。犯人で間違いないだろう。
「そ、そっか…ごめんね二人とも僕が慌てたせいで…」
「そだねー、だんちょーってば何かあるとすぐラキスケしたくなるもんね~」
「っべ、別に僕もしたくてしてるわけじゃ!?」
「はいはい、別に言ってくれればいつでもいーってのに」
この状況を面白がる2人から慌てつつも慎重に離れ、次は落ち着いて出発の準備を進めた。寝起きの水回りを済まし荷物の準備を済ませるとカウンターにフィッシュアンドチップスが置かれる。これは毎日食べる僕の朝食だ。その朝食を食べながら後ろで女性達に紙を編んでもらっている。僕の蒼く長い髪をポニーテールにまとめてくれているのだ。これが僕らのいつもの光景、そして食べ終わりもう一度口の中を綺麗にしてみんなにチェックしてもらう。
「うん、今日もばっちりだよハーレー団長」
ハーレー・テイル、それがこの騎士団の団長を任されることとなった自分の名前、僕達は昼間は騎士団として依頼を解決し、夜は酒場として切り盛りをしている。そのためかこの騎士団の半数以上は女性メンバーで構成されているのだ。
「ありがとう、それじゃ…出発しようか、みんな」
「「「オッケー!」」」
「行ってらっしゃい、気を付けてね」
今日お留守番のメンバーを残し、入口扉に吊るされた『酒場兼遊撃騎士団【不思議な苗木亭】』と書かれた看板がカランと鳴るのを背中で聞きながら僕を含めた6人のメンバーで酒場から出発した。今回の依頼は町の近くにある森の中にいる野生動物『トレント』の狩猟だ。その標的となっているトレントの近くまでは車で移動できる。勿論運転は俺だ。というか運転せずに後部席に座るとみんなからからかわれちゃうから…
しばらく走るとトレントがいると聞いた森の入口に到着した。先に依頼を出した軍が到着する予定と聞いていたがまだ誰もついていないみたいだ…そのうち到着するだろうと思い僕達はそれぞれ持ってきた武器を構えるとゆっくりと森の中に足を踏み入れる。あ、ちなみに僕の武器は無い。というかグローブやブーツによる格闘技こそが僕の武器だ。
さぁいざ出発、と意気揚々と足を踏み入れしばらく森の中を進むと、今回同行メンバーとして来ている橙のショートボブの中からぴょこっと猫耳が飛び出した、メンバーの中では比較的幼い見た目で子供っぽい露出の少ない服に身を包んだ少女、マリエットが急に走り出した。後を追いかけるとそこには地面に落ちたためか傷んだ果実があった。
「にゃぁ、だんちょーこれー」
「…マリエット、ここは森の中だぞ。木の実の一つ落っこちることくらい」
「待ってアルラウス!…ありがとうマリエット」
僕はマリエットから木の実を受け取りじっくり観察した後、あたりの木々を眺める。僕の手元にある木の実と同じものはどこにも見当たらない…つまり自然に落ちたものではなく何かしらの理由でここに運ばれてきたのだろう。それにこの木の実…傷ついているけど誰かが口にした形跡がない。
「…うーん、誰かがここに落としたまま気付かずに進んじゃったのかな?」
「まぁトレントとは関係のない事だろうし、そんなのほっといて早く先に進もう」
みんなに促されるままに僕たちは先を進むことにした。一応…木の実は気になるので持って行く事にする…。
まだまだしばらく進み続けると少し見晴らしのいい場所で野生動物の群れを発見した。足元に転がる水色の半透明な姿をしたプルプルの生き物、ジェリーだ。こいつらはこっちから手を出さない限り何もすることのない生き物だし、基本的に害はない…のだけどこいつらが厄介なのは他の生き物との戦闘中に気付かず誤って踏んづけてしまうと、体内から毒針付きの触手を瞬時に絡ませてくる、そうじゃなくても気付かずに襲われることも結構あるため、トレントが近くにいないなら無視するし近くで戦闘になりそうなら先に倒しておくのが鉄則だ。
「一応この辺りは目的のトレントにも近い位置…可哀そうだけど討伐しちゃおう」
こくりと頷いたリサはハンマーを、ミーシャは斧を使い柄を最大限遠くに伸ばしてジェリーを一体ずつ潰していく。潰すたびに斧やハンマーにジェリーの触手が巻き付くが柄の半分程度までしか伸びずに触手を出したまま力尽きていく。
「…ジェリーの刺身って、美味しいんだって」
「た、食べるのは後にしてねミーシャ…」
たわいもない会話をしながらジェリーの数を減らしていると、森の中からガサゴソ…と何かが動く音が聞こえた。
「だ、だんちょー…」
「うん、僕も聞こえた。ゼシカ、あのあたりに」
「オッケー」
僕の指さした方に、白く長い髪が地面についてしまうくらい背丈が低く、褐色肌が所々見える穴あきの蒼いアオザイに身を包んだ胸も背も控えめで耳の長い少女が短弓を引き絞って放つ…その一発は暗闇に消えた、かと思ったがよく見たら一本の木に突き刺さっていた。
「…おかしいな、そこにいると思ったんだけど…」
「いや、僕も、マリエットも気配を感じたんだ。間違いない筈…」
すると今度は反対側からガサガサ、横からもガサガサという音が聞こえてきた…
「私達も聞こえたよダンチョー…っていうかこれ…」
「…してやられた」
そう、僕たちは今ジェリーの群れを相手してるのではない。こここそ今回の討伐対象のテリトリー…この足場が悪い中こそトレントのテリトリーだったのだ。
次回投稿は2/14予定




