短編5 『六足衆』の活動録その1 前編
ここは帝国帝都より遥か東、広い高原の中にある超巨大なバザールと建物とテントが入り混じる貿易都市『ヴェリパドキノヴォ』、その都市中心部から少し離れた場所にはまるで中華風なお城を模したような少し大きめなお屋敷サイズの建物と、その建物の後ろに中庭のように広く囲われた何もない空間…そうまるで陣幕に囲まれた修練場のような空間。そこには大勢の男女が忍びのように全身を布で覆い隠し正体が分からないようにして、規律よく並んで中央を囲うように立っている。その中央に二人の男がお互いの武器を交えていた。
「ひーひゃはぁっ!…どうしたどうしたエスティスぅ、随分焦ってるじゃねぇかぁ~、まそれもそうか…なんせ今回のランキングは随分順位落としたもんなぁ~」
「…たった一度俺を抜いた程度で随分舌が回るな86位、今だ70位台にすら行ったこともないのに」
「っるせぇ!順位で呼ぶんじゃねぇ、てめぇはもう格下なんだよ!」
片方の男は編み笠に煙管を咥えたまま、片刃の直刀…八卦刀のような武器を振り下ろすが、エスティスと呼ばれた分厚い瓶底メガネの様なものをかけた真っ黒の書生服に素肌を全て覆い隠すように全身に包帯を巻いた男が、自身の手首に巻かれた包帯を伸ばして刀の一撃を防ぐように受け止める。その後蹴りで距離を取ると、さらに袖の中から文字…術式が刻まれた包帯を引っ張り出す。
「…『風刃の術』」
その言葉をトリガーに術式が光ると、エスティスの身体から風が吹きでて刃となって編み笠の男に襲い掛かる。
「っちぃ、見飽きた技…その後は霧に紛れて背後からだろ、そのパターンはもううんざりしてんだよ」
編み笠の男は軽く刀を振るうだけでその風の刃は霧散する…と思いきや散り散りになった風の魔法はそれぞれが円輪のように回りだしそれらも襲い掛かるが編み笠の男は素の手足で消し去る。そんなことをしている間に男の周りはいつの間にか霧に包まれ周囲が見えにくくなっていた。
「まいどまいど、馬鹿の一つ覚えみたいに…おんなじ戦術使って…くどいんだよっ!!」
編み笠の男は刀を力いっぱい振るうと、あたりの霧が一瞬で晴れ周囲に立っていた人達は咄嗟に防御態勢を取る。そして静まり返った修練場内中央には編み笠の男一人しかいなかった。だが次の瞬間どこからともなく音もなくその編み笠の男の真後ろにエスティスが現れ、その拳を振りぬこうとしていた。だがそれすらも見据えていたのか編み笠の男はその拳を刀の腹で受け止めたのだ。
「そこまでっ!!…手合わせは終わりだ」
突然二人の声とは異なる大きく野太い声が響くと、陣幕の傍で全身を中華甲冑の様なものに身を包んだ男が椅子に座っていた。
「全く…お前達は我ら『六足衆』の二柱という自覚がないものか…」
「へいへい…分かりましたよグラムガルダの旦那。おいおめぇもさっさと降りろ」
『六足衆』…今季騎士団ランキングで11位を獲得、長年20位以内を常に維持し続けている武闘派集団であり、ヴェリパドキノヴォを拠点とし総団員数は42人となかなかの大所帯騎士団。その中でも主要メンバー6人は六足昆虫の特徴を有したタイプの人種…虫人種であり、さらにその6人全員が義勇兵爵ランキングにも入選している実力者揃いなのである。———梅ミー書房騎士団刊『季刊誌ルーブル』より———
グラムガルダと呼ばれた男の制止で二人の男達の『手合わせ』が終わり、互いに距離を取り向かい合い一礼をする。だがまだ険悪なムードなのは変わりない。
「ところでよぉ旦那ぁ、一体いつになったら今回の討伐依頼であるゴラドンが来るんだよ」
「そう焦るでないイジュロウ…今サシャちゃんが『足』の半数を連れてゴラドンを誘導しておる。そもそも今回の依頼は『足』の修練を積ませるもの…お前達が不要な手出ししていたら鍛錬にならぬからな」
「…承知している」
エスティスが素直に従っているのを見て、編み笠の男…イジュロウはちっと舌打ちをする。すると何やら上空で鳴き声のようなものが聞こえてくると思うと、振り向き見上げるとそこには…まるで小さな鳥の群れのようなものに大きな鳥が襲っているようにも見える。その正体はゴラドンだった。上空を飛ぶゴラドンの周囲を背中に翅を生やした人間が飛び回っていたのだ。
「ほれ、予定通りサシャちゃんがゴラドンを…ん?」
そんな様子を呑気に下から眺めていると、そのゴラドンと飛行している人間に接近するように…さらに同じ2匹のゴラドンがその集団に襲い掛かってきたのだ。ゴラドンの周囲にいる人間は即座に陣形を組んで急降下し、全員が揃っている修練場に着陸する。
「お、おぃサシャ!何があった!」
「…完全にミスった、私達が襲撃した個体が雌だったの。よりによって…その雌を取り合うように喧嘩していた二匹の雄に見られた。雌が奪われるんじゃないかってガチギレしてる…」
そう説明するまるで日本人形を思わせる和服に黒髪ぱっつんヘアな姿に、背中に大きな蛾のような翅が生えた、翅に不釣り合いな小柄の少女…サシャがその身長の2/3の大きさもある不気味な鉈のような得物を手に持ちながらイジュロウ達の傍に歩み寄る。そんな会話をしているとサシャたちを追ってゴラドン二匹が修練場内に降り立ち雄たけびを上げる、先ほどまでサシャ達と戦っていた雌と思われる個体はまだ上空で降りてくる様子はない。修練場内の者達は一斉にゴラドンに対し警戒姿勢を取った。
「いいか三人とも、手出しはするな…『足』共よ!少々予定とは違うがおぬしたちにとって丁度いい想定外だと思え!…かかれーっ!!」
グラムガルダの掛け声とともに30人程の忍装束の男女『足』は一斉に自分の得物を取り出し二匹のゴラドンに襲い掛かる。イジュロウ、エスティス、サシャはグラムガルダと共にその戦いを見守っていた。『足』達は暴れ回るゴラドン二匹を相手に的確に攻撃を躱し距離を取って遠距離から狙撃や魔法による攻撃で翼や足を奪い、鎖や紐状の武器で身動きを取れなくしてデカい得物を持っているメンバーで攻撃…と見事な連携を見せる。だがゴラドンもそんな多勢に抗うように暴れまくり思うように戦えない様子だった。
「見てるってだけでも退屈だな。どうだてめぇら、どこの『足』がゴラドンに止めをさすか賭けしないか?」
「…断る。そんな低俗なことばかり考えているからランクが上がらぬのだ」
「私はいーわよイジュロウ。じゃあイジュロウのところが止めさせなかったらその責任を取って切腹ね」
「んでだよふざけんなサシャ!…っつーかお前ら!俺の教えはどーしたぁ、いつまでもちんたら時間かけてんじゃねぇ!一撃で屠る、そう言っただろーがよぉ」
「はっはっは、相変わらずイジュロウは元気だな…賭けという訳ではないが、ワシの見立てだとやはりエスティスの『足』が一枚上手に見えるな」
グラムガルドの言葉にまた不機嫌そうにするイジュロウ、だがそんな戦わない4人を標的にした上空の雌ゴラドンが、上から大きく息を吸い込んで、真下目掛けブレスを放射する。だがそのブレスは4人に届く前にイジュロウの刀の一閃であっさりとかき消された。
「…俺ぁ今虫の居所が悪いんだ…、遊び相手になる気あるんか?」
イジュロウから放たれる数発の斬撃はゴラドンの身体をすれすれで通り抜ける。それはまるで人間よりも力のあるゴラドンを弄んでいるかのようだった。だがその様子を見ていた地上の雄のゴラドンは怒り激昂し周りにいる『足』達を蹴散らしまっすぐイジュロウら4人の元に走り迫る。
「これイジュロウ!勝手なことをするからに…仕方ない。少し手解きをしてやろう」
グラムガルドが立ち上がるとその手に握られた十文字槍を構えゴラドンと対峙する。そして一匹のゴラドンの大きな牙がグラムガルドを襲う…その瞬間ゴラドンの身体は大きく一回転するように宙を舞ったのだ。グラムガルドが体の下に入れた十文字槍を振り上げまるで背負い上げるかのように投げ飛ばしたのだ。
その隣ではエスティスに襲い掛かるもう一匹のゴラドンの攻撃を、素早く緩急のきいた動きで躱すエスティス。そしてゴラドンの懐に入り込むとドォンッという衝撃音と共にエスティスの肘と肩によるかちあげのような攻撃で上空につき飛ばす。
「イジュロウ!急所は外すのだぞ!」
「なんで俺だけなんだよ…サシャにも言えっての!!」
「私はイジュロウのようなへましない…」
グラムガルドが投げ飛ばした先の地上にはイジュロウが刀を、エスティスが突き飛ばした先の上空にはサシャが鉈を構えて待ち、その二匹の強靭な翼を二人はいともたやすく一撃で綺麗に断ち切ったのだ。飛び散る鮮血と共に地面に打ち付けられる片翼となったゴラドン二匹は一気に疲弊しながらもなんとか立ち上がり睨み返すがすぐに『足』達が取り囲む。4人はまたゴラドンの処理を任せ傍観を決め込む。
「ところでよぉ…俺たちゃ六足衆、六人の『頭』がいてこそだろ?頭目はともかく、スズカゼの奴はどこでさぼってやがる」
「あいつとお前を一緒にするな…それにあいつなら、そこにいるだろ」
エスティスが上空を見ると上空のゴラドンを相手取っている韓服のような恰好をした蒼い髪の女性が二つの大きな円盤状の刃…圏を振り回し対峙しており、そして丁度強力な蹴りがゴラドンに入り地面へと叩き落とされた。そしてひらりとゴラドンと共に女性が舞い降りて着地する。
「てめぇ…いつの間に」
「頭目様からのご指示を賜りました。我ら『頭』五人でこのゴラドンに兵爵としての義を示せと」
「…そんなゴラドン相手では五人もいらないだろうマホ スズカゼ」
「考えるだけ無駄エスティス。あっちより早く片付けるよ」
『足』達が翼を失った雄のゴラドン二匹を相手するその裏側で、叩き落とされた雌のゴラドンに立ち並ぶ五人の『頭』がそれぞれの得物を構え…衝突が始まる。
次回投稿は3/18予定




