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「エミリア様、リクールです。医師を連れてきました。朝食もお持ちしています。開けていただいてもよろしいでしょうか」
声がしてタタッと小走りにドアの方に行き扉を開けた私の目に最初に飛び込んできたのは、リクールではなく、ご飯の方だった。彼の方を見ようとしたのだが、あまりのいい香りにつられてそっちに鼻が向いてしまった。
(・・・ぁあ)
「エミリア様」
(あ・・・)
少し笑いながら私の注意を引き戻したリクールは、ローブを着たままで最初に会った時の格好のままだ。扉を大きく上げて3歩ほど下がると、空いたスペースから朝食と医師と思われる女性も一緒に入ってきた。そして目が合った瞬間に頭を下げてきたその女性につられて私も頭を下げた。
「初めまして。私はここで医師業務をしているリリーと申します」
(綺麗な人・・・女性の医師初めて見た)
比較的歳は高めに見えるけど所作から推測するにわりと高貴なとこの出身な気がする。相当のお金を積まないと医師専門の学を受けられないから一般市民ではないはずだ。
「朝早くから申し訳ありません。お腹が空いてるようなのですぐに診ましょう。早く始めれば早く終わりますから」
女性医師の言葉にコクンと頷いて、さっそく3人でベッドへと移動した。朝食を持ってきた人はメイドにしては少し老けているけど、長だろうか。彼女は朝食をソファの方に運んでから、いつでも食べられるように準備をし始めた。
「それでは、さっそく喉の様子を見るので包帯を取ってもよろしいですか?」
「・・・・」
「首に触れますね」
(診断内容・・・きっと同じ)
首に手を伸ばして包帯に触れたリリー先生は丁寧にゆっくりと剥がしていく。
神殿に居た時もシャワーを浴びれば濡れて勝手に剥がれてくるかと思ったけど、魔法がかかってたのか単に強烈な防水様の包帯だったのかびくともせずずっと首にピタッと貼り付いていた。あまりにも身動き一つしないから魔法が付与されてるかと思ったけど、先生の様子を見る限りそんなことはなさそうだ。
「「・・・・」」
包帯を剥がして隠れていた皮膚がだんだんとあらわになるにつれて先生は怪訝な顔付きに変化した。リクールも眉をひそめ様子をうかがっている。
「・・・これは」
「先生・・・」
(・・え、なに)
そして全て取り終えた時、先生とリクールは少し息を飲んでいた。
「・・・僕が彼女を助けた時は、ここまでなっていませんでした。圧迫されてその影響が時間差で浮き上がってきたのでしょうか」
「それも・・あるかもしれませんが、これは・・・」
2人の反応が神殿で診てもらった時の医師との反応とまるで違うため、軽くパニックになった私は2人につられて表情が曇ってしまった。そんなに酷いのだろか。時間が経っているのに?
「すいません、エミリア様、神殿では医師に診てもらっていたはずですが、何と言われたか覚えてますか?」
先生にそう聞かれ、紙とペンを取り出そうとしたけど手元にない。彼女のほうを見ながらハンガーにかけたコートが入っている棚を指さしてジェスチャーをしながらベッドから降りようとしたところ、リクールがパチンと指を鳴らした。
「・・・・」
「申し訳ありません。馬車の中で先にかけとけばよかったですね」
指かなった後、私の目の前にはどこからともなく羽付きのペンが現れた。しかも空中で浮いている。ペンの先を見る限りインクが必要なようだけど、これでどうやって書くのだろうかと思い、リクールのほうを向いた。
「このまま空中にペンを走らせてもらえば、文字が浮かび上がります。エミリア様はそれを使ってください」
「・・・・」
「魔力がなくても使えるので大丈夫です」
そう言われて左手でペンを握った私は、恐る恐る空中に文字を書き始めた。
(うわぁ・・・)
手を動かすと、金色の光が微かに漂いながら文字が出現した。綺麗だ。幻想的で、魔力のない私からすると、なんだか魔法が使えてるみたいでちょっぴり楽しい。
(あれ・・・っていうか私魔力がないこと言ってたっけ)
疑問が浮かびながらもされた質問の答えを空中に書いた私は、すぐに彼らに目を向けた。
〘声帯は傷付いてないと言われました。2人の医師に診てもらいましたが、どちらも同じ意見です。ただ2人目の医師には、精神的なものが関係していると言われました。急激なストレスが原因だと〙
「・・・そうですか。少し喉を触ってもいいですか?」
リリー先生の質問に、もちろんと頷いた私は、体を彼女の方に向けた。喉の両側を上から軽く押しながら鎖骨あたりまで触った先生は、首の右側全体を手のひらで摘むように覆った。
「どうですか?」
「・・・確かに声帯に傷はついてません。あと呪いの類のものもかかってはないです」
「じゃあ単純にあの者の力だけでこうなったと言うことでしょうか」
「えぇ・・・そうなりますね。この痣は時間が経てば治りますが、少し時間がかかると思います。あと声に関してですが、こればかりは何をしたら治るのかは分かりません。はっきりした原因かわからないので、恐らくエミリア様を診察した医師も静養が必要だと述べたのだと思います」
呪いという言葉に一瞬ぎょっとしてリリー先生とリクールの会話に耳を傾けていると、リクールは最後に表情を曇らせた。そしてしばらく黙り込んで拳を握りながら私の首元をじっと見て、それから目を細め一言「そうですか」とだけ感情のない声で呟いた。
(そういえば・・・あの男の人、私の首絞めながらなんか言ってたな・・・リア様も嫉妬して・・・とか言ってた?)
リア様と言う名前は、一人だけ知っている。実際にお会いしたことはないけど、リア様は聖女様の名前だ。ただ、あの男が聖女様と繋がっているなんて考えられない。聖女様は、気高きお方で慈悲深く、民に平等であらせられる方だとしても、あそこに来る犯罪者まがいの者たちと交流があるというのはありえない。
(他の人・・・だよね)
神殿に来てから外に出てないから分からないけど、市街地にもリアなんて名前きっとたくさんいるのだろう。
パーシー副長官は、神殿に来たばかりでまだ私が働ける年齢じゃなかった時は、外部の人と関わりを持たせないようにしていたから、私の顔を見た事がある人に限られるのであれば、多分パーシー副長官に身柄を引き取られる前のスラムで暮らしていた時しかない。
あの男から出た『リア様』という名前。
目の前の2人に話さなくても問題ないだろうかと思って、私はこの時話さなかった。
「そういえば、エミリア様は普遍文字だけでなく特殊文字も使用されるんですね」
「・・・・」
部屋の雰囲気があまりない好ましくない方向に行こうとしていた時、リリー先生が突然首のこととは関係ない話題を振ってきた。
(あぁ・・・)
彼女が言った特殊文字というのは、貴族の間でよく使われる文字のことだ。普遍文字は普通の家庭で育てば誰でも習うものだけど、特殊文字は別で、ある一定以上の家柄が必要になってくる。
私は、パーシー副長官に習わされた。私自身普通の家庭で育ってないから文字の読み書きすら出来なかったため、最初はまず普遍文字からだったから、特殊文字までできるようになるまでかなり大変だった。
(凄い嫌だったけど・・・)
『貴方の将来のためです。忙しいので余計な愚痴を聞く時間はありません。頑張ってください』と、どう抵抗してもこの言葉で全部跳ね返されて、シッシッと猫を追い払うみたいに押しかけた部屋から追い出される始末だったあの頃。
〘文字はパーシー副長官に習わされました。将来役に立つとかなんとかで〙
またしても副長官のことを思い出しながらリリー先生に空中の文字で答えた私に、彼女は何故かクスッと笑った。
「そうなんですね。とても良い師に出会ったのですね」
(・・・え")
少し楽しそうに笑うリリー先生は、なんだかお母さんのような人に思えた。こういう女の人とあまり話したことがないからなんか新鮮で、嬉しい。
ははっと愛想笑いだけした私は、リクールの様子が気になって、チラっと彼を盗み見た。
(・・・なんか怒ってる)
「それではそろそろお腹も我慢できないでしょうから、今日の診察はこれで終わりです。私達は一旦ここから出ていきますので何かあればすぐに呼んでください」
何も話さないリクールを横目にリリー先生がそう言ってこの場を切り上げだ。そして包帯を巻き直して、何かあった時のために彼らを呼ぶ用の鈴を貰った所で、ようやくリクールが口を開いた。
「エミリア様、また午後も様子を見に来ます。夜は少し出かけるところがありますでお会いできませんが、明日の朝食は良ければ一緒に召し上がりませんか」
「・・・・」
座っていた椅子から立ち上がったリリー先生は一歩下がった。リクールの突然の申し出に、ペンで返事を書こうとしたけど、二文字だけだから頷けばいいかと、ニコッと笑って頷くと、目の奥が笑ってなくて少し怖かった彼の表情は、少しだけ和らいだ気がした。




