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聖女はクソです  作者: しおやき


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 パーシー副長官の葬儀に行って宿に泊まった後、次の日屋敷に帰った。

 リクールの話を聞きながら泣いてしまった私は、気が付くとベッドの上で一人スヤスヤ眠っていて、他の二人を探そうと慌ててベッドから出るとそのまま顔面から床にダイブして顔に傷を作ってしまった。


 (・・凄い痛かった・・・というかリクールはソファで寝てたのね)


 ただ倒れただけじゃなかったからもちろん音が響いた。リクールとドアの外で待機していたと言うルキアが凄い形相で私のところに来たのは、今思い出しても恥ずかしすぎる。


 リクールは部屋にいたんだ。

 寝顔を見られてしまっただろうか。


 (いびきとかかいてなかったかな・・・)


 葬儀の後、聖女様からの嫌味の数々を聞いて、余計に気分が落ち込んだけど、昔からパーシー副長官のことを知っていた人が近くにもう一人いた事を知った私は、なんだか少しだけ心が軽くなった気がした。


 (リクールと副長官のやり取り見てみたかったな・・・)


 そういえば、パーシー副長官はもう亡くなったから副長官って呼んじゃいけないんだよね。後任が来るはずだけど、誰になるんだろう。引き継ぎが大変であることは間違いないと思うけど。

 それに…。


 (なんで亡くなったのかなんて神殿の幹部くらいしか知らないんだろうな・・・聞きたいけど、ツテがない・・・)


 そして疑問と言えばもう一つ。


 葬儀の日以降、リクールの距離感がなんだか近くなっている気がする。私がまたケガを増やしたからだろうか。妙に近くにいるし、話しかけてくる声もいつもよりも優しい。

 

 そして声が出ないのは相変わらずで、何回も発声しようとしたけれど、全くの無反応だった。


 (何が悪いんだろう・・・)


 部屋のベッドの上で何もすることがない夜は、静かすぎて考える時間が多くなる。頭の中を文字が動き回りながら、枕の下に左腕を入れて横を向いた私は、すっかり目が冴えてしまった。


 (喉の痣も薄くなってきているし、そもそもストレスとかもうほとんどないと思うんだけどな・・・)


 屋敷内の人は相変わらずみんないい人ばかりだ。リリー先生だっていつものように接してくれる。それでも葬儀から帰ってきて少し経ったあと、リクールに仕事をしたいと言ってみたけど笑顔で断られた。休んでくださいと言われても、休みすぎて体が逆におかしくなりそうな気がする。


 ベッドの脇の小さな電気に手を伸ばして点灯した私は、起き上がってベッドから出た。毛布並みの温かさのある大きなカーディガンを羽織って廊下に出ると、少し薄暗い。

時間は深夜を回っているから、屋敷内で活動している人はほとんどいない時間帯だ。


 (ホットミルクが飲みたい)


 階段を降りてキッチンへ通ずる廊下を抜けると、シェフやメイドたちが使う休憩室へとたどり着いた。小腹がすいたりしたらここを利用するといいと、案内されたときに言われたから慣れてきた最近は頻繁に来るようになったけど…。


 (夜は1人だとやっぱり怖いな。急に誰か出てきたらどうしよ)


 冷蔵庫からミルクを取り出しコップに注いだ私は、それを直接火にかけた。なんでもこのコップ、火で溶けるものではないらしい。だから直接火にかけて使っても大丈夫だと料理長から直々に言われた。


 (そういえば、リクールは侯爵家が主催するパーティーに呼ばれたから出かけてるんだっけ)


 当主の一人娘の誕生日パーティーって聞いたけど…。

 リクールよりも3つほど若いとメイドの子が言っていた。リクールはあの年になっても結婚をしてないし、そもそも聖女様と婚約を解消したって言ってたから、今は完全にフリーな状態だ。彼が着飾った姿を私は見てないけど、今のこの時間帯もまだ帰ってきてないみたいだから、ひょっとしたら…。

 

 (結婚か・・・)


 自分には程遠い言葉だ。

 相手がいないし、私の出生を相手の家が認めてくれるなんて、ありえない話。


 ため息をついた私は、チリッチリッと火が鳴く音を聞きながらコップの中のミルクが沸騰しないように、動かずじっと見つめていた。

 


 (・・・?・・・話し声?)


 いい感じに温まってきたであろうミルクにニンマリした私は、火を消してコップの取っ手を掴んだ。でもそれと同時にボソボソと喋る声がどこからか聞こえてきた。

 声の主は男の人のように思える。2人ほどいるだろうか。だんだんと近づいて来るその声に、私は思わずコップを持って休憩室の入って来た方の入り口とは違う別の出入り口から逃げるようにして廊下に出た。


 (・・・あ、熱い。っていうか誰だろう)


 コップの取っ手自体は熱くない。ただ底を持ってしまったため一瞬火傷しかけた。


 (何の話ししてるのかな・・・)


 廊下に出たのはいいけど、反対側から出てしまったため自分の部屋に戻るのに大回りをしなければならない。それが嫌だった私は、話し声の主達が休憩室から去るのを待とうとして、1人で隠れていた。


 「はぁ・・・・」

 「お疲れですね。明日は休みなので朝はゆっくり起きられてはいかがでしょうか」

 「あぁ、そうだな」

 「お部屋までご一緒致します。パーティーのほうはいかがでしたか」

 

 (・・・パーティー?)

 

 ってことはリクール・・・と、執事長?そういえば声が似てる。

 

 「わざと遅れていってよかった。ファーストダンスはまぬがれたから」

 「さようでございますか」

 「ああいう所は苦手だ。僕は戦場のほうがいい」

 「そうでしょうね。リクール様は普段ああいう場に顔を見せませんから」 

 

 (やっぱり。あの2人・・・・)


 「それにしても帰りが随分と遅かったのですね」

 「挨拶だけ済ませたらすぐに帰ろうと思ったんだけど、引き留められてしまったからな」

 「ご当主様にでしょうか」

 「あぁ」

 「何か込み入った話でも?」

 「いや・・・」


 聞いてはいけない会話のような気がした私は、遠回りになっても仕方ないからこの場から離れようとした。でも次に聞こえてきた話に、足が無意識に止まってしまった。



 「娘と結婚して欲しいと、遠回しに言われた」


 (・・・・え・・・)


 「嫌だったからもちろん断ったけど、随分としつこかった」



 苛立ちを含んだ声で話すリクールは、ため息をついた。

 声だけしか聞こえないから、表情は分からない。それでも結婚という言葉が飛び出した瞬間、私は何故か妙な緊張感に襲われた。


 (・・・私には関係ない話)


 「そういえば、彼女はどうしてた」

 「エミリア様でよろしいでしょうか」

 「あぁ」

 「いつもと変わらずです」

 「そうか」

 

 いつも私に話しかけてくるときとは違う低い声と、主君としての口調。本来のリクールはそういう役割を担ってる人だから、これがそもそも当たり前なんだ。


 いくら副長官のことを同じように昔から知っていたからって、それイコール私と同じような生まれで、私と同じような生活をしていたというわけではないことに改めて気付かされる。


 (早く部屋に戻らなきゃ)


 ミルクが冷めるからと、私は自分の部屋へと戻るため足早にここを去った。




 ◇◇◇



 (冷めちゃった・・・)



 部屋に戻る途中、メイド数人が廊下をバタバタ走っていたのに出会しそうになったから隠れたり、通り過ぎるのを待っていたりしていたら部屋に戻るまで時間がかかってしまった。そしてようやくたどり着いて部屋のドアを開けようとドアノブに手を伸ばした時、ミルクが冷めていることに気づいた。


 

 「エミリアさん」


  (あ、・・・)


 「眠れないんですか」

 「・・・・」


 突然名前を呼ばれた私はビクっとして顔を上げた。

 そこにいたのはリクールで、もしかしてさっきまで休憩室にいたことがバレてしまったのだろうかと思った。もし執事長が火元を使っていれば多分さっきまで彼ら以外に別の誰かがいたことなんて容易にわかる。


 「どうかしました?」


 それでも、リクールの姿を見た瞬間、そんな考えも秒で吹っ飛んでしまった。

 

 (・・・王子様・・・みたい)


 現れた姿に思わず見惚れてしまった私。

 男性が着飾った姿を間近で初めて見た。髪ももちろんセットされている。神殿にいた時なんてそんなことは皆無だし、パーティーなんて私には縁のない言葉だから。

 そしてリクールがパーティー用に正装をした姿を見た私は、じわじわと顔が熱くなるのを感じた。


 「エミリアさん?」

 「っ・・・」


 もう一度名前を呼ばれてハッとした私は、慌てて表情をすぐに崩してニコニコ笑いながら思わず口の動きだけで返事をしてしまった。


 <なんでもありません。どうかしましたか>

 「・・・あぁ、いや、ちょっと様子が気になって。すいません、帰りが遅くなってしまいました。寝られないのであれば少し話をしませんか」

 (話?)


 上手く読み取ってくれたらしいリクールは、さっきまで執事長と話していた雰囲気はどこへやら。コクンと頷いた私の腰を抱いて、部屋のドアを開けてくれた。


 (・・・よかった)


 この前、私に触れようとするたびに断りを入れてくるから、もう大丈夫だから聞かなくてもいいと言ったけど…。


 (ちゃんと覚えてくれてたんだ)


 「暗いですね」

 

 部屋に入ったのはいいけど、薄暗い。リクールの一言で、ベッド脇の明かりだけしか灯してないことを思い出して部屋の電気をつけようとした。


 「いいです。このままで」


 (・・・・え)


 「エミリアさんはベッドに入ってください。多分話をしているうちに眠くなりますから。時間も時間ですし、あまり長居はしません」

 

 リクールはそう言うと、私が持っていたコップを取りあげたあとベッドまで行くよう促した。羽織っていたカーディガンを畳んでソファに置いた私は言われたとおりベッドに入ったけど、リクールはどこに座るんだろう。


 (・・・・あ、温かい)

 

 そしてベッドに入ると同時にコップを戻されて気が付いた。

 冷めたはずのミルクが温かくなっている。

 魔法で何かをしたんだろうけど、ぜんぜん分からなかった。両手が塞がっていた私は、また口の動きだけで<ありがとう>と彼に告げた。


 「・・・・」

 「?」

 「嫌ならいいのですが、今後はエミリアとお呼びしてもいいですか」

 「・・・・」


 薄暗い部屋の中、あまり浮かない顔をしていたリクールがいきなり何を言い出すかと思えば、まさかの名前の話。前に一回呼び捨てでいいと言ったから、再度聞いてくる必要はないのにと思ったけど。

 王子様姿の彼にそんなことを言われたら嫌だなんて言えない。というか断る理由なんてないし、さん付けも距離を取られてるみたいで寂しかったから、呼び捨て呼んでもらえるほうが嬉しいに決まっている。


 迷いなく頷いて笑った私は、温めてくれたミルクに口を付けた。


 「ありがとうございます。それで、さっき言っていた話なのですが、エミリアは声が戻ったらどうしたいですか」

 「・・・・」

 「僕は、貴方の意見を尊重したいので、エミリアが望むとおりにするつもりです」


 名前のことを聞いてくるからそれで話は終わったと思っていたけど違ったのか。淡々と口を動かしてまた話し始めたリクールに、コップから口を離して思わず彼を見上げた。

 

 「急かしませんが考えておいてください」

 「・・・・」

 

 淡々と言ったわりに、言い終わって少し切なそうに笑った彼は、オッドアイの綺麗な瞳で私を見つめている。


 もし私が寝ていたらこう言われるのも明日に伸びていたのだろうか。いざ直接的に言われると、頭が真っ白になる。今までみたいに分かりましたと頷けばいいのに、今度は何故か素直に頷けなくて、私は俯いてしまった。


 「すいません、いきなり。ただ、こちらも準備が必要なので」

 「・・・・」


 (具体的に考えてないや・・・どうしよう)


 ここに来てから色々お世話になって、自分が思っている以上に時間が経つのが早かった。というか、声が戻ってないからここにいるわけで、もしかしたら明日、いや、早ければこのあとすぐに声が戻るかもしれない。いつまでもこの居心地の良い優しさに、浸かっているわけにはいかない。

 

 「顔を上げてください」

 「・・・・っ」

 「エミリア」

 

 俯いて手に持ったコップに入ったミルクを無意識に見ていた私は、知らない間にまた唇を噛んでいたようだ。

 ギシッとベッドが少し沈む音がしたのを合図に、声が近くなったリクールに顔を向けると頬に手を当てられた。


 「癖ですか。唇を噛むのは」

 「・・・・」

 「神殿にお迎えに上がった時も、ここに傷がありました」


 そう言ってゆっくりと親指を滑らせ私の下唇に触れたリクールの目は、少し冷たい印象を与えた。

 突然の彼の行動に、脈が波打って少しだけ息が上がった私は、唇と肌の境目をなぞって優しく触れるその指に、妙な恥ずかしさを感じてしまい、持っていたコップを両手でぎゅっと握り視線をリクールから逸らそうとした。

  

 「・・・」

 「ご自身で傷を作るのはやめてください」


 薄暗い部屋でよかったなんて、そんなこと思えるわけがない。少しでも口を動かしたら彼の指を噛んでしまいそうで怖い。それでも飲み込むことのできない唾液が口の中に溜まってきて、しづらくなった息に思わず口を少しだけ開けた。


 (どう・・・しよ)


 コップに入れたミルクがこぼれてしまう。不安定な太ももの上に置いてるから、何かの弾みで倒れたらどうしよう。そんなことを思うようにして、彼の指から伝わる熱を感じないようにしていたのに…。

 ふと触れた指を離して、頬に当てていた手を下げたリクールは、何故か私が握っていたコップに手を持っていった。


 (・・・あっ)


 「エミリア」

 「・・・・」

 「貴方が大丈夫でも、僕が大丈夫ではありません」


 そしてスッとそのコップの感触が消えた途端、包み込むように握られた手からじんわりと温かさが身体に広がっていった。


 (また・・・あの言葉)


 「もう寝てください」

 

 まるで魔法にかけられたように一気に眠気が襲ってくる。ウトウトしながら背中に回された手に支えられてベッドに横になった私は、あぁ、話してるうちに眠くなるってこのことかと、妙に納得してしまった。



 「おやすみなさい」


 薄れゆく意識の中で、おでこにかかった髪をどかされた感覚がしたと思ったら、今度は温かくて柔らかい何かが触れた気がした。



 「僕の愛しい人」


 

 

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