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聖女はクソです  作者: しおやき


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16/18

13.3(リクールside終)



 絶対に幻なんかじゃないとは思いながらも、僕自身も毎日血反吐を吐きながら制御の訓練を受けていて、家に帰る頃には意識が朦朧として満身創痍の状態だったから、日に日に脳細胞が削れていって幻を見たって可能性も否めないけど…。


 (いや、あれは絶対本物の人間だ。確実にそうだ)


 

 結局パーシーは、あれからも僕が見た天使の存在を肯定することなく、毎日、毎日同じことの繰り返しで時間だけが過ぎていった。

 

 痛みには慣れない。

 気絶もするし、頭だってふらふらになる。

 傷なんてついては消えの連続だ。


 これをこの先数年も続けるのかと気が重くなりそうではあったけど、一方で、それでもあの子にまた会えるかもしれないなんて、訓練とは関係のない不純な想いが僕を神殿へ駆り立てていたのは間違いない。


 (でもなー・・・朝早く行っても、見当たらないもんな)


 神殿への出入りはパーシーのおかげで一部の区域のみ自由に出入りできるようになってるから、もしあの日見た彼女が別の区域に居るとなれば、もう見かけることすらできない。


 「パーシーのやろう・・・なんて卑怯な」


 何かしら遠ざける理由があるのかもしれないけど。

 …あの笑顔が頭から離れない。

 僕自身の家柄、他の家とも交流があるから似たような年齢の令嬢とは会う機会がある。だけどこんなに頭に残って、もう一度顔を見たいと強く想うのは、少なくとも彼女が初めてだった。


 (せめて名前でも分かれば、家名から探せるのに)

 


 そして彼女を最初に見てから初めての満月の日、僕は彼女をもう一度目にすることができた。

 


 ◇◇◇




 (くっそ・・・いてぇ・・・)


 訓練を終えてボロボロになった後、少し庭に寝っ転がって目を瞑っているといつの間にか寝ていたようで、気が付いた時には空は暗くなっていた。


 「・・・最悪だ」


 最初の頃は叩き起こされてでも早く帰れと言われていたけど、最近はパーシーも必要最低限のことしか言わなくなったから、訓練が終われば軽く休んでから帰るようにしていた。


 (・・・・ん?)


 誰も居ない夜の中庭。

 風もない静かなその空間に、カサカサと草を踏みつぶす音が聞こえる。あえて体を起こさず音にする方に顔を向けた僕は、別の音が聞こえるまでそのままでいた。


 (この神殿に侵入者?・・・いや、それはない。確かこの神殿自体に結界が張ってあるはずだから、転移魔法もここには通用しない)


 僕が出入りする区域は、時間が来ると結界が再度張り直される。今日はたまたま寝過ごしてしまったから帰るときにパーシーのいる執務室に行く必要があるけど。


 「・・・・」


 息の音すらうるさく聞こえるまでに静寂が覆う中庭は、さっき聞こえてきた音以外何も聞こえない。まさか勘違いだったのだろうかと、体を改めて起こそうとしたちょうどその時、今度は頭上から大きなため息が聞こえてきた。


 (はっ・・・)


 「・・・げっ、パーシー」

 

 体を起こす前に顔を上げるとそこには見慣れた顔があった。

 

 「失礼ですね、人の顔を見てそんな声を出すのは。貴方はここで何をしてるんですか。もう帰ったはずでは」

 「・・・あ、いや。少し目閉じてたら・・・なんかそのまま」

 「邪魔です。今すぐ帰ってください」

 

 呆れたとでも言わんばかりの顔付きで僕を見下ろしたパーシーは、僕の言い分はまるで聞かずにさっき音がした方向を向いた。


 (やっぱり何かいるのか?)


 「パーシー」

 

 そう思った瞬間、頭上に居る男の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。もちろん僕の口から出たものではないことは明らかで、少し遠くから呼んだようなか細いその声の主は、女の子の声に聞こえた。


 「エミリアさん。そこで待っていてください。ここにきてはダメです。変な虫がいるので」

 「虫?」

 「えぇ。退治したら行きます。それまで渡した本を読んでいてください」

 「うん、分かった」


 (む、虫って・・・え?)


 会話が終わったのか、パーシーは真下を向いてまた僕を見下ろした。何か文句を言われるのかと思いきや、目が点になっている僕になぜか手を伸ばしてくる。


 (・・・?)


 「手を貸してください。そのまま動かないで手だけ貸してください。貴方を引きずってこの神殿から外に出すので起き上がらないでください」

 「・・・え、え、ちょっと待って流石にそれはっ」

 「なんですか」


 (・・・あの子やっぱり実在するじゃん)


 「エミリアっていう名前なんだ・・・あの子」

 「誰のことですか」

 「彼女も何か訓練を?」

 「何のことでしょうか」

 「この前の、瞳が紫色の子」

 「・・・・・」

 

 なんでここまでして隠したがるのか。

 この時の僕はパーシーの行動の意味がよく分からなかった。


 「取って食ったりしないって。そんな趣味ないし」

 「そんなことしたら私が貴方を殺します」

 「冗談キツイって。家名だけ教えてもらえればすぐに帰るよ」

 「私が今までに冗談を言ったことがありますか」

 「・・・何回か」


 パーシーは手を後ろで組み直して、視線を僕から外した。そして目をつぶり少し沈黙したあと、小さなため息をつき彼女がいるであろう方向を見て、ゆっくりと口を開いた。


 「彼女に家名はありません」

 「・・・家名がない?」

 「えぇ」

 「どういう意味?」

 「そのままの意味です。彼女は孤児です」

 「え・・・・」

 「この前、神殿のボランティアの一環でスラムに行きました。その時に拾いました」

 「・・・拾ったって」


 そこまでいって僕はようやく起き上がった。

 お尻についた草を振りはらい、ボサボサになった髪を少し整えると、パーシーが向いている方向と同じ方向へ顔を向けた。


 「体が小さく見えますが、4歳です」

 「ご両親は・・・」

 「もちろん亡くなってますよ。孤児なので。目の前で殺されたらしいです。幼すぎて何が起こっていたのかは本人は把握できていなかったようですが」

 「・・・・・」

 「なので家名はありません。分かったのなら帰ってください」


 パーシーの彼女に呼びかける声の大きさから、彼女は少し離れた所に居ると思っていたけど、やっぱりそうで、向こうからは僕の姿は見えていない。


 イスに座るその姿勢は、少し背中が丸まっていた。パーシーが言っていた本は4歳の彼女が持つにしては少し大きめで、足をぶらぶらさせながらページを次々めくっている。


 「・・・あの子は、あの本を読めるの?」

 「読めてないですよ。学がそもそもありません、路上で生活していたぐらいですから。正しい言葉遣いも、使っていた言葉の意味も、何もよく分かっていません」

 「それじゃあ・・・」


 なんで本なんか渡してるんだ?

 思わず口からこぼれそうになったこの言葉を飲み込んだのは、彼女の顔が目から離れなかったからだった。

 

 「はぁ・・・貴方も人の話を聞きませんね。ご両親が心配してるのでは」

 「いや、大丈夫・・・だと思う」

 

 (・・・本を見るのが楽しいんだな)


 嬉しそうにページをめくるその表情は、只々純粋に可愛らしい。


 「同情しているのならやめてあげてください。彼女は確かに可哀想ですが、性格に難があります」

 「え・・・?」

 「まぁ4歳なので当たり前といえば当たり前ですが。いい意味で言えば子どもらしいです。ただ悪い意味で言えば、危機管理がなさすぎて危ないです」

 

 (よ・・・4歳児に危機管理を求めるのか?)


 また目が点になリかけた僕は、パーシーのことを哀れむような目で見てしまった。 そもそもこの男は堅物過ぎる。


 「あの年齢ならどこの子も同じようなものなんじゃないのか」

 「えぇ。そうかもしれません。ただあの子には処世術をしっかり教え込まなければいつか騙されて酷い目にあいます」

 「・・・・」

 「貴方も見たでしょう、あの瞳の色を」


 今は暗いし遠いから、あの綺麗な紫色の瞳ははっきりと見えない。


 「貴方の魔眼と同じで、非常に珍しい色です」

 「・・・何が言いたいんだ?」

 「それに加えて、あの顔立ちです。恐らく成人を迎える頃には何処からでも声がかかるほどに美しい女性になるでしょう。生まれ持ったものはどんな生活をしていても無くならないですからね」

 「・・・・」

 「世の中いい大人だけではありませんから。自身売買目的やお金目的で夜の店に売り払おうとする者もいます。あの子はきっとそういう輩にとって一番お金になるはずです」

 「そんな・・・」

 「リクール殿、彼女が暮らしていたスラムとはそういうところなのです。あの年齢の子どもは、ただ純粋に生きることに無意識に執着しています。頼る大人が善か悪かなんて知る由もない」


 本のページをめくり終わったのか、彼女は本を畳んで夜の空にかざすように両手で持ち上げた。そしてもう一度胸の前まで持っていき、大切な物を誰にも奪われないように、ぎゅっとその本を抱き締めていた。

 

 

 「はぁ・・・・」

 「え、なに」

 「って言うのをまだピヨピヨの貴方に言っても仕方ありませんね。話が長引きました。つまりは、何が言いたいかと言うと、貴方はあの子には近付かないでください、ということです」

 「え?え、ちょっと待って、どういうこと?僕怪しい人間じゃないんだけど」

 「うるさいです。静かにしてください」

 「っ・・・・」


 突然の切り返しに思わず声が大きくなってしまった。

 焦って口を手で覆ったけど、それにしてもパーシーの言い方はいたずらが過ぎる。


「貴方は、ご自身の魔力がコントロールできるようになるまで彼女に近づいてはいけません、という意味です。彼女は魔力がないですから、もし貴方の魔力が制御不能になった場合、死んでしまいます。彼女は()()()()がなってないので、貴方を見つけたら不思議がって近づいてきます」

 「あ・・・・」

 「だから()()()()()()近付かないでください。少なくとも向こう10年は」

 「10・・・10年?・・・も?」

 「なんですか。何か不都合でもあるのですか」

 「・・・え、いや」


 パーシーに言われたことは確かだった。彼女に魔力がないというのが本当なら僕は安易に近付いてはいけない。魔力コントロールができない今なら尚更だ。


 「もしかして、好意を抱かれたのですか」

 「へ!?」

 「・・・・はぁ・・・これだから嫌だったんです」

 「な、何が?!」

 「失礼ですが、その好意は幻です。幻ですよ、年齢一桁のピヨピヨが恋だの惚れただの時期早々もいいところです」


 (ま、また幻って・・・っていうかな、なんか変な言葉聞こえてきたけど・・・え?)


 「幻じゃない・・・仕方ないだろ・・・ほ、惚れるのは僕が意図的にしてることじゃない」

「だから余計にややこしいんですよ。申し訳ないですが、彼女との間を取り持つことはできません。私は彼女の保護者ではありませんが、似たような役割を担っている身ですから、彼女の安全第一が最優先です。その気持ちが本物なら彼女が成人する頃までに頑張って自分を磨いておいてください」


 結局この会話を最後に、僕は彼女のことをよく見かけるようになった。それでも、遠くからしか見ることができず、僕の存在自体認識されないまま。

 彼女が神殿で見習いとして過ごすようになるまでのたった4年間、訓練の傍らただ彼女が成長していくのを眺めていただけだった。



 ―――――――――――

 


 「っ・・・・」


 突然ガサっと音がして、昔の思い出にふけっていた僕はハッとして寝ている目の前の彼女に目を向けた。どうやら寝返りを打ったようで、上を向いていたのに僕の方を向く格好になっている。


 (暑い・・・のか?)


 頬を手の甲で触ると少し冷えていた。

 寝返りで剥がれた毛布をかけ直した僕は、静かに寝息を立てる彼女の顔をじっと眺めた。


 見習いが始まってから外部に顔が割れないように、神殿の中で働く女性は全員顔をベールで覆うことになっている。だから、久しぶりに彼女を見て、どんな気持ちになるのだろうかと思っていたけど…。


 (・・・あんな事が起こるなんて)


 こんな形の再会になってしまった。もちろん彼女は僕のことを知らないから、彼女からしたら初めましてであることにはかわりない。


 「すみません。もっと早く気付けてれば」

 

 気を失った彼女を腕に抱いた時、危うく怒りで魔力が暴走を起こすところだった。久しぶりに感じた血管が破裂するような痛みのおかげで冷静さを取り戻せたけど、男がもがいて苦しんでいる声が耳に入るたびに、怒りで体に痛みが走っていたのは事実だった。

 

 あの時そのまま殺せばよかった。

 殺すとあとで誰が黒幕か吐かせられなかったからギリギリ生かしておいたけど、さっきの彼女の話を聞いてやっぱり殺しとけばよかったと思った。

 

 (こんなことを彼女の前で言うと嫌われてしまうだろうな)


 気を失う前に見た彼女の目が忘れられない。

 あの瞬間魔力が制御不能になりかけた。制御可能になって数年してから指輪は外していたけど、あんなに訓練したのに、襲われていた女性がずっと想い続けていた彼女だと分かった途端にこれだもんな。


 僕の一目惚れはパーシーからすると一過性のものだと思われてたらしいけど…。


 「んなわけあるか」


 同情なんかで一目惚れするわけがない。


 (というか・・・)


 声が戻ったら、僕の元から去っていくのだろうか。


 初めて見たあの時から13年経って、ようやく視線を交わすことが出来たあの馬車の中。フードは被っていたけど、見えやすいように顔を上げてくれた彼女は、あの頃の面影を少し残しながらも、パーシーの言うとおり、幼い可愛らしい少女から、美しい女性へと成長していた。


 「心の声は顔に出るけど、それは前と変わらないんだな・・・」

 

 屋敷の中でのことを思い出して僕は少し笑ってしまった。


 この先、彼女がどこに行こうが、何をしようが、僕が口出しできる立場にない事は分かっている。最大限彼女を尊重するつもりではいるが、それでも長年積み重ねた想いに嘘なんかつけない。


 貴方が取る手が、どうか僕であって欲しい。


 声が戻らなくても、僕は貴方のそばにいたい。



 「・・・・はぁ・・・くそ」


 無防備な寝姿に口づけをしたい衝動にかられそうになって、これ以上は危険だと悟った僕は暖炉の前にあるソファに移動して横になり、赤くなりかけた片方の目を手で覆った。

 

 

 

 

 


 

 

 

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