13(リクールside)
「リクール様、お出かけされますか」
「あぁ」
「エミリア様は?」
「眠っている。お前はこのドアの前にいろ。僕が戻るまでここから動くな」
「承知しました」
ソファの上で暖かくなったのか、少しうとうとし始めた時、ルキアが食事を持って戻ってきた。食べられるだけ食べてもらったが、やはり疲れたのかすぐに眠ってしまった。
そのままベッドのほうに運んだけど、ぐっすり寝てくれるだろうか。
「王太子に会ってくる。あと神殿の長官にも今日のことは報告する」
「王太子ですか?」
「そうだ」
聖女など、廃止にしてしまえばいい。
これ以上つけあがる人間が出てこないように。これ以上悲しい思いをする人が居なくなるように。
「パーシーの遺言どおり事を進める」
「今回は武力行使はされないのですね」
「あぁ。文官様の闘いに僕らは必要ないからな」
「もし相手が武力で打って出たらどうするのですか」
「聖女のためにか?」
「はい」
部屋から離れようとルキアに背を向けた僕は足を止めた。
「そんなバカな奴らは遠の昔に処刑されたはずだが」
「・・・さようでございますか」
「お前はただ戦争がしたいだけだろ」
「・・・・」
「その戦争狂の頭をまずはどうにかしろ。とにかく一旦離れるからよろしく頼む」
「かしこまりました」
やれやれと思いながら、階段をおりて真っ先に向かった先は宿主が居る部屋だった。ノックをして数秒後、ドアから顔をのぞかせた老人は頭を下げてすぐに奥の方へと消えていき、今度は手にある物を持って戻ってきた。
「こちら、ご依頼されていたものでございます」
「すまない。礼を言う」
そして受け取った物を手にして、そのまま宿を出た。
◇◇◇
「リクール殿、お待ちしておりました」
「あぁ」
「エミリアさんの様子はどうでしたか」
「・・・分からない。が、不安定であることは確かだ」
「そうでしたか。色々一気に事が起こってしまいましたからね、かなり精神的にきついかもしれません。パーシー君の余命のことも彼女には伝えていませんでしたから」
神殿に来ることを直前に宿主から伝えてもらっていたおかげで、神殿の結界の一部を解いてもらっていた。だから宿から神殿にそのまま転移することができた。
「そのことについては、僕から積極的に話すつもりはない。彼女が聞いてくれば別だけど。あぁ、それとデイビッド長官に頼まれていたものを持って来た。お礼は直接宿主に言ってもらえればいい」
「あぁ、ありがたく頂戴します」
宿主から受け取った物は、パーシーが記した書記だという。中身はシールドがかかっているため分からないがかなり分厚い。
「本題を話したいのだがいいだろうか」
「えぇ。もちろん。この束を受け取ったということはこちらも準備ができておりますゆえ」
「ならよかった。事前に話したとおり、今回のエミリア嬢に関する件はやっぱり聖女が絡んでいる」
「・・では確証が取れたということでしょうか・・・・はぁ、というよりかは既に王太子殿があの咎人に拷問をかけていましたね」
「あぁ。皇族の中であいつだけが能力持ちだからな」
現王太子。
頭が切れるつわ者であり、顔も良く口も上手いので対外的に人気がある。他国との交渉もなんなくこなす、弱点がまるでない人物。
…というのが、表面上のひととなりだが、実際のところはルキアと同じでただの戦争狂だ。そもそも考え方が残虐非道だから、ターゲットがいれば拷問をかけたがるただの狂った頭の持ち主だ。
そして奴の能力は至って単純、しかし魔法使いにとっては厄介な代物。
「全ての魔法を跳ね返す・・・というのものですね。ゆえに聖女の魅了は通用しない・・・ということですな」
「そうだ」
王太子に聖女の婚約者になってもらったのは、もちろん魅了が通じないというのもあるが、ヤツが面白がって役を買って出てくれたのもある。
「彼がこちら側の人間でよかったです。・・・これで、ようやくパーシー君と長年協力して水面下で進めてきた事が終わりを迎えるという期待を抱いてもよろしいのでしょうか」
「もちろんだ。異論はない」
「よかったです」
パーシーとデイビッド長官が長年取り組んでいた事。
…まさか、聖女の行為についての制限が法典で記された元の出来事がパーシーに関係してるとは誰も思わないだろう。僕自身も本人からたまたま話の流れで聞いただけだから、詳しいことはあとで調べたけど。
「・・・そうだな」
「どうかされましたか?」
「いや、なんでもない。僕はこれから王太子のところに向かう」
「さようでございますか。それではまた。くれぐれもエミリアさんの事をよろしくお願いします」
「あぁ」
聖女というもの自体をこの国から無くすという宣言を現国王からしてもらうため水面下でずっと進めてきた神殿の幹部達は、皆聖女に対して嫌悪感しかない。
(途中から協力し始めたけど無事に終わりそうだな)
結果を花向けにできれば、と思いつつデイビッド長官に別れを告げて、すぐに王太子の元へと転移した僕は、本題だけ話してすぐにまた宿に戻った。
◇◇◇
「リクール様、おかえりなさいませ」
「彼女の様子は?」
「まだ寝ています」
「分かった」
ドアの前に言われたとおり立っていたルキアは、元々純粋な人間ではない。
「どうされますか?」
「僕は中に入って彼女の近くにいることにするよ。ルキアはどうしたい?」
獣族の家系であり、人間の耳の何百倍もの聴力を持っているから、この宿全体の音も不審な音があれば魔法を使わなくとも聞き分けることができる。ゆえに彼女が起きたか寝ているかも、部屋の外から分かってしまう。
「お腹が空いたので適当に何か食べてきます。リクール様はお食事されないのですか?先ほどはエミリア様だけが食べていらっしゃいましたよね」
「あぁ、僕はいい。食べる気分じゃない」
「承知しました。それでは食事が終わり次第戻ってきて同じように部屋の前で待機しておきます」
そう言ったルキアは、僕が「分かった」と頷いたのを見て、下の階に降りていった。軍で活動している時は、四本脚だが、流石に人の目が多い時は人間の姿をしてもらっている。本人的にはどっちがいいのか聞いてみたけど、どちらでも構わないと言っていた。
(子どもの姿だけど、中身は獰猛なんだよな・・・)
部屋のロックを解除して、静かにドアを開けて中に入った僕の視線の先には、ルキアの言ったとおりぐっすりと寝ている彼女の姿が見えた。
(・・・部屋はまだ・・)
暖かい。彼女が眠ったあと、火をだんだん弱めるように暖炉に魔法をかけておいた。
外の天候は相変わらずで、雷が落ちる音だけがうるさく聞こえる。片手に光を出して、ベッドに寝ている彼女に近付いた僕は、イスを引っ張ってきてそこに腰を下ろした。
スウスウと一定の寝息を立てて眠るエミリアさんは、長官の言うとおり、きっと精神的に一番辛い時期だ。ただでさえ声が出なくなったのに、追い打ちをかけるようにパーシーも亡くなってしまった。
「・・・はぁ、余命とは言え、あと一年は持つって聞いていたぞ僕は」
イスの背にもたれかかって一瞬天を仰いだ僕は、彼女の寝顔を見ながら昔の事を思い出していた。
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最初の出会いは僕が産まれたすぐあとだった。
元々パーシーと親交があった父上は、僕が産まれてすぐに、顔見せに行ったらしい。理由は単純で、パーシーに頼みごとをしたかったからだ。
僕らカタルシスの家系は代々魔眼という特性を持って生まれてくる。その魔眼は、莫大な魔力量を保持し、訓練すれば通常では考えられないほどの力を使い分けることができる能力になる。
ただし、生まれてから10代半ばまでは、その圧倒的な魔力の量をコントロールすることが難しく、ほとんど拷問に近い訓練に耐え抜いて初めて、自分の思いどおりに魔力をコントロールすることが可能となる。その訓練の一部を父上はパーシーに頼んだのだ。
そして6歳になった年。
本格的に神殿に通うことになった僕は、パーシーとこの日初めて言葉を交わした。
「リクール・カタルシスです。今日からよろしくお願いします」
パーシーの部屋に行って挨拶をした直後、一切の笑顔を見せず眼鏡のブリッジを中指で上げた彼は、いきなりこう言った。
「どうも。よろしくお願いします」
「・・・・」
「先に言っておくことがあります。何処までこの国の歴史を学んでいるかは知りませんが」
「・・・?」
まるで子ども相手に話すような口調ではないその話しぶりは、僕の神殿に対する倫理観をぶっ壊すにはじゅうぶんすぎるほどだった。
「聖女はクソです」
「・・・・は?」




