12.2
(・・・・私と副長官以外?)
そうだ。
そういえばそうだった。
ペンを持ち直した私は、あの日、目覚めた後の事をリクールに伝えた。
〘私も聖女様が私の声について言及した時、なんで?とは思いました。最初声が出ないことに気が付いた時はパーシー副長官と2人でいた時です。その後、副長官が呼んだ医師に首の様子を診てもらったので、私とパーシー副長官以外にこのことを知っているのはその時の医師だけです。内密に、決して口外しないようにって副長官が〙
そういえば、パーシー副長官はあの時なぜあんなことを言っていたのだろうか。今思い出してもおかしな表現の仕方だった。
(・・・・あ)
書きながら思い出していると、彼が最後のほうに言った言葉が今になって妙に確信めいたセリフに感じることに気が付いた。
『それに万が一外に漏れた場合、知ってる人数が少ないほうが漏らした人を特定しやすいですしね』
副長官はどういう意図でこれを言ったのだろうか。
空中に浮き出た文字を見たリクールは、少し考えるような素振りを見せてから口を開いた。
「なるほど・・・。エミリアさん、その時診てもらった先生の名前は分かりますか?」
(先生の名前?)
なんだったっけ?確か…。
〘スペンサー…という名前の先生だったような。すいません、あまり覚えてなくて。でもお年は召している方だったのは覚えています〙
「そうですか」
〘あと、もう一ついいでしょうか〙
「はい、大丈夫ですよ」
屋敷に来て、リリー先生の診察が始まってからあえて言わなかったことがある。彼女とは関係のないことだと思ってたけど、あの人の私に対する嫌悪感の塊のような物言いを聞いた後ならなんとなく聖女様のことなんだと思ってしまった。
〘男性に襲われた時、その人、私の首絞めながら『リア様』って言ってた気がします。確か・・・リア様が・・嫉妬するとかなんとか〙
なんとでもないように躊躇なくあの日の事をツラツラと書いた私の文字を見て、リクールはピクッと反応した。
〘確か聖女様もリア様というお名前だと認識しているのですが、何か関係があるのでしょうか〙
「・・・・」
そして続けて書いていると、リクールは顎に持ってきていた手を離して文字を眺めたまま、オッドアイの目を少し見開いて固まっていた。
それと同時に何故か風もないのにチリッチリッと暖炉で燃えている炎が揺れ動き始めて少しだけ火力が強くなってきた。
(なんで・・・火が大きくなってるの)
しばらく沈黙が続いたその間も暖炉の火は何故か弱まらない。ソファに座ってる私の足元は凄く暖かいからいいけど、リクールの背中はきっと相当熱いのではないだろうかと、少し心配になった私はペンをまた動かそうとした。
「・・・すいません」
(・・・?)
「あの時の事、エミリアさんに思い出させたくなくてわざと何も聞かなかったんです」
(あ・・・・)
当事者は確かに私だった。でも私から見えてた風景と彼から見えてた風景はかなり違っていたと思う。リクールは助けてくれた側の人だから。
(・・・女の人が馬乗りにされて首絞められてる構図は確かに誰の目から見てもキツイよね・・・)
〘私なら大丈夫です。気にしないで下さい。それにあの男性は処罰されたと聞きましたから、それだけでありがたいのです〙
本心から思っていることを空中に書くと、それを見たリクールはため息をついて何かボソッと口にした。
「・・・貴方がそういう人だっていうのは、彼から聞いてましたけど」
外の荒れた天候は雷の音も遠くの方で聞こえてくるほどで、リクールの言うとおり風が吹き荒れた雷雨になってしまった。曇が空を覆っているからか、まるで真夜中のような暗さだ。
〘すいません、聞き取れませんでした。何か言われましたか?〙
「いえ、何も。というか、エミリアさんが大丈夫でも僕が大丈夫じゃないので」
(・・・?)
「とりあえず状況はだいたい把握できました」
(状況・・・)
それだけ言ったリクールは、よく意味が分かってない私のキョトンとした顔を見て、一言付け加えた。
「全部片付いたら改めてお話します」
何のことを話してるのかさっぱり分からない。質問だけされたけど、結局私がした質問には答えてくれなかった。それに…。
(話の流れで聞かれるかと思って覚悟してたけど、私の出生のこと・・・聞いてこなかった)
よかったと内心ホッとしながらも、副長官といい、リクールといい、余白が多すぎて会話にならない時もあるからそういう時は自分がバカみたいに感じる。
(・・・いや、実際バカなんだけど)
「あぁ、それと」
思い出したように口を開いたリクールのほうを見ると、髪はもう乾いてるように見える。女の私より短いから暖炉の火の温かさでも乾くのだろうか。
「聖女の話のついでに。パーシー副長官の名誉のために言っておきますが、僕とあの女の婚約破棄ができるように手伝いの申し出をお願いしたのは僕の方です」
(・・・え)
「元々、聖女は皇族の方の誰かと婚姻関係を結ぶ予定だったんですが、なんか知らないけど僕のほうにその役が回ってきてしまって」
上がっていた前髪を前に下ろしたリクールはおもむろに立ち上がった。
「知らないうちに勝手に婚約したことになってました・・・はは。なんで結ぶときは有ってないような手続きなのに、解消するときはちゃんとしなきゃいけないんだ」
(え・・・・え?)
なんか言い方が…。当時のことを思い出しているのか、少しイライラした態度に見える。
「聖女っていうと肩書だけでなんでもオーケーがでるような感じになってますけど、うちの国では、昔ある事があってから、聖女とは言えども横暴なことは許されないと、法典で記されたはずなんですがね」
(・・・・そ、そうなの?)
「それで、パーシー副長官に手伝ってもらったんです。長官が口を出すと組織的にちょっと問題があったので、副長官のほうにお願いしました。彼は元々聖女という肩書を持った人が嫌いでしたし、それにあの人、力持ってましたから」
初めて聞いたことばかりだ。
というかパーシー副長官とはそもそも聖女様の話なんてしないから当たり前なのかもしれないけど…。
(副長官って政治的に力あるんだっけ・・・ないと思ってたけど私の勘違い?)
長く一緒に居た人の知らない一面を誰かに聞かされると、なんだか疎外感を感じる。家族ではないのだから仕方がないのだけれど、私はソファの上で膝を抱えて少し俯いた。
(・・・なんか、寂しいな)
人の声がなくなると、途端に暖炉の火がパチパチと鳴らす音が大きく聞こえる。そういえばルキアは未だに立ちっぱなしだ。私だったら耐えられなくて貧乏ゆすりしてそう。
〘リクール、聞きたい事がもう一つあります〙
少し不思議だった事がある。
「はい。なんでしょうか」
〘リクールは、パーシー副長官とどれくらいの付き合いがあるのですか?〙
聞いている感じでは、なんだかけっこう長そうなんだけど。それでも私と似たような年齢の彼が、孤児でもないのになんで神殿の副長官と親しいのだろうか。
「・・・」
私の質問の文字を見たあと、ゆっくりと視線を私に移した彼はしばらく私を見つめた。そして何かを思い出したように目を細め、すぐにフッと視線を自身の足元に落とした。
「僕が産まれてからですかね。家族ぐるみで付き合いがあったので」
「・・・・」
「だから僕は慣れっこでしたけど、途中から顔見知りになった人はびっくりするでしょうね。ほら、彼の話し方ってけっこう独特じゃないですか。聖女も例外じゃないですから」
…産まれた時から。
それなら私より親しいのは当たり前か。しかも家族ぐるみって。
「まぁ僕は年齢が年齢だったんでほとんど文句とか愚痴ばっかりでしたけどね。父上や兄上みたいに建設的な話なんてできませんでした」
自虐的に言った彼の本心は掴めないけど、それを聞いて私は心が無になった。
「・・・亡くなった報告が届いた時はびっくりしました。もうちょっと生きるかなって思ってたので。あまり感謝の気持ちを伝えてなかったのは心残りですね」
そして無になった次は、下唇を噛んで、震える息を大きく吸った。
下を向くと目に溜まりかけていた涙がこぼれ落ちそうだったから、暖炉の火だけを見つめていた私は、乾燥した空気でこのまま涙も乾いてくれればいいのになんて思ってしまった。
「小さい時に一度、父上と喧嘩したことがあって。ムカついたんで言いたいこと全部ぶちまけてそのまま出て行ったことあるんです。気まずいから家に帰れなくなってパーシー副長官にそのこと話したら、なんて言ったと思います?」
後ろを振り返って暖炉のほうに向き直ったリクールは、笑いながら片方の足のつま先を床にトントンと軽く打ち付けた。
「『子どもが大人の顔色を伺うもんじゃありません。ぶちまけるのが子どもの仕事です。こんなところで油売ってないでとっとと家に帰って部屋の一つでもぶち壊せばいいんですよ』って。最初のアドバイスは嬉しかったですけど、後半は意味不明でしたからね」
そんなリクールの姿が目に入った私は、持っていたペンを離して、顔を両手で覆った。
「だからパーシー副長官に水臭いお礼とか謝罪とか言ったところできっと「全部不要なのでお引き取りください。仕事の邪魔です」とか、多分言われちゃうんでしょうね」
色々なことがありすぎて、心が追い付いてないのは確かだった。追い出されてからパーシー副長官にこれでもかというほど言ってやりたかった文句は、もう言えない。
そしてリクールは、そこで話を止めた。
きっと途中から私がペンを握って動かせる状態じゃないことに気付いていたから、わざと暖炉のほうを向いたのかもしれない。
(・・・ダメだ。本当に嫌だ)
だって私の方を見ないと、リクールと私は会話が成り立たないから。
「ルキア」
「はい」
「食事がまだみたいだから、様子を聞いてきてくれ」
「分かりました」
ルキアの声が聞こえてすぐ、ドアを開け閉めする音も聞こえてきた。私は顔を覆っている手をどかせないままだ。
止まって欲しいのに我慢しようとすれば溢れ出てくる涙は、手だけじゃ支えきれなくて、頬を伝った水滴が首元をとおって結局ローブも少し濡らしてしまった。
「エミリアさん」
「・・・・っ」
「隣に座ってもいいですか」
わざわざ聞かなくてもいいのに。
覆っていた手を離して、指先で頬を伝う涙を拭いた私はコクンと頷いた。
「泣くなら、ちゃんと泣いたほうがいいです。我慢しても、身体にもいいことはありませんから」
そう言ったリクールは私の隣に腰を下ろして、幼い子どもをあやすように私の背中を軽く擦った。
暖炉の近くに居たからやっぱり彼の身体は熱を持っている。だけれどそれが今の私にはちょうどいい温度に思えて、思わず彼に寄りかかってしまった。
温かい体に少し涙腺が落ち着きを取り戻した私は、燃える炎をまたじっと見つめていた。
そして呆然としていて気が付かなかったけど、どうやら無意識に彼の手も握っていたらしい。リクールは何も言わずにそのまま握り返してくれた。
静寂が包む部屋の中、暖炉で燃える炎だけが、パチパチと部屋の中で楽しそうに会話をしていた。




