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夢を見ていた。なんとなく居心地がよいと感じたのはリクールの声が聞こえたからだと思うけど、寝ぼけてて何を言われたのかよく分からなかった。
(・・・っ)
そして少し覚醒して体を動かした途端床に落ちそうになって、その時初めてソファで横になっていたことに気が付いた。
「・・・・」
(あれ・・・こんなところで)
コンコン
口元からよだれが垂れていることに気が付いて、慌てて拭いた。ふらふらしながら立ち上がってドアのほうに向かうと、眠気眼のままドアを開けた。
「・・・?」
「エミリアさん、すいません、朝早くから」
顔を覗かせると少し神妙な面持ちのリクールがそこに居て、何故か朝から正装をしている。
「少しお話があります」
いつもより低めの声に、パチッと目が覚めた私は、一瞬部屋のほうに振り返ってまた彼を見上げた。
「準備ができるまでここで待っています。出来たらまた開けていただければ。中で話をしたいです」
「・・・・」
神殿ではいつも規則正しい生活をしていたのと、人が部屋に尋ねてくるなんてほとんど無いに等しかったからここでの生活の日数が積み重なるにつれて、だんだんとだらけてしまっている。
恥じらいというものをもう少し持った方がいいかもしれない。例えば相手がメイドであれば気にしなくてもいいけど、それが男性となる話は別だ。
コクンと頷いてドアを閉めてから、慌てて顔を洗いに洗面所に行き、お手洗いも済ませ服を着た。髪型も鏡を見て一応整えたけどあまり変わってないように見える。
(待たせてるから早くしなきゃ・・・服・・・変じゃないかな)
自分の給料から何着か買っていたので今日はそれを着ることにした。買った服は全部外見よりも動きやすさと着やすさを重視しているのですぐに支度を終えることができた。
おしッと気合を入れてドアの方へとパタパタと走っていき勢いよく開けた私は、待っていたリクールを迎え入れた。
◇◇◇
「エミリアさん、僕達も昨日知ったので少しバタバタしていました」
「・・・・?」
「昨日の夜、急報で神殿から知らせが届きました」
そう言ったリクールは、既に封が切られた手紙を机の上に置いた。急報という言葉を聞いて、ピクッと反応した私は、この言葉の意味をよく知っている。
神殿で勤めてからのほとんどを事務仕事に従事していた私は、この通知を実際に出したことがあった。
(・・・誰か・・亡くなった・・・)
でも普通リクールぐらいの地位にある人のところに届くのは、役職が高い人だけだ。下っ端の人が亡くなっても急報は送るが、その送り先は家族だけだから。
机のうえに差し出したということは、手紙を読んでもいいということだとは思うけど、なんだか手に取ってはいけないような気がして、私はその手紙を眺めたままだった。 少し喉が渇いて、膝に置いた両手のひらには汗がじわっと滲んできている。
そして何もせずずっと手紙の封だけを見つめている私に、リクールは少し緊張したような空気をまとって静かに口を開いた。
「パーシー副長官が亡くなられたとの知らせです」
手紙の中身をリクールが打ち明けたあと、私達の間には沈黙がしばらく続き、手に滲んだ汗を握りしめるようにギュッと服を握りつぶした私は、リクールが言い終わった後も手紙だけを見ていた。
(・・・・パーシー副長官が亡くなった?)
なんで?
どうして?
例え手紙を取って読んだ所でそんなこと書いてあるわけがない。文章なんて定型文だ。死亡者の名前と葬儀の予定日のところだけ変えて、長官印を押したあと偽造ができないように上から神聖魔法でその文章と印を固めるのが一連の流れだから、そんな事務作業で出来上がる文章の中に、理由なんて書かれない。
結局手紙は手に取らず、ゆっくりと目線をリクールに向けると、オッドアイの瞳は微かに揺れ動いていた。
そもそもリクールが急報だと言ってこの手紙を持ってきたこと自体、私に何か関係があることだと思ってなきゃいけなかった。何も関係ないなら私に持ってこないはずだ。
「葬儀は2日後だと手紙に書かれていました。明日行われますが、エミリアさんは参列されますか」
「・・・・」
表情に曇りが見えたリクールの声色は、相変わらず淡々としている。聞いてきた彼の質問に少し戸惑った私は未だに何も返せないでいた。
「僕はこの家の代表で、パーシー副長官とは親交があるので参列します。無理にとは言いませんが、もし行かれるのであれば服はこちらで用意します」
(・・・行ける?行ってもいいの?)
あんな事があって私は神殿を追い出された。
いくら副長官の葬儀だからといって、こんな見習いの追い出された者が出入りしてもいいのだろうか。
「僕の付き添いだといえば、カタルシスの性で一括りにされるので問題ありません。あとは、フードを被っていればバレないので知り合いに出会しても大丈夫です」
私が不安に思っていることがまるで手に取るように分かるのか、リクールは1人で喋り続けた。そして彼の提案に何も考えられないでいた私は、最後に頷くだけ頷いた。現実味のない話に瞬きも忘れて、只々、呆然としていた。
「エミリアさん」
リクールに名前を呼ばれてはっとしたのは何回目なのだろう。握りつぶしていた服にシワが酷くついていたことに気が付いて、それを広げて下唇を噛みながら指先で意味もなくそのシワを伸ばしていた。
◇◇◇
迎えた次の日は、用意された服に着替えて、すぐに屋敷を出発した。
(・・・天気が悪い)
昨日はリクールの話を聞いたあと、食欲もなくベッドの上で寝ていた。心配したメイドやリリー先生も来てくれたけど、こればかりはどうしようもないことは彼女達も分かっていたから、あえて無理強いさせるようなことはせず私のしたいようにさせてくれた。
絶対に忙しいのにリクールも様子を確認しにきてくれたけど、誰とも会話をする気になれず終始俯いたままだった。
(なんで・・・死んじゃったんだろう)
転移魔法でまた移動してから馬車に乗って神殿へ向かう道は、前回神殿から屋敷へ行ったルートとは違う。でもそれは正門から入るから違うのは当たり前のことだ。
こんな形で戻ってくるなんて。
確かに元気だったはず。何か病気をしていたとか何も聞いてないし、そんな素振りも見せなかった。余命がどうとかも今まで一度も聞いたことがない。
(仕事休んだことなかったから、元気だと思ってたけど)
理解できないし、もしかしたら本当は生きてますみたいな、そんなことだってあり得るんじゃないかと、被ったフードの下で沈んだ顔をしていた私は思うようにしていた。
「エミリアさん、着きましたので降りましょう」
相変わらずリクールは私からあまり反応がないけど怒らないでいてくれる。フードで隠れてるから微かに頷いても分かるわけないのに。軍で働いてるから紳士なのだろうか。自分の振る舞いがあまりに幼稚で自分自身が心底嫌になってしまいそうだった。
(人が・・・多い)
馬車を降りて、神殿へ入る入り口へ向かうと、人がたくさん居た。みんなパーシー副長官と交流のある人達なのだろうか。
(私みたいに救われた人もいるだろうから、数えだしたらキリがないんだろうな)
リクールの後について歩くのは私ともう一人男性の従事者だ。どちらかと言うと子どもに見えるその彼は、リクール曰く既に軍で働いているらしい。年齢自体はそこそこ若いが、家柄の関係上早くに入隊したという。
(同僚・・・なのかな?)
「エミリアさん」
「・・・・」
「神殿内に入ると人が多いので恐らく波にのまれます。離れたくないので私の腕を掴んで頂きたいのですが、大丈夫でしょうか」
毎回私に触れる時は断りを入れてくるリクールは内心私のことを面倒くさいと思ってきているのではないのだろうか。…なんて、沈んだ気持ちが無限に負のループばかりうろついて、情けない。少しフードを上げ彼に見えやすいように顔を出して笑いながら頷いた私は、自分から彼の腕を握り、またフードを深く被った。
(・・・少しだけなら)
人とくっつくことなんてしたことがないけど、リクールのこの提案は今の私にはちょうど良かったかもしれない。パーシー副長官が眠る場所に近づくにつれきっと落ち着かなくて心臓の鼓動が早くなりそう。誰かに掴まってないと、顔なんて到底見れたものじゃない。
(まだ信じられない・・・)
順番待ちをしている間、貴族の令嬢だと思われる女性の方々がリクールに挨拶をしていた。可愛らしい女性特有の声が耳に届くたびに、気持ちがざわつく。
(こんな場所でさえ、結婚相手探す場所になるの・・・)
隣で腕を組んでるから、嫌でも会話が耳に入ってくる。
それでもモヤモヤした気持ちがあまり大きくならなかったのは、リクールが事務的に相槌だけ打って話を広げようとしなかったからだ。
「次の方、どうぞ」
そしてとうとう私達の番が来て、棺桶に横たわるパーシー副長官の目の前にやってきた。
(・・・・)
彼が仰向けに寝ている周りには白い花がたくさん置かれている。
(本当に・・・亡くなったの)
呆然としながら、膝を折って彼に近付いた。置かれている白い花の上に同じ花を1本置いた私は、冷たくなったその手に少しだけ触れた。
参列者が人が多いため、一人一人の時間があまり取れない。だからほんの数十秒だけしか彼の眠っている姿を直視できなかった。
「エミリアさん、行きましょう」
気づかってくれる優しい声色に泣きそうになってしまった私は、下唇を噛んだ。
泣きたくない。こんな時に泣けない。
最後に見るパーシー副長官の顔が、涙で見れなくなるのは嫌だから。
お別れの言葉が浮かばないまま私は立ち上がり、リクールの腕を掴んでその場から立ち去った。




