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私が悪魔に堕とされるまで ※一方、世界には滅びの隕石群が落ちる  作者: 緑名紺


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7 密談 ※ヒーロー視点

 

「申し訳ありませんでした、ベルナエル様。貴重なお時間をいただいてしまって」


 打ち合わせの後、ミケーレが少し落ち込んだ様子で俯いた。

 俺はそれを軽く笑い飛ばす。


「構わないよ。こちらこそ、お前にばかり負担をかけて悪いと思っている」

「もったいないお言葉です。むしろもっとさまざまなことをお任せいただけるよう、精進いたします」

「これ以上? なんて頼もしいんだ。……じゃあ次はリーチェ。待たせたね。相談って?」

「はーい。これを見てほしくて」


 部屋の隅で打ち合わせが終わるのを待っていたリーチェが、開発途中の魔術の計算式が書かれた紙を広げた。

 ここからどういう方向性で式を完成させればいいのか、意見を聞きたいそうだ。


「ここ、もう少し整理して精度を上げてほしい。この安全回路は意味がないから要らない。あとは……魔力コストがすさまじいことになりそうだね。まぁ、その辺りはどうでもいいや」

「相変わらず的確な添削っすねぇ」

「感覚的に分かるだけだよ。細かい調整はリーチェに丸投げする。早めに仕上げて」

「はは、オレには遠慮なく負担かけるんだ」

「まだまだ本気を出していないように見えるからね。いつでも音を上げてくれていいよ」

「買いかぶっていただけて光栄っすわ」


 リーチェはいくつかメモを取って、計算式の紙をしまった。


「ありがとうございました。早めに相談できて良かったっす。……最近のベルナエル様、夜に捕まらねぇんだもん。悪魔のくせに、夜に働かないなんてどうなんすか?」

「ベルナエル様に対して不敬ですよ」

「いいよ。本当のことだから」

「……今夜はいいんすか?」

「ああ。たまには彼女も自分の部屋に戻りたいみたいだったから」


 その話題を待っていたのか、リーチェは嬉々として指令室に隠していた酒瓶を取り出した。

 ……いつまでもはぐらかしておけないし、そろそろ頃合いだろう。

 俺が頷くと、ミケーレが黙って酒盛りの準備を始める。


「やっぱり本当なんすね! はぁ……二人とも昼間はあっさりしてるから、イマイチ確信が持てなかったんですけど」


 ずっと気になっていたことの答え合わせができて興奮しているのか、リーチェは思い切り酒を呷った。


 フィアが頻繁に俺の部屋に出入りしていることは、すでに部下たちに知れ渡っている。

 どの程度の関係なのか勘ぐっている状態だろうが、俺たちに直接詮索してこなかったのは、日頃の教育の賜物といえた。

 俺の機嫌を損ねたらどうなるか、彼らは身にしみて分かっている。

 リーチェくらい俺の役に立っているという自負がなければ、踏み込んだ質問はできないだろう。


「意外でした。つーか、本気? 噂があってから三か月くらい経つけどずっと? マジであのお嬢さんに入れ込んでるんすか?」

「まぁね。こう見えて本気だよ。ものすごく浮かれてるのが分からない?」

「本当に珍しいです。というよりも僕が知る限り初めてですよね」


 ミケーレは百年以上、俺に付き従っている。

 その間、恋愛ごとに限らず誰か一人に執着した覚えはない。ひたすら結社の任務をこなす退屈な日々だった。


「俺が覚えている限りでも初めてだよ。何百年も生きていれば、奇跡の一つも起きるものだね」

「へぇ。……ぶっちゃけどこがいいんすか?」

「リーチェ、これ以上は」

「だって気になるじゃん。確かにあのお嬢さんは……まぁ、美人なほうだと思いますけど、ベルナエル様が特別目をかけるほど? って感じ。あんな育ちがよさそうで何も知らなさそうなお嬢さんが実は……それで諜報部のお姉さん方が悔しがってるらしいっすよ」


 こういう時、リーチェの度胸には感心する。

 二百年前の俺だったら跡形もなく消していたかもしれない。


「どこが優れているとかじゃなく、全部俺の好みの問題だよ。顔がかわいい。声もかわいい。喋る内容もかわいい。一緒にいて全くイライラしない。そんな風に思える人間はフィアが初めてだ」

「はは、そっすか。他には?」

「もちろん他にも魅力的なところはたくさんあるけど、あとは内緒。教えたくない」

「…………」

「何を想像しているんです? 気持ち悪い」


 ミケーレの軽蔑の視線に、リーチェが過剰に反応した。

 本当に不届きなことを考えていたらしい。次の発言次第では処す。


「ばっ! 別に! 別になんにも考えてねぇし! 興味ねぇもん!」

「……人間の思春期って二十歳を過ぎても続くんだっけ? しんどいね」


 この手の話題は良くないと全員が気づいたところで、ミケーレが改まって尋ねてきた。


「僕のフィアさんへの態度は今のままでよろしいのでしょうか。ベルナエル様の大切な方ですし、もう少し丁重に……」

「いや、今のままでいいよ。フィアが恐縮しちゃうと思うし、お互いに働きにくくなりそうだし」

「すでに働きづらいでしょうよ。ボスの女を部下にしている時点で。オレも明日からどう接すればいいか迷いますって。別に、あの子は無理に働かなくていいんじゃないすか?」

「他ならぬ彼女の望みなんだ」


 フィアが結社の仕事を本気で嫌がっているのなら、もちろんやめさせる。

 毎日遊んで暮らしてもいい。彼女が好むものだけを集めて二人だけの世界を構築してもいい。

 でもフィアはそんなことを願わなかった。


「彼女は時間ができると、どんどん暗いことを考え始めちゃうからね。与えられた仕事に没頭しているほうが気が楽なんじゃないかな? どうにかして自分の罪悪感をごまかしたいんだろう。それで犯罪組織の悪事に加担することを選ぶんだから、彼女の精神は混沌としているよね。罪悪感を罪悪感で上塗りするなんて」

「……なんか、闇が深いっすね」

「そうだよ。よく眠りながらうなされて泣いてる。本当に可哀想」

「それは隣にいる悪魔のせいじゃ」

「リーチェ、黙りなさい」


 フィアは自分がもっとうまく立ち回れば、両親の死を回避できたのではないかと後悔している。

 それでいて、自分のような無能に何かができたはずがないと弁えて絶望しているんだ。

 その矛盾した思考の余地が、いつまでも彼女を苦しめる。

 ……うじうじと悩み続ける姿も愛しいけれど、耐えきれずに心が壊れてしまったらつまらない。


「俺はフィアに自信をつけさせてあげたいんだ。部下としてもたくさん褒めてあげたい。だからミケーレ、フィアを立派な秘書官に育て上げてくれ。俺の言葉を全てお世辞だと受け取らないよう、彼女自身が納得できるレベルまで。そうすれば今後のミケーレの負担も減るし、いいこと尽くしだろう?」


 いくら俺が甘やかしても、自己肯定感の低い今のフィアでは幸福を感じられない。

 自他ともに優秀だと認められるようになれば、少しずつ俺の言葉を受け入れてくれるようになるだろう。


「かしこまりました。……そうですね。少し迂闊なところはありますが、真面目で勤勉な方ですし、伸び代はあります。そう遠くない未来に非の打ちどころのない秘書官になれると思いますよ。百年経てば、今の僕と同等の働きができるはず。そのつもりで接するということでよろしいでしょうか?」


 俺は笑顔で頷いた。

 まだ出会ってから日は浅いけれど、確信めいたものがある。

 フィアを手離そうと思う日は来ない。

 百年後もその先も、どんな形であれ隣に置くだろう。


「……分かりました」

「気に入らない?」

「いえ。彼女を見つけてから敬愛する主がすこぶるご機嫌なのですから、僕としても喜ばしい限りです」

「唯一の腹心という肩書は、変わらずお前のものだよ。フィアには話せないことが多いから」


 ミケーレは小さく笑って頷いた。

 長い時間を共に過ごすことになるのだから、フィアとミケーレにはある程度仲良くしてもらいたい。

 多分、心配いらないだろう。


「ん? もしかしてあのお嬢さんに人間やめさせる感じ?」

「そのうちね。でもこればかりは、本人の意思も必要になる。余計なことを彼女に吹き込まないように」

「はぁ……溺愛っすね。うまくいくことを祈ってますよ。あの子、男運がいいのか悪いのか」

「間違いなく男運は悪いだろうね。前の男のことは知っているだろう?」


 フィアの経歴については、二人にも把握させている。

 不用意な一言で彼女の心の傷を刺激させないように釘を刺しておいた。


「前にフィアに聞いたんだ。『きみが望むなら代わりに復讐してやろうか』って」


 婚約者という立場を利用し、フィアの家を破滅させた男。

 無惨に殺すことも、長く苦しめることも、俺なら簡単にできる。


「でも断られちゃったんだよね。『あまり思い出したくない、隕石群で死ぬならいい』って」

「……そりゃ残念。根性なしっすねぇ」


 俺や結社に在籍する人間のほとんどは、迷わず復讐の道を選ぶ。容赦も躊躇もない。

 だけど彼女の場合は……おそらく忘れたいという気持ちの方が強いのだろう。

 それとも永遠に被害者の立場でいたいのか。


「まぁ、理解できなくもないよ。憎悪よりも嫌悪や恐怖心が強ければ、視界にも入れたくないだろうから。俺としても他の男のことなんて考えてほしくないし、おとなしく引き下がったんだけど……愛しいフィアを不幸にした男と、その他の人間が同じ隕石群で死ぬなんて、面白くないよね。もっといえば、今この瞬間にフィアよりその男の方が幸せだったりしたら、とても不愉快だ」


 ミケーレは背筋を伸ばし、リーチェは頬を引きつらせて俺を見た。

 俺から漏れ出る不穏な魔力を感じ取ったらしい。


「俺は手を出さないって約束しちゃったし、よく考えたら彼のおかげでフィアと出会えたわけだから多少は感謝の気持ちもあってね。だから二人に頼みたい。たまにでいいから……ね?」

「それは、どういう……」

「お前たちも忙しいだろうから、本当に気が向いた時でいいんだ。仕事でむしゃくしゃした時の八つ当たり先として、そいつを推薦しておくって話」


 俺の意を汲んだミケーレは即座に頷く。


「そうですね、その男にベルナエル様が直接手を下す価値はありません。僕らにお任せください。今まで思い至らず申し訳ありませんでした」


 一方リーチェはあからさまに目を逸らした。


「は? オレは関係ないじゃないですか。なんでそんなこと……」

「うん。これは命令じゃない。リーチェがフィアに対して後ろめたいことがなければ、無視してもいいよ」

「う、後ろめたいこと……?」

「俺は見えるところに痕なんてつけないから、探さないように」

「っ!」


 まぁ、今回は職場にやりづらい関係を持ち込んだ俺が一番悪いので、大目に見ておこう。


 ……その後、ミケーレはプロジェクトで思いのほか支出が多くなった時、どこかの青年実業家の財産からむしり取って補填するようになった。

 建設中の豪邸を完成前に手放すことになったのは気の毒だったね。


 リーチェは最初乗り気ではなかったようだけど、やはりフィアを見ていかがわしいことを考えたことがあったのだろう。

 危険な魔術薬の仕入れ数を間違えて余らせた時、その青年実業家を処分先に選んだ。

 こじつけで贈られた祝いの酒がどのような効果をもたらしたのか。

 もうフィアは、町で彼とすれ違っても気づかないだろうね。


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