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私が悪魔に堕とされるまで ※一方、世界には滅びの隕石群が落ちる  作者: 緑名紺


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4 後悔の朝

 

「うぅ……頭いたい……」


 翌朝、私は目覚めると同時に強烈な頭痛に襲われました。

 ガンガンと頭の中で鳴り響く痛みと戦いながら、ワインをたくさん飲んだことを思い出し、そして――。


「おはよう、フィア。二日酔いかな?」


 カーテンの隙間から差し込む朝日を受けて輝くブロンドの髪。

 絶世の美貌の悪魔に至近距離から顔を覗き込まれ、ショック死するかと思いました。


「ちょっとじっとしていて」

「!?」


 ベルナエル様はこつんと己の額を私のそれにくっつけました。

 私は身じろぎどころか呼吸すらままなりません。

 数秒後、おでこ同士が離れる頃には頭痛が消えていました。


「もう大丈夫」


 いっそ神々しいほど美しく微笑みかけられ呆然としかけましたが、この特殊な状況が現実逃避を許しませんでした。


 ここは結社に用意してもらった私のアパートの、寝室のベッドの上です。

 なんということでしょう、服を着ていませんね。私も、ベルナエル様も。

 そして、頭痛が消え去ったことで新たな体の異変に気付きました。

 体が少し痛い……それになんだか感じたことのない種類の疲れが……。


「昨夜のことは覚えている? もしかしてフィアは酔うと記憶がなくなるタイプ?」

「ひっ」


 急激な勢いで記憶を取り戻し、思わず身をのけぞらせました。

 私! 私はなんということを――!


 ところどころ朧気ながらも、きちんと覚えていました。

 バーでのことも、このアパートでのことも。


 私が布団を抱きしめて震えていると、慰めるように背中を撫でられ、こめかみの辺りに口づけを落とされました。


「ごめんね。我慢できなかった。これは魅力的な二人が出会ったことによる避けられない結末なんだよ。そんなに落ち込まないで」


 無理です。

 こんな、こんな形で……。


 初対面の男性、というか悪魔の前で酩酊するなんて愚かすぎました。

 何をされても仕方がありません。


 それに、昨夜は本当にどうかしていて、美しい顔と甘い声で問われるたびに全て「はい」と答えていたような……。

 婚前交渉どころか、よく知らない相手とこんな軽々しく……。

 私は自分自身にショックを受けていました。

 今も、くっついてくるベルナエル様を振り払えません。


「俺がその気になった時点で、フィアにはどうすることもできなかったでしょ? 逆らえるはずもない。不興を買ったらどうなるか分からないもんね。きみは賢い選択をした」

「…………」

「というか自分を恥じているの? でもその貞操観念は忌々しい天空神の教えによって植え付けられたものだ。邪神を崇める結社に入る以上、その教えに背いてもまったく問題ないと思うけど」

「……っ」

「それに、フィアの目的は生き残ることだよね。ここで俺と深いつながりを持っておいて損はないはずだ。実際、楽しい夜を一緒に過ごしてくれたお礼に、今の俺はフィアのお願いをなんでも叶えてあげようって気になっているからね」

「!」


 言いくるめられそう!

 こんな自分を肯定なんてしたくないのに……。


「な、なんでも?」

「ああ。俺にできることなら。一週間くれれば小さな国の城くらいならプレゼントできる」


 そんなもの欲しいと思ったこともありません。

 冗談なのでしょうが、例えにしても感覚が違いすぎます。


 私は迷いました。

 なんというか、悪魔とこういう取引めいたことをして大丈夫でしょうか。取り返しのつかないことになりそうで怖い。

 ……でも、ここで何も要求しないのももったいないですよね。

 合理的に、利己的に。

 高潔さを発揮してもなんにもならない。欲張りにならないと大損です。

 かといって、あまり行き過ぎたお願いはしないほうがいい。

 まず、きちんと確認しないといけません。


「えっと……これは普通のことなのでしょうか? ベルナエル様は、いつもこのようなことを? もしかして〈妖精幻翅〉では日常的に……」


 隙だらけだった私に問題があったのはもちろんですが、そもそも女性に尊厳がない組織なのでしょうか。

 悪の秘密結社は、私の想像以上にただれているのかもしれません。


「してないしてない。ウチは内輪もめには厳しいんだ。結社の活動に支障が出るようなことは許されない。……フィアに関しては、俺の自制が利かなかっただけ。きみの涙にときめいちゃって」

「…………」

「本当だよ。悪魔の言葉なんて信じられないと思うけど、俺はフィアには一つも嘘をついてない。我らが邪神に誓ってもいい」


 真偽のほどは分かりません。

 ですが、一応は祖父から紹介された組織ですし、極端に女性の立場が弱いわけではないと思いたいですね。


「あの、結局私は〈妖精幻翅〉に入れてもらえるのでしょうか?」

「それはもちろん、きみが望むのなら」

「で、では可能なら、あまり物騒ではないお仕事がいいのですが……そういう希望は通りますか?」


 できれば直接の犯罪行為はしたくない。臆病者の私には精神的負荷が強いです。

 ベルナエル様は私の髪を弄ぶ手を止めた後、ふ、と笑みをこぼしました。


「す、すみません! こんなのズルいですよね」

「別にいいよ。人間には向き不向きがあるから。内勤の事務処理ならできそう? 情報の整理とか物資の手配とか魔術式の計算とか、面倒くさいことが多いんだけど」

「はい! そういうお仕事がいいです」

「……作業効率なんてどうでもいいか」

「え?」

「なんでもない。バタバタしているし、人手不足だったからフィアが来てくれると助かるよ」


 現実を受け入れ切れてはいないものの、なんとか心に折り合いがつけられそうになったところで、ようやく起き上がりました。

 お互いに背を向けて服を着ます。

 まさか自分がこのような面映ゆい経験をするなんて……。


「じゃあ三日後に支部に来てくれるかな? 案内役に迎えに来させる。それまでに荷造りをしておいて。このアパートからじゃ通えないし、支部内の部屋に移ってもらう。あ、これ支度金ね。と言っても、仕事に必要なものは揃っているからフィアの好きなものを買うといい」


 ベッドサイドに金貨が置かれました。

 ……ますます背徳感が増しますね。でも、もらえるものはもらっておかないと。


「ありがとうございます……」

「さて。名残惜しいけどそろそろ行かないと。フィアが手に入れてくれた聖杯はもらっていくね」

「あ、はい。あの……ずっと気になっていたのですが、それは何に使うのですか?」

「邪神への捧げもの。おやつみたいな? 古美術品が大好きなんだ」

「……なるほど」

「他に俺に聞いておきたいことはある?」

「えっと……その……」


 その質問を口に出すのは憚られました。

 とても大切なことで不安でいっぱいなのですが、聞いていいものなのか……。


「ん? 心配しなくてもいいよ。俺の知る限り、悪魔と人間のハーフは存在しない。というか血のつながった家族のいる悪魔なんて見たことないな」

「!」


 ずっと思っていたのですが、ベルナエル様は読心術が使えるのでしょうか。

 こうも心の中を的確に当てられるなんて……。


「またね、フィア。今日はゆっくり休むといい」


 瞬きの間に、ベルナエル様は姿をくらましました。

 空間転移でしょうか。とても高度な魔術だと聞きます。私も初めて見ました。


「…………はぁ」


 一人きりになってから、私は大きなため息を吐いてベッドに倒れ込みました。

 隕石群から生き延びてやろうという目標を抱えているというのに、たった一晩で随分と寿命が縮んだ気がします。


 反省会をする気力もありません。

 入浴も洗濯も後回し。

 もうどうにでもなれという気分でまどろみに身を委ねます。


 微かに香るシトラスに嫌悪感を抱かない自分が嫌で、少し泣きました。

 ……悪魔なのに、最後まで優しかったな。


 その時の私は、これがベルナエル様と個人的に関わる最初で最後の機会であると信じて疑いませんでした。


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