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最弱スキルで追放されたけど、実は世界唯一の最強能力でした  作者: 妙原奇天
第一部

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第十三話「灰の余白、未来の拍」

 沖に現れた砂の船は消えた。朝霧とともに、声も、影も、灰色の人影も跡形もなく溶けた。

 残されたのは、港に立つ人々のざわめきと、張り詰めた心臓の鼓動だけだった。


 「……終わった?」

 アリアが笛を下ろし、肩で息をした。

 「終わったわけじゃない」セレスティアが剣を収めながら言う。「“昨日返し”はほどけた。だが、あれは予告だ」


 港に集まった漁師や商人たちが互いに声を掛け合い、拍を踏みしめるように帰路につく。昨日に戻されることを恐れた足が、今日の拍を確かめるように。


 俺は砂時計を返し、落ちる砂の音を聴いた。井戸は深まったが、砂は軽い。青い結びがまだ生きている。

 ……けれど、遠くでまた別の砂が鳴っている気配がした。


          ◇


 王城に戻ると、すぐに「運用の机」が再び開かれた。記章の間ではなく、城内の広間を使い、窓を開けて朝の光を入れた。

 王、セレスティア、フロエ、ミラ、アリア、工匠、封糸の女、そして執政官グラール。

 昨夜まで敵対していた者たちが、同じ机を囲んでいる光景は不思議だった。だが同時に、これが“今日”の拍なのだと感じる。


 「外の歌——“砂の記録”は、これまでの敵とも違う」

 セレスティアが切り出す。「袋にも封糸にも属さない。人の癖が砂に飲まれ、昨日が繰り返される。これを防ぐには、人の稽古をもっと広げるしかない」


 「だが、人は忘れる」

 グラールが低い声で言う。「忘れるから稽古を繰り返す。だが、忘れが“砂”になるなら……人そのものが危うい」


 「だからこそ、ほどけやすく結ぶんだ」

 俺は青い糸を掲げる。「忘れるのは自然だ。だけど、逃げ道があれば、昨日に飲まれずに今日をやり直せる。記録は鎖じゃない。柄だ。」


 封糸の女が頷く。「……私たちはこれまで、袋に縫うことで忘却を拒んできた。だが、それが“外”に隙を与えた。今は理解できる。袋では守れない」


 王が静かに口を開いた。

 「私は昨夜、自分が“人”であることを稽古した。王である前に、人として歩幅を置く。その練習は、王都すべてに必要だ。運用の机を、城内に閉じ込めるな。街へ持ち出せ」


 その言葉に、誰も異を唱えなかった。


          ◇


 昼下がり、王都の広場は“歩幅見本市”の続きで賑わっていた。

 アリアが「待ち行列の半拍」を、ミラが「断りの諺」を、フロエが「雨支度の型」を、次々と人々に渡していく。封糸の女は「袋のほどき方」を公開し、工匠は「稽古の王歩」を披露する。

 笑い声と驚きの声が交錯し、子どもたちが真似をし、大人たちがうなずく。


 俺は端で砂時計を返し、人々の拍を観測していた。

 昨日に飲み込まれそうになった港の街が、今は今日の癖を一つずつ刻んでいる。砂の鳴りは遠ざかっている。……少なくとも今は。


 「なあ、ユリウス」

 背後から声がして振り向くと、バルトが立っていた。ギルドの長代理であり、現場のまとめ役だ。

 「おまえ、本当にただの観測士だったのか?」

 「ただの、だよ」

 俺は苦笑した。「ただ、観測し続けたら、針を持つ羽目になった」

 「なら、観測を続けろ。港だけじゃない。南の門も、西の市も、北の砦も。全部が同じ布なんだからな」


 バルトの声は荒いが、どこか信じている響きがあった。


          ◇


 その夜。

 広場の片隅で、一枚の灰色の紙が見つかった。壁に打ち付けられていた。

 > “昨日返し”はほどけた。だが、外の歌は次を運ぶ。

 > 王都が“今日”を守れるか、試す時が来る。

 > ——灰の縫い手**


 封糸の女がそれを見て、微かに顔を曇らせた。「……“灰の縫い手”。封糸の内部にも、外と結ぶ者がいる」


 セレスティアが剣に手を置く。「敵は王都の外にも内にもいる。だが、運用で挑むしかない」


 俺は紙の端に小さな青い結びを作った。

 ほどけやすく、緩く、強く。

 これもまた、記録に縫い込まれた“今日”の証だ。


          ◇


 夜更け。

 俺は自室に戻り、祖父の裏帳面を開いた。最後の余白に、うっすらと浮かぶ文字がある。

 〈王は人の中に散れ。人は王の中に集まるな〉


 そして、その下にかすれた線があった。

 〈外の歌は“未来返し”を謳う。まだ来ぬ日を、強制する。〉


 ……未来返し。

 昨日を返す砂より、さらに危うい。

 未来が固定されれば、今日が意味を失う。


 俺は針を閉じ、砂時計を抱いた。

 次の戦いは、もう見えている。


 ——未来をほどくために。

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