ふたりの場合 木崎×花穂編 第3話
「それで、最近どうなの?」
先輩に連れられて、職場近くのカクテル・バーにやってきた。
あまりお酒にも強くないし、友達と居酒屋チェーンくらいにしか入ったことがない私は、所在なげにキョロキョロと薄暗い店内をうかがう。
先輩が頼んでくれたカシスオレンジが、目の前に置かれる。
先輩は自分の前に置かれたギムレットに手をのばしながら、楽しそうに尋問を続ける。
「ちょっとは進展した?」
主語がないけれど当然、私と係長の関係の事だ。
なんだかんだあったけれど、私と木崎係長は付き合うことになった。
会社内でこれを知っているのは、この岡本先輩と係長の同期の田島さんくらい。
だから、この話ができるのは先輩くらいなのだ。
私も先輩に倣ってグラスに手をかけ一口、口に含む。
甘酸っぱいオレンジの味が口にひろがるけれど、私の心は沈んだまま。
「それが。まだ、……手も握ってくれないんです」
「はぁ?今、なんて?」
声を裏返して先輩が、こちらへ身を乗り出してくる。
「握手みたいなのを、一回したぐらいで……」
グラスをまわし、ゆらめくカクテルが私の今の気持ちのようで、ぼんやり眺めながら答える。
「はぁ……。バカ崎、バカだバカだと思ってたけれど、そこまでバカだとは」
先輩は背もたれにもたれて、天井を仰ぎ見る。
「大学のときもさ、それで振られてるの。あいつホント、バカ」
係長のことをそこまで言えるのはたぶん先輩だけだろう。
二人が仕事以外であまりに仲がよかったので、最初は恋人同士と勘違いしたくらいだから。
私はカシスオレンジを一気飲みして先輩に向き合い、いままで心の中でくすぶっていた思いをぶちまける。
「私、子供だと思われているんでしょうか?……そりゃ、五つも離れてたら、子供かも知れませんけど!私だって、もう25ですよ?!」
「うーん。それはちょっと違うと思うんだけど……。そだ!」
私の勢いに押されて多少たじろぎながらも、何かを閃いたらしい顔で私をみる。
「長谷川、耳貸して」
「はい?」
酔いが回ってきたのか、先輩の素敵なアイデアが心をくすぐったのかはわからないけれど、私は力強く立ち上がり鞄から携帯を取り出した。
◇
「長谷川、どうした?急に呼び出したりして?」
まだ会社にいた係長を近くの駅に呼びだした。慌てて来たのか、多少息が上がっているようにも見える。
私はそんなのにかまわず、勢いだけで話を続ける。
「係長!お願いがあります!」
「え。……って、お前酔ってるのか?」
係長は眉をひそめながら、私の顔を心配そうに覗き込む。
「酔ってません!」
酔ってなかったら、こんなこと言えません。
「……で、なんだ。お願いって」
ため息と一緒に係長がつぶやく。
「私のこと名前で呼んでください!」
「はぁ?なんだ?急にどうした?」
「さぁ!早く!」
「……か、花穂?」
躊躇いながらも係長が私の名を呼ぶ。
「はい!」
私は勢いよく返事をして係長の胸に飛び込む。そして、酔った勢い、という呪文を何回も心の中で唱えながら囁いた。
「今日は帰しません」