第4話 アリスの来訪
授業が終わり、三年Dクラスの面々が教室から出ていく。そんな中でマリー・ルブランを呼び出し、故意にアリスの足を引っかけて水をかけ、それが結果的に授業を中断させたことに対して説教をしてやったが全く響いていない様子だった。
のれんに腕押しという感じのマリー。
そうなるとまたアリスに対して彼女は加虐の手を伸ばし、今日と同じ光景が繰り広げられる。
「そうなったらまた止めればいいか……」
結局、俺は事なかれ主義というのができない性分らしい。
それで前世もいろいろと苦労をした。せっかく教師になったのだから、清く正しい誰からも慕われる教師になろうとして生徒に一生懸命話を聞いてみたら、〝ドラマに影響されたイタい奴〟扱いされて裏ではかなりバカにされていた。ネットの裏掲示板でそのことを知り、それから生徒に無理に干渉しなくなった。
そんな感じの理想と現実のギャップに苦しみ。そんな経験がつもりつもって俺は教師を辞めた。
それから普通の会社に就職した。
普通に生きて行こうと思ったのだ。
「だけど、それってよく考えたら俺は嫌われるのが怖かったってことだよな?」
普通に生きたいと言うことは———つまりはそういう事だ。
誰かと違うのが嫌だ。集団で浮きたくない。集団の中に溶け込みたい。
はぐれ者になる事への恐怖こそが———普通への願望ということだ。
なら、最初から嫌われているヴァン・レインに転生した今、普通である必要はない。
「ま、転生したのは何の因果か知らないが、やりたいだけやってみるか……」
ヴァン・レインに与えられた魔法薬草学の椅子に座り、天井を眺めながら改めて考えを整理し、終わった。
今後の指標を決めてとりあえず授業に使う資料作成をしようと目の前の書類に向かおうとした時、コンコン……と扉が叩かれた。
「入りなさい」
ヴァン・レインの体にしみ込んだ偉そうな口調で、扉の前の来訪者に声をかける。
だが、来訪者は沈黙したまま入ろうとしない。俺は来訪者はてっきり同僚の教師や授業に使う薬草を届けに来た行商人だと思っていたのだが、このおかしな様子からそれは違うとわかる。
しびれを切らし、自ら扉を開けに向かうと———そこに立っていたのはアリス・エドガーだった。
服を着替えてはいるが、着替える前と同じ制服。アルヴィス魔法学園の生徒でここはその校内であるから予備のものを引っ張り出したのだろう。
「レイン先生……先の授業ではありがとうございました……」
「あ、ああ……それだけを言いに来たのか?」
わざわざお礼を言いに来るような性格ではなかったと思うが……その証拠に先ほどから俺を射抜かんばかりに強い眼光で睨みつけており、とても謝礼に来た人間の表情ではない。
「いいえ。お礼と、レイン先生には警告をしておこうと思いまして」
「警告?」
「はい。今後二度とあのような真似はやめてください」
あのような……というと手を差し伸べたことをさしているのだろうか?
「ふむ、何故だ?」
ヴァン・レインらしい口調で尋ねる。
「何故も何も、あの程度のことは私一人でなんとかできたからです。マリー程度のカスがどんなに私の足を引っ張ろうとも、私にとっては何でもない。屈辱ですらない。それどころかあなたのような教師に助けられたことの方が屈辱です。あれでは私は教師に助けられなければいけない弱い生徒と思われるじゃないですか」
ああ……まぁ、そういう年ごろか。
彼女の年齢は十五歳。アルヴィス魔法学園は十二歳になると入学資格を得て、三学年目には必然的に十五歳になる。そのくらいの年頃は自立心が非常に強く、大人の手を借りることを情けない事と思い込む節がある。そして、大人の手を借りる奴を〝甘えたがり〟のレッテルを張り、のけ者にする。
プライドが高く、クラスでの目を気にする彼女は、今日のように助けられるのは絶対に看過できないことだったのだろう。
だが———、
「断る」
「はぁ⁉」
「仮にも私は教師である。教師であるなら間違っている生徒は正すし、困っている生徒は助ける。それだけだ」
「はぁ……? 先生ってそんなことを言う人間ではなかったですよね? もっと事なかれ主義で、今日だって私の事をいつもは見捨てていたのに……」
「確かに私は事なかれ主義だ。だがそれはつまり〝やりたくない事〟はしたくないということである」
「……はぁ?」
「今回は貴様を見捨てると言うことが〝やりたくない事〟だった。ただそれだけのことである」
アリスは納得がいかないかのようにジトっとした目を向け、やがて根負けしたかのようにはぁ……とため息を吐いた。
「わかりました。今後も気まぐれで私を迷惑にも助けるかもしれないとことですね。わかりました。諦めましょう。なら今後はなるべく先生の視界に入らないようにします」
話しても無駄だと首を振り、そしてくるりと踵を返した。
俺も子供の世話は大変だと肩をすくめ、その後姿を見つめていると彼女は何かを思い出したように立ち止まり、
「そうそう。その〝やりたくない事〟についてなんですが、まさかマリー・ルブランが虐められていたら助けないことも、やりたくないことではないですよね?」
「? どういうことだ?」
「———私がマリー・ルブランに復讐するのを邪魔するつもりですか? と聞いているんです」
こちらに向けられるアリスのその瞳にはどす黒い復讐の炎が宿っていた。
「先ほど言っただろう。私は教師だ。間違っている生徒は正す、と」
「そうですか———なら、先生は私の敵ですね。私は———彼女を殺すつもりですから」
そういう彼女は決して虚勢を張っているようには見えなかった。
その目は、この言葉は本気であると強く訴えかけていた。
「……それだけです」
くるりと顔を正面に向け、アリスは歩みを再開する。
その背中に俺は———、
「復讐なんかやめておけよ。嫌な奴にこれ以上関わろうとするな。単純に損するぞ。人間は相手がどんな奴だろうと関わった人間の影響を必ず受ける。無理に関わろうとするとお前も嫌な奴になっちゃうぞ!」
声をかけるが、彼女は歩みを止めることはしない。
まさか、本気で殺しはしないよなと頭を掻いて椅子に戻ろうとすると、
「失礼しますよ。ヴァン・レイン先生」
「え? あ? はい?」
入れ違いで来訪者がやって来たことにビックリする。
扉の前に今、立っているのは眼鏡をかけた年老いた女教師だった。
「あなたは確か……」
「教頭の顔を忘れましたか? レイン先生」
ぴくぴくと不快そうにそのおばあちゃん先生はこめかみを動かす。
「ああ———バネッサ・コーンランド教頭……」
ヴァン・レインの記憶を頼りに、何とか彼女の名前を引き出したら、合っていたらしく彼女は満足そうにうなずいた。
「ええ、その通りです。ボーっとしてないでください。レイン先生」
「は、はぁ……もうしわけない……
そして、キリッと真剣な目に切り替えて、本題とばかりに俺を見つめ、
「あなた———マリー・ルブランさんに体罰をしたそうですね?」
そう———切り出した。
「………………………………………………………………ハァ⁉」