第3話 そんな彼女に俺は手を差し伸べる。
アリス『そんな……この私が庶民との決闘に負けるなんて……』
床に這いつくばるアリスさん。
私と魔法の早打ち勝負に負けた彼女は、床に落ちている折れた杖を悔し気に見つめる。
スノウ『あ、アリスさん。大丈夫ですか?』
アリス『———ッ! 触るな‼ 庶民が!』
彼女に寄り添いたいと思う私の手を、アリスさんは汚らわしいものか何かのように払った。
その顔には怒りをこらえきれないと青筋が立っていた。
アリス『あなた……この私をコケにしてただで済むとは思わないことね……今後この学園であなたに安らぎの地はないわよ! 徹底的に追い詰めてあげる。あなたが死んだ方がマシだと思えるほど、徹底的に! 私にはそれだけの仲間がいるんだから!』
スノウ『———ッ!』
アリスさんのあまりの形相に私は言葉を失って飲まれてしまう。
絶望的なくらい悲しみが、私の心を覆いつくす。
このまま私は、結局は何もできずに暗い学園生活をこれから送らなければならないんだろうか……。
???『本当にマリーって頭悪いよね? あいつって人の言葉散歩歩いたら忘れるし、ニワトリかっての……』
スノウ『え?』
今のは———アリスさんの声。
だけど、聞こえる方向は目の前の彼女からではなく、この決闘場で見ているギャラリーの人たちの奥から。
そこには一冊の本が置いてありました。
その本のタイトルにはこう書かれています。
———『蓄裏音』
男子生徒『あの本は……人の声を記録し、再生する魔導書! どうしてこんな場所に⁉』
アリスの声『他のクラスの男子もさ。ちょっと私が笑顔で頼めば何でもやってくれるし。バカだよねぇ~、頼み事聞き続ければ私と付き合えると思ってんだから。んなわけねぇだろ、鏡見ろデブ』
女子生徒『これってアリスさんの声じゃない?』
アリスの声『女もさ。皆私の真似ばっかりしてさ。個性ってもんがないよね~。ま、あんなブス共がいくら私の真似したところで私みたいに綺麗になれるわけないんだけど。アハハハ!』
女子生徒『酷い! 裏ではこんなこと言っていただなんて……!』
『蓄裏音』からはアリスさんの声がひたすら再生され続けます。
アリス『嘘……そんな……どうしてあの時の声が……違う‼ こんなの出鱈目よ!』
顔を真っ青にしたアリスさんが手を振り乱して魔導書からの音声を否定します。
デュオ『がっかりだよ。アリス……』
アリス『デュ、デュオ……⁉』
そんな彼女の前に、デュオさんが立ち、一層アリスさんの顔は青くなります。
デュオさんは今まで見たことのないような冷たい表情でアリスさんを見下ろし、
デュオ『君がこんなにも品性が下劣な人間だとは知らなかった。悪いが君は王室に名を連ねるのにはふさわしくない。君との婚約———破棄させてもらう』
アリス『—————————————————————————ァッ‼』
そして彼女は、白目をむいて気絶をしてしまいました…………。
…………………。
…………。
……。
『ウィザードプリンスさま♪ 共通ルート第五章・ジャッジメント』より抜粋。
◆ ◆ ◆
———みたいな感じで彼女はすべてを失った。
「アハハハハハ! 無様ぁ! カエルみたい! グエって言ったわよ!」
アリスの足を引っかけた茶髪の女は笑い続ける。
「マリィィ……!」
ギリリと歯を鳴らしてアリスはその女を———マリー・ルブランを睨みつける。
マリー・ルブラン。アリスに負けず劣らず美人でスタイルも良い彼女はずっとアリスの取り巻きをしていたクラス内ヒエラルキーNo2の女。アリスが無様を晒して転落したことにより、繰り上がる形で現在彼女がクラス内ヒエラルキートップに君臨している。
そして過去の女王をまるで見せしめかのように晒しものにして、虐めていた。
ピチャピチャピチャ……!
アリスの頭に水がかけられる。
「あ、ごっめ~ん落としちゃったぁ」
それは各生徒に配られた魔法の小釜の中の水をマリーはアリスにぶっかけたのだ。これから素材の草を入れて薬を作る予定だったので、まだ中に入っていたのはただの水だが、それでもびしょ濡れに濡らされたアリスはうつむき、怒りを通り越してもはや何の気力もわかないかのように打ちひしがれていた。
その様子を誰も助ける様子なく見つめている。
主人公であるはずのスノウは何かした方が良いのではないかと不安そうに見つめ、その前でスノウが止めに入るのを塞ぐかのようにデュオが立ちはだかり、冷淡な目でアリスを見つめていた。
マリーは衆目の中で堂々と虐めることができて気をよくしてたのか。フフンと、歩殺らし気に鼻を鳴らして立ち上がった。
「ま、自業自得よね。今まで威張り散らかしていたんだからそのツケが回ってきただけ。でも哀れよね~。一度転落したら誰も助けてくれない。前はクラスの人気者であんたの言う事皆聞いていたのに。こんなことがあったら、何も言わなくても率先して助けに来てくれたのに。もう誰も手を差し伸べない。あんたはもう———終わった。婚約破棄もされた人生の負け組なんだからとっとと自殺でもすればぁ~? アハハハハハハハッ!」
高笑いしているマリー。
そして、反論することもなくアリスはぽたぽたと毛先から滴り落ちる水滴を黙って見つめていた。
そんな中———俺は、
「アリス・エドガー。立ちなさい」
彼女に手を差し伸べた。
「———え?」
生徒ですら遠巻きに見ている。仲良くしていた仲間は誰も助けに来ない。
そんな中で嫌味で陰険で陰鬱な性格の教師が、生徒たちをかき分けて近寄ってきたことに、アリスは驚いて目を見開いていた。
「そんなびしょ濡れの姿では風邪をひくだろう。この授業はサボってよい。出席扱いにしてやるから、とっとと寮の部屋に戻って着替えてきなさい」
「え、え……?」
戸惑うアリスの手を無理やりつかんで立たせてやり、その手にハンカチを握らせる。
この世界の陰湿な敵キャラであるヴァン・レインにあるまじき言動と行動だ。
でも知るか。
俺は、こういう虐められるのも仕方がない———いじめを正当化するような状況が一番嫌いなんだ。
「マリー・ルブラン。授業妨害だ。後で反省文を提出しなさい」
アリスがハンカチで顔を押さえて教室を出ていくのを見送った後、俺はマリーへ向けて声をかける。
「は? ……チッ。見逃せよクソ教師が……」
「何か言ったか?」
「何でもないで~す」
マリーは両手を頭の後ろに添え、そっぽを向いて俺から離れていく。
「あ、それとな———」
そのマリーの背中に俺は思い出したように声をかける。
「———やり直しがきかない人生なんてないぞ。命はきっと、幾らでも、何度でもやり直しがきくものだ。世界というのはそういう風にできているんだよ」
「は?」
さっきのマリーの言葉に対して、軽く説教をしたつもりだったが、彼女には届かなかったようだ。
それは仕方がない。
今の俺の言葉は前世で経験して実感として証明したことじゃない。
単に———そうであればいいなと祈っているだけの言葉だ。
世界はそうであってほしいと俺が願っているだけの言葉だ。
そして俺は———ざわざわと騒ぐアルヴィス魔法学園三学年生Dクラスの生徒たちを眺めながら、
「また———教師、やってみるか」
と、そう決意した。