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82:公爵様の宝物

本日2話更新です!


 フィンドレイ公爵家を逃げるように辞めてから、早三ヵ月。

 私は今、王家直轄地となった元ラインワース領で臨時代官として働いている。


 私はあの後すぐに王都へ向かい、デボラ様のもとを訪ねた。

 その時点ではまだ、官吏の次の採用試験まで半年以上あったので、フィンドレイ公爵家を辞めたことの報告だけで終わるつもりだった。

 けれどデボラ様の提案で臨時採用試験を受けることになり、あれよあれよといううちに、私は故郷に戻れることになったのである。


 とはいっても、臨時代官なので採用期間が決まっている。

 私も以前お世話になった黒縁眼鏡の代官が、奥様の里帰り出産に付き添っている間だけだ。

 採用期間が終わったら、もう一度デボラ様の面談を受けて、正規採用するかどうかが決まるらしい。


「こんにちは、メイソンさん。敷地内に魔物が出たとお聞きしましたが、被害状況を確認に来ました」

「おや、マグノリアお嬢様。まだ大した被害はないんだがね、どうも女帝蜂がうちの軒下に巣を作り始めてしまったんですよ。駆除をお願いしたいのだが……」

「承知いたしました」


 さくっと女帝蜂を駆除して、巣を破壊すると蜂蜜が出てきた。


「マグノリアお嬢様。その蜂蜜を使ってお茶にしましょうか。一杯飲んでいってください」

「ありがとうございます、メイソンさん。私、メイソンさんにもたくさんご迷惑をおかけしたのに……」


 メイソンさんは私が魔導人形のフリをしていた時、製造者だと思われてオリバー様が訪ねてきたり、いろいろと迷惑を被ったというのに。以前と変わらず接してくださって本当に嬉しい。


 思わずウルッとしてしまうと、メイソンさんがおかしそうに笑う。


「マグノリアお嬢様が魔導人形のフリをしてると聞いた時は驚きましたけれどね。その年頃の若者は世間に揉まれるのに必死で、自分を守るために馬鹿馬鹿しい嘘を吐くことなんて普通ですよ」

「……メイソンさんも馬鹿な嘘を吐いたことがあるんですか?」

「ええ。自分のちっぽけなプライドを守るために、しょっちゅう吐いていました。マグノリアお嬢様はひとつしか嘘を吐かなかったんですから、むしろ偉いですよ」


 まぁ、そのひとつが『人間ではない』という、とんでもない大噓でしたけれど……。


「マグノリアお嬢様も歳を取れば、フィンドレイ公爵家で働いていた日々のことを、嘘や失敗も含めて『若かったな』とすべて愛おしく思う日が来ますよ。さぁ、お茶にしましょう」


 私はメイソンさんのあとに続きながら、そんな日が本当に訪れるのかしら……、と胸元を押さえた。





 メイソンさんから蜂蜜のお裾分けまでいただいてから、私は屋敷に続く小道をてくてくと歩く。

 屋敷は領民が暮らす地域から少し離れており、小道の周囲には長閑な並木が続いていた。私の名前の由来となったマグノリアの木だ。

 マグノリアは一般的に晩冬から初夏にかけて咲くけれど、元ラインワース領は気候が穏やかなので秋頃まで開花時期が延びる。

 今日も白い花が甘い香りを漂わせて咲いていた。


 私は小道の途中で立ち止まり、空を見上げる。

 そして深い溜息を吐いた。


「はぁぁぁ~……」


 故郷に戻って来てから、私は気付いてしまったことがある。


 フィンドレイ公爵家に帰りたい。


 住み慣れた屋敷で再び暮らし、気心の知れた領民たちと穏やかな時間を過ごしているのに。

 むしろ平和な時間が続けば続くほど、フィンドレイ公爵家で過ごした日々が胸の中でキラキラと輝く。

 たくさん優しくしてもらった。信頼してもらって、私一人では駄目な時は助けてもらった。あの人たちのおかげで、私は自分を認められるようになった。

 思い出の輝きが強ければ強いほどに、私の胸は痛み、苦しくなってしまうのだ。


 自分で馬鹿な嘘を吐いて、周囲の人々を騙して、その罰を受けているだけなのに。

 イセル坊ちゃまのお傍に戻りたくて、公爵家の人々とまた一緒に働きたくて、……テオドール様にもう一度お会いしたくて、泣きたくなる。


 私はたぶん、テオドール様に恋をしていた。


 テオドール様は、私が『こんなふうな人間になりたい』と思った、理想そのものだった。

 身内に恵まれずとも、決して腐らず、正しく生きていた。

 感情を表に出すのが苦手でも、きちんと社交をこなし、領主としての責任をきちんと果たしていた。

 逃げ出さず、投げ出さず、嘘を吐かない。私の憧れだった。


 まさか自分の身に恋だなんて凄いことが起こるだなんて夢にも思わなかったから、自覚が遅すぎた。

 でも、公爵家にいた時に自覚していても、結局私は自分が吐いた嘘の責任を取るために退職を選んだでしょうけれど……。

 なら、結末は同じだわ……。


「本当に魔導人形だったら、テオドール様を看取るまでお傍にいられたのでしょうか……?」


 ぽつりと呟くと、後ろから誰かの足音が聞こえてきた。


「そんなことを言わないでくれ、マグノリア。私はきみが魔導人形ではなくて本当によかったと思っているのだ」

「てっ、テオドール様っっっ!?」


 聞き覚えのある声に驚いて振り返ると、本当にテオドール様がいた。


 いっ、いったいどうして、テオドール様がここにいらっしゃるの……!?


「マグノリアが我が家を去ったあとで、きみのことを調べた。というか、オリバーや冒険者ギルドマスターやデボラ王妃殿下が何もかも教えてくれてな。おまけに『あんな分かり切った嘘に騙されるほうが悪い』とまで言われてしまった。きみが人間だということは、本当に多くの人々にバレていたんだな。ハハハ」


 何か憑き物が落ちたように、テオドール様が穏やかに笑う。

 嘘を吐かれたテオドール様はもっと怒っていると思っていたから、私はその笑顔に面食らった。


「テオドール様は怒っていないんですか……? 私、あんなに馬鹿な嘘を吐いたのに……」

「嘘でよかったと思っている。あのままでは、私は魔導人形に道ならぬ恋をしてしまった愚か者になるところだったからな」

「はい……?」


 呆然とテオドール様を見上げると、彼は私の手を取った。


「きみが好きだ、マグノリア。不格好で情けない自分を恥じて、もういっそ人間でいたくないと思ってしまう気持ちは、私もよくわかる。それでも魔導人形のフリをして、人々の中にどうにか自分の居場所を作ろうとしたきみは、誰よりも人間らしくて愛おしいと私は思った」


 私の手の中に転がり込んできたのは、テオドール様から最初にもらった魔石のブローチだった。

 フィンドレイ公爵家に置いてきたはずなのに……。


「どうか我が家に帰ってきてくれ。今度は魔導人形ではなく、私の(たからもの)として」


 本当に私でいいのですか、帰ってもいいのですかと。私はこの人に百回問い返しても、目の前の出来事が現実だと信じられないと思う。


 夢なら夢で、もういいわ。

 私は魔石のブローチをぎゅっと握り、頷いた。


「はい……っ。私もテオドール様が大好きです……っ。フィンドレイ公爵家に帰らせてください……っ」


 私が無表情のままボロボロと泣けば、テオドール様は「本当に人間だな」と嬉しそうに笑って、私の涙を拭った。





 臨時採用の期間が終わると、私は再びトランク一つでフィンドレイ公爵家を訪れた。


 ドキドキしながら裏門に回ろうとすると、イセル坊ちゃまとピヨン様とハヴァが正門のほうから駆けてくる。


「ちがうのよー、マグぅちゃん! マグぅちゃんはこっちからはいるのよー!」

〈マグノリアはもう子守り侍女じゃないでしょ。正門から堂々と来なさいよ〉

〈早くしなよ。公爵たちも待ってるから〉

「はっ、はい……っ!」


 イセル坊ちゃまに手を繋がれ、ピヨン様が肩に止まり、ハヴァは少し離れたところからついてくる。


 正門からフィンドレイ公爵家に入ると、テオドール様やオリバー様、侍女長や家令にロイドさん、ほかの使用人たちがずらりと並んでいた。

 誰もが笑顔を向けてくれる。


「不祥ながら、ただ今戻りました。これからは人間としてお世話になります。よろしくお願いいたします……っ!」

「ああ。おかえり、マグノリア」


 愛おしげな表情でこちらを見つめるテオドール様に迎え入れられ、私は屋敷の中に一歩足を踏み入れる。


 イセル坊ちゃまが「だから、ぼく、マグぅちゃんに『りょこう』っていったでしょ?」と、ニコニコと笑った。

 本当に、さすがはイセル坊ちゃまです。



END


ここまでお読みいただきありがとうございました!!!

また番外編を書く予定なので、その時はまたマグノリアたちにお付き合いいただけると嬉しいです。

最後に下の☆☆☆☆☆から評価をお願いします꒰ᐡ ̳ᴗ ̫ ᴗ ̳ᐡ꒱

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