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79:黒竜②



 黒竜は、配下の火竜や雷竜より体が大きく、森竜よりは小さいと聞いている。

 目の前にいる一頭は黒竜の中でも小さいほうなのか、先ほど使役した火竜たちよりも小柄に見える。

 もしかすると番の黒竜ではなく、その子供なのかもしれない。

 どうやら番は結界内で無事に卵を生み、孵化させることに成功したのでしょう。


 でも、黒竜の幼体だからといって侮ってはいけない。

 黒竜が飛竜種の王である理由は二つある。

 一つは戦闘能力が抜きんでいるからだ。牙や爪による攻撃は鋭く、飛行スピードも速い。人語を操れるほどの高い知能も備えているので、ただ力強いだけの森竜では敵うはずもない。

 そして二つ目は、火竜の炎攻撃や雷竜の放電を凌駕するほどの闇属性魔法が使えるのだ。

 ヴェネッサの話によると、黒竜の中でも千年の時を超えて生きる個体は精神干渉魔法まで使えるらしい。

 目の前の黒竜はまだ精神干渉魔法は使えないと思うけれど、それでも闇属性魔法は脅威だわ。


〈僕と比べたら、どちらが強いかな? 気になるなぁ。ねぇ、人間たち。僕と戦ってみてよ!〉


 黒竜はなんだかワクワクした口調でそう言うと――……周囲の影を操って自らの分身を作り、五頭になって私たちに襲い掛かって来た。


 しょっぱなから総攻撃といった展開に、オリバー様だけでなく冒険者たちも悲鳴を上げる。


「うわっ、マジかよ!? 一頭でも厳しいってのに、分身まで相手にしなきゃなんねーのかよ!?」

「火竜や雷竜の攻撃もダメだ!! 魔法攻撃が影に飲み込まれちまって、まったく効かねぇ!!」


 ワイバーン組も、黒竜と分身のスピードに追いつけず、防衛で精一杯のようだ。


 上空からギルドマスターが私に声をかけた。


「このままじゃ手も足も出ないぞ! どうする、マグノリア!? 何か活路はあるか!?」

「そうですね……」


 私は思案しながら分身の攻撃を避ける。

 分身が持つ爪は本体と同じように鋭く、近くにあった巨大な岩を簡単に切り裂いた。

 黒竜が後ろ足で蹴りを放てば地面がえぐれ、こちらが殴りかかろうと跳躍すれば、さらに高い位置まで飛び去ってしまう。そしてこちらの落下する隙を狙って、黒竜本体が攻撃を仕掛けてくる。


〈ほらほら、どうしたの? 配下たちより強いんじゃなかったの? 僕はまだまだ本気じゃないよ。もっと僕を楽しませなよ!〉


 黒竜は次から次に激しい勢いで攻撃を繰り出し、実に楽しそうだ。私たちを挑発する声が弾んでいる。なかなか戦闘狂らしい。


 けれど、黒竜の殺意はそれほど高くないように見える。

 今の私たちは、きっと黒竜にとって珍しいおもちゃなのだ。

 黒竜は、冒険者の持つ剣や長柄槍を見ては瞳をキラキラと輝かせ、魔法使いが放った魔法に歓声を上げている。

 全力で遊びたいけれど、簡単に壊したくないおもちゃだ。


「活路というほどではないのですが、あの黒竜はしょせんは幼体です」

「どういう意味だ?」

「結界に阻まれた魔の山で、両親と配下に囲まれて育ち、これまでは弱い魔物を遊び半分に狩って過ごしていたのでしょう。だから初めて見る人間たちに興味を激しく惹かれて、ひどくはしゃいでおります」


 どれほど生まれ持った戦闘能力が高くても、最初から全開で戦っていたら身が持たない。そういったペース配分は、ある程度歳を重ねれば自然とわかることだ。

 けれど、この黒竜はそれがわからないほどに幼いのでしょう。


 きっと黒竜自身が想定しているよりも早くに体力の限界がくる。

 すでに、煽る言葉と裏腹に、黒竜が操っている分身の動きが微かに鈍くなっているもの。

 子供というものは、はしゃぎ疲れると……寝てしまうものだ。


「もっと黒竜の興味を引きましょう。黒竜がはしゃげばはしゃぐほど、体力の限界が近付きます。今もほら、分身の動きが少しずつ緩慢になってきているでしょう?」

「いや……? 正直儂にはわからんが……?」

「え? あ、あちらの分身のしっぽの動きとか! ほらっ、今そちらの分身が蹴り上げましたが、先ほどより脚の角度が五度も下がっていますよ!」


 ギルドマスターは難しい表情をしながらも、「マグノリアが動体視力が良いのはようわかったぞ」と頷く。


「まぁ、我らがフィンドレイ公爵領支部の自慢、Sランク冒険者様が仰せなのだからそうなんじゃろう。ようは黒竜を街にいる子供だと思って、遊んで疲れさせればいいというわけだな?」

「はい」


 自慢に思っていただけるのは光栄だけれど、昇格を承諾した覚えは一切ないのですが……。

 そう思いつつ、周囲の冒険者たちに声をかける。


「それでは冒険者の皆さん、攻撃を成功させることよりも、派手な攻撃を披露する感じで、黒竜を興奮させてください! 魔法が使える方は黒竜が今まで見たことのない魔法を披露してください! お願いします!」

「そっ、そんなんで大丈夫なのか……?」

「殺戮人形が言うんなら、きっと確率が高いんだろ。やるしかねぇ!」

「それもそうだな!」


 というわけで、魔法使いは大きな水の球体を生みだして攻撃したり、剣士たちもご自慢の必殺技を披露したりし始める。


 すると、目論見通り黒竜がさらに興奮し始めた。


〈何それ! 僕、初めて見たよ! どうやって水を生み出したの!? そのキラキラ光る棒はどこで手に入れたの!? それは何に使うの!? ふんふんふん!!〉


 鼻息が荒くなった黒竜は、だんだんと分身を操る集中力を失くしていく。

 分身の数が一つ、また一つと消えていき、最後には黒竜本体だけが残った。

 そして黒竜本体も、はしゃぎ過ぎたせいで目がウトウトし始める。


 このまま眠ってくれれば、あとはイセル坊ちゃまに浄化してもらえばいい。

 今回もイセル坊ちゃまに凄惨な討伐シーンを見せずに済みそうだわ。


 ホッと胸を撫で下ろした途端――……。


〈……やだ。僕はまだ、眠りたくないんだ……。こんなに楽しいのに……、やだ……、眠らない……! 眠るのやだぁぁぁぁ……!!〉


 まさかの寝ぐずりだわ!? 刺激を受け過ぎたのね……!?


 地面の上に寝転がった黒竜が、四肢と尻尾を大きくバタつかせて泣き叫ぶ。

 その衝撃に辺り一帯が揺れ、その場に立っていることが出来ない。

 テオドール様や護衛たちに守られているとはいえ、このままではイセル坊ちゃまの身も危険だわ。

 どうにか黒竜に近付いて、イセル坊ちゃまの目に見えない角度から一発殴って気絶させなくちゃ……!


〈ふぇぇぇぇん!! 僕はもっと遊ぶんだぁぁぁ!!〉


 鳴き声とともに、黒竜が精神干渉魔法を放った。

 幼体だからと侮ってしまった。ヴェネッサの情報がどこまで正しいかわからなかったのに……。


 耳の奥からキーンと激しい耳鳴りがして、目の前が真っ暗闇になる。





 暗闇に浮かび上がるのは、叔父様と叔母様、そしてバーネル従兄様の姿だ。


『なぜ私に無断で爵位を返上したのだ、この出来損ないのマグノリアめ!! お前のせいで私たちは散々な目に遭ったのだぞ!! 早くラインワース子爵家を取り戻せ!! 私たちは今までどおりにお前の金で遊んで暮すんだ!!』

『そうよ、そうよ!! 子爵家を取り戻したら、あんたは今度こそバーネルと結婚するのよ!! 死ぬまでこき使ってやるんだから!!』

『まさかお前が逃げるとは思わなかったぜ。夫としてきっちり躾けてやるから、覚悟しろよな、マグノリア!!』


 ……これはきっと、戦闘相手のトラウマを再現して、心を折る魔法だ。

 こんなふうに精神を弄られたら、たいていの生き物は黒竜に勝てないでしょう。


 叔父様が口汚く私を罵る。


『ハハハ! 笑わせるな、マグノリア。誰がお前のように無表情で愛想もない女を相手にしてくれると言うんだ? お前をほしがる令息など、どこにもおらん!』

「……黙ってください」

『お前はそもそも人間に向いていない!』


「私は、ありのままの私でもいいと、自分を認めました! 今の私は人の輪の中に入れます! だから、私は魔導人形のフリをもうやめて、これからはちゃんと人間として生きていきます!」


 過去の記憶になんか負けないわ。

 私は叔父様の幻をボコォッと殴りつけた。





 幻だから殴った感触なんてないと思ったのに、なんだか固い、鱗のようなものを拳に感じる。

 今まで殴ったものの中で一番固いかもしれない。身体強化を拳に集中させて、さらに力強く殴りつけると――……。


〈ぐ……っ、ぐはぁ……っ!〉

「……あら? 黒竜が気絶している?」


 叔父様の幻が消えて、代わりに黒竜のひっくり返った姿があった。白目を剥いて体をピクピクさせている。


 どうやら黒竜を倒してしまったみたいね。同時に精神干渉魔法が解除されたんだわ。


 周囲を見渡すと、ほかの人たちも精神干渉魔法を受けていたようで、急に幻から覚めて呆然とした表情をしていた。

 テオドール様がまだ青さの残る顔で「父上の……幻を見ていたようだ……」と呟いている。

 いつもご機嫌なイセル坊ちゃまや、あの気の強いピヨン様でさえ、涙に濡れた顔をごしごしと拭っていた。

 皆の悪夢も早く終わらせることが出来てよかったわ。


「イセル坊ちゃま、大丈夫ですか?」

「マグぅちゃん……。ぼく、とってもこわいゆめをみたの……」


 シクシク泣いているイセル坊ちゃまを抱き上げてあやす。

 記憶の底に封じ込めてた、ご両親の悲惨な最期を思い出したりしていなければいいのだけれど……。

 暫くすると抱っこの温かさが効いたのか、イセル坊ちゃまが泣き止んだ。

 落ち着いてくださって本当によかったわ。


 ホッと胸を撫で下ろしていると、気絶したはずの黒竜が目を覚ました。


〈うわぁぁぁぁん!! 人間なんかに殴られた!! 痛い、痛いよぉぉぉ!! あの女、怖いよぉぉぉ!!〉


 なんだか黒竜に怯えられている。意気がっていたわりに打たれ弱い性格のようね……。


「このまま黒竜に泣かれると、すぐに親が現れてしまいますね。もう一度殴りつけましょう」

〈ヤダァァァァ!! もう殴らないでよ、野蛮人!! わぁぁぁぁん!!〉


 イセル坊ちゃまを下ろして、黒竜に向かって拳を構えようとすると。

 なんと、黒竜が大きな図体でイセル坊ちゃまの後ろに隠れた。


 どうやら私の行動から、イセル坊ちゃまを主としていることを察したらしい。

 まいったわね……。


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