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76:屈辱の謝罪(聖王視点)



 聖王ランドルフは次々に起こる予想外の展開に、激しく心が乱されていた。

 ルビウスの研究室から盗み出した惚れ薬で聖女ヴェネッサを洗脳し、この場に呼び寄せて、真犯人に仕立て上げるつもりだったのに。

 まさか、悪女らしい装いにさせるために用意した豪華なドレスや宝飾品を使って、侍女と取引するとは思わなかった。


(どういうことだ……。昨日のヴェネッサは確かに、私の指示に従っていたのに。いったいどうやって、あの洗脳を解いたんだ? もしや、惚れ薬に欠陥があったのか? くそっ、ヴェネッサの逃亡を手伝った侍女も侍女だ! どちらも捕まえたらただでは済まさないからな……!)


 しかし、事態はすでにヴェネッサを捕まえてもどうにもならないところまで進んでいた。

 ヴェネッサが役割を放棄して逃げたことで、魔の山の結界が崩壊したのだ。

 今まで多くの聖女や聖人が現れたが、魔の山を覆うほどの強力な結界を生み出せたのは初代聖女サクラただ一人だ。

 維持するのがやっとだった結界が壊れてしまっては、もはや修復など出来ない。

 せめて騎士団が相打ちになってでも黒竜を討伐してくれれば良かったが、黒竜どころか眷属の竜相手で壊滅状態になってしまったという。


(貴族たちに助力を求めて戦力を集める? そんなことをしたら、私が非難されるではないか! 聖人君子たる聖王が非難されるなど、あってはならないだろう!)


 すでに城の者たちの前で外面を取り繕えなくなっていたが、聖王は本気でそう考えていた。


 そこへ、テオドール・フィンドレイ公爵が追い打ちをかけた。

 忍集団の裏切りにより数々の証拠がテオドールの手に渡り、聖王の悪事を明るみにしたのだ。

 聖王にはここから起死回生する方法などもはや思いつかず、必死で『世界のために仕方がなかった』と同情に訴えるしかなかった。


 そんな聖王の目の前に、小さな子供が飛び出してきた。


「しかたなくなんか、なかったよね? ほんとうは、ほかのほうほうもたくさんあったって、しってたでしょ? パパとママがてんごくへいっちゃったこと、しかたがないなんていわないで!」


 黒い忍び装束を着た子供は人目を引く愛らしい顔をしていたが、それよりも聖王が気を取られたのは、その大きな黒い眼だ。

 よく見れば、黒い頭巾からはみ出している前髪も黒々としている。

 廃聖女サブリナの息子、イセルだ。


(イセル・フィンドレイがこの国に入国していたのか!? せめて昨日の時点でこのことを知っていれば……! 忍者たちがイセルを匿っていたのか!?)


 しかし、今更イセルを捕まえたところでもう遅い。結界は崩壊してしまったのだから。

 それに、すでに例の護衛侍女がイセルの前に立ち、聖王が何か仕掛けて来れば返り討ちにしようと構えていた。


「大人の話に口を挟むな! 子供にわかるはずがない!」

「わかっているもん!」


 イセルは黒い瞳に涙を浮かべて、聖王を責めた。


「せーおーさまが、まちがっちゃったことを、ちゃんとごめんなさいしなかったのがわるいの! ママもパパも、せーおーさまがごめんなさいってしたら、せーおーさまのおてつだいをしたかもしれないのに! そうしたら、いまもママとパパがぼくといっしょにいてくれたかもしれないのに!」

「この私が謝罪だと? 私は聖王だ! 下々の者たちにとって神にも等しい私が、なぜサブリナなんかに謝罪など……っ」

「ぜんぶあなたがわるいもん! ママとパパにもうあえないのは、ぜんぶあなたのせい! ぼく、ママとパパとずっといっしょにくらしたかったのに! ぼくがおとなになるまで、そばにいてほしかったのに……っ! うわぁぁぁぁん!」


 激しく泣き出したイセルは、護衛侍女のお腹の辺りに抱き着いた。

 そこへ、テオドールがやって来る。

 テオドールはイセルに視線を合わせるためにしゃがみ込むと、泣きじゃくる甥の頭を撫でた。


「ごっ、ごめんなさい、テオおじさま……。ぼく、かくれててっていわれたのに、でてきちゃった……」

「いや、構わない。大事な人を殺した犯人にあんなことを言われては、大人だって我慢など出来ない。言いたいことをきちんと言えて偉かったな、イセル。あとは私が対応するから、任せなさい」

「……はい。テオおじさま」


 テオドールは立ち上がると、聖王を見上げた。

 見る者の背筋を凍りつかせそうなほど冷たい表情をするテオドールに、聖王は思わず後退りする。


「あなたは我が国の法によって裁かれなければならない。あなたの身柄をネルテラント王国へ連行する」

「なっ、何を言っている!? この私をネルテラント王国へ連行するだと……っ!?」

「抵抗しても無駄だ。あなたの元飼い犬たちが協力してくれるからな」

「こんな大事な時に聖王が国を離れるなどっ、民が許すものかっ!! 私がいなければ、誰が黒竜討伐を指揮するというんだ……っ」

「あなたに指揮が出来るとは、とても思えないが? どうせ、大した策もなく、騎士を前線に投入するのだろう?」


 テオドールの言葉に、オウカ神聖王国の騎士や官吏も、聖王を疑う目で見ていた。先ほどの聖王の発言を考えれば無理もない。


「それに、黒竜の件なら我々に考えがある。すでに冒険者ギルドとも連携して備えている」

「な、なんだと!? 黒竜を討伐出来るのか!? 早くやってくれ!!」

「その前にあなたの謝罪が聞きたい」


 テオドールはイセルを抱き上げた。

 護衛侍女に顔を拭かれたので涙の跡は残っていないが、まだ目元や鼻が赤い。それでもイセルは真剣な表情で、聖王をしっかりと見つめた。


「イセルに謝罪しろ」

「こんな子供相手になぜ私がそんなことをしなければならない……っ!!」

「この子が黒竜討伐の鍵となる」

「イセル・フィンドレイが……?」

「あなたは多くの悪事の理由を、国民や世界を守るためだと言っていたな。なら、国民や世界を守るために、イセルに謝罪するんだ。イセルの協力を得るために。もちろん、謝罪ですべてがなかったことになるわけじゃない。この後は我が国で裁判を受け、きちんと罪を償うことになる」


 もしかすると、イセルは初代聖女サクラよりも聖力が強いのかもしれない。だからテオドールはイセルを黒竜討伐の鍵だと言っているのだろう。


(それなら今ここでイセル・フィンドレイを奪えば……!)


 聖王がそう考えた瞬間、まるで敵意を読み取ったように護衛侍女が進み出てきて、自分の身を盾にする。まるで隙がない。

 忍集団を失った聖王に、この女を突破してイセルを奪うことは出来そうになかった。


(くそっっっ、なぜこのような屈辱を受けなければならないんだ……!!)


 血が滲むほどに唇を噛み締める聖王へ、テオドールが追い打ちをかける。


「ここでイセルに助けてもらえなかったら、あなたは『国を滅亡させた愚王』として、歴史に名を遺すのだろうな」

「……それ、は……っ!」


 もはや自分に残されているのは、大罪人として裁かれるか、国を滅亡させた愚王になるかの二択しかないことに、聖王はようやく気が付いた。

 誰よりも賢く清廉で、神に等しいほど光り輝く存在のフリは、もう出来ないのだ。


 気が付けば、廊下の方がガヤガヤと騒がしい。慌ただしい物音も聞こえてくる。

 移転門から騎士団でも帰還して、治療院へ担ぎ込まれているのだろうか? それともヴェネッサや侍女が捕まったのだろうか? 結界の崩壊を聞きつけた貴族たちが抗議に来たのかもしれない。


(謝罪をするだけでも屈辱なのに……。自分の醜聞をこれ以上多くの人の目に晒すなど、耐えられるわけがない……!)


 聖王は怒りと羞恥と憎しみで顔を真っ赤に染め、儚げな容姿を激しく歪めながら、……頭を下げた。


「……イセル・フィンドレイに、謝罪する。これまでのこと、……本当に申し訳なかった」

「……うん。わかったの」


 イセルはテオドールの腕の中で全然スッキリしていない表情をしていたが、聖王の謝罪を受け入れた。

 どうせイセルの中に残るモヤモヤは、一生消えることがない。

 謝罪をされても、罪を償われても、大好きな両親がイセルの元に帰ってくることはないのだ。

 だから自分で区切りをつけるしかない。これから先の毎日を、両親と同じくらい大好きな人々と暮していくために。





 その後、聖王はトレフセンたちの手で身柄を確保された。テオドールたちの帰国に合わせて、ネルテラント王国へ連行する予定である。

 今は一室に閉じ込めて謹慎させている。見張りも忍者たちが担当してくれた。

 オウカ神聖王国の宰相を始めとした上層部が、聖王の逮捕について抗議をしたり釈放を求めてきたが、その対応は同行していたネルテラント王国の官吏たちがこなすことになった。

 ちなみに聖女ヴェネッサと逃亡を手助けした侍女も城内で見つかり、こちらはオウカ神聖王国の裁きを受けることになる。





「イセル坊ちゃま、大丈夫ですか?」


 今、私たちは、城下の宿にいた冒険者ギルドのメンバーと合流し、オウカ神聖王国の城内にある移転門の前に並んでいた。

 移転門からは先ほどまで、怪我をした騎士たちが次々に姿を現しては、治療院の職員たちが救護に当たっていた。もう騎士団の撤退が完了したのか、移転門は静かな状態だ。


 イセル坊ちゃまは緊張した様子で移転門を見上げている。

 ピヨン様はイセル坊ちゃまを心配して、周囲をぐるぐると飛んでいた。


〈大丈夫よ、イセル! あなたにはこのあたしが修行をつけたんだし、おまけにこっちには、とっても強いマグノリアもいるのよ! 黒竜なんてパパッと倒して、おうちに帰りましょ!〉

「……うん。そうだね、ピヨンちゃん」


 イセル坊ちゃまは頷いた後、それでも少し不安そうに私のスカートを摘まんだ。


「ぼくはだいじょうぶなのよ、マグぅちゃん。でも、おむねがちょっぴりドキドキするから、おててをつないでくれる? おやまにのぼるときも」

「承知いたしました。イセル坊ちゃまが魔の山を登るのは大変ですから、抱っこいたします」

「マグぅちゃん、ありがとう」


 イセル坊ちゃまとぎゅっと手を繋ぐと、後ろからテオドール様が呼びかけてきた。


「マグノリア、イセルの準備はいいか? そろそろ出発する」

「はい、テオドール様。問題ありません」


 イセル坊ちゃまは繋いでいないほうの手を拳にすると、高く腕を振り上げた。


「じゃあ、みんなでまのやまへしゅっぱーつ!」


 いよいよ黒竜討伐が始まる。

 これが、魔導人形としての私の最後の大仕事だ。


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