75:聖王に謁見
翌日、私たちは予定通りに聖王と謁見した。
悪趣味なほどにゴテゴテと金細工で飾られた玉座に座る聖王ランドルフは、昨日見かけた通り、外見はとても清廉で、儚げな微笑みを浮かべている。彼の背後には豪華絢爛な内装が広がっているので、チグハグ感が凄いわ。
ピリピリとした空気の中でテオドール様と聖王がお互いに挨拶をしてから、話が始まった。
「こちらはネルテラント王国クリストファー国王からの書状です。『まずはゼオン・フィンドレイとその妻サブリナの殺害事件について。そして息子のイセル・フィンドレイの拉致未遂事件が解決しなければ、ネルテラント王国はオウカ神聖王国と友好条約を結ぶ気はない』と仰せになっております」
テオドール様は厳しい表情で、ネルテラント王家の印が押された書状を聖王に渡した。
聖王は優雅な手つきで書状を開き、一読する。
「フィンドレイ公爵。私も、あなたのご家族に起こった不幸に、非常に胸を痛めております。サブリナは我が国の聖女でもありましたし、彼女の息子もまだ幼い。最初にネルテラント王家から書状をいただいた時から、私も何かお役に立てないかと考えておりました」
聖王は本当に胸を痛めているかのように、苦しげな表情を浮かべた。
聖女ヴェネッサの部屋で聖王がやったことを目撃していなかったら、聖王の迫真の演技に騙されてしまったかもしれない。
対するテオドール様は、白けたご様子だけれど。
「……ほう? では、我々の捜査に快くご協力いただけるということですかな?」
「ええ、もちろんです。というよりも、実はこちらも捜査をしておりましてね。ようやく昨日、夫婦を殺害し、ご子息を拉致するよう指示を出していた黒幕を捕らえることが出来たのです。今、あちらの扉の奥に真犯人を連行しております」
たぶん、あの扉の奥にヴェネッサが待機しているのでしょう。
これからヴェネッサが部屋に入ってきて、聖王の思惑とは反対に、自分ではなく聖王が真犯人だと弁明を始めたら、聖王の分厚い面の皮が剥がれるかしら?
すでにオリバー様が、私の横でわくわくした気持ちを隠し切れずにいた。
「さぁ、ここへ連れて来なさい。重罪人、ヴェネッサを!!」
聖王の指示を受けた使用人が扉を開けると――……、そこには誰もいなかった。
代わりに、慌てた様子で騎士がやって来る。昨日、聖女の部屋の前にいた人だ。
「聖王陛下、申し訳ありません!! 悪女ヴェネッサに逃げられました!!」
「はぁぁぁっっっ!!? 一体どういうことです!!?」
「侍女が身支度のためにヴェネッサの元に訪れたのですが、どうやらドレスについていた宝石で侍女を買収したようです!! 今、他の者たちが捜索しておりますが、未だ見つかっておりません!! あぁ、悪女め!! そのために宝石がたくさんついたドレスを用意させるとは……!!」
わ、わぁ……。ヴェネッサは結局自分で弁明する道を選ばずに、現状から逃げ出してしまったのね……。
やはり、まともな思考回路の人ではなかったわ……。
これには聖王も慌てふためき、「ルビウスの薬は失敗作だったのか……!? まさかドレスを使うとは……」と頭を抱えている。
「聖王陛下、問題はそれだけではありません!!」
「まだ何かあるのですか!?」
「悪女ヴェネッサは身支度のあと、こちらに来る前に結界維持をする予定でした!! つまり、本日の分の聖力がまだ注がれていません!!」
「なん、だと……」
あまりの衝撃的事実に、聖王の顔が真っ白どころか、灰がかった色になった。
さらに立て続けに、開いたままの扉から官吏がやってくる。
官吏は騎士の隣に立つと、「き、緊急事態です!」と口を開いた。
「今しがた、魔の山と王城を繋ぐ移転門から伝令が来ました! 魔の山の結界がついに崩壊したそうです! 火竜や雷竜や森竜といった黒竜の眷属たちが現れ、騎士団は壊滅状態とのこと! 現在は撤退を開始しております! 移転門に辿り着いた者たちから順に、王城に帰還する予定です!」
黒竜は飛竜種の頂点だ。様々なドラゴンを配下にしている。
雷竜は放電による攻撃をしてくるし、森竜はとにかく大きく力強い。
冒険者ギルドの過去の記録では、高ランクの冒険者が上手く連携すれば倒せたらしいけれど、現代は魔の山の結界のおかげで飛竜種と戦った経験がないから、手こずるかもしれないわね……。
そんなことを考えていると、玉座から立ち上がった聖王が激しく顔を歪め、怒鳴り始めた。
「なっ、何をやっているのですか、騎士団は!! 撤退などしたら、魔の山付近の村や町が襲われ、国民たちが私を非難するじゃないですか!! 戻って、ドラゴンたちを食い止めなさい!! なんのために武器や物資を周辺国から巻き上げていると思っているんですか!!」
「ですからっ、遠征した騎士団はすでに壊滅状態なのです! 一時城に戻し、貴族たちに招集をかけて戦力を集め、聖都にやって来る前に迎え撃つしかありません!」
「貴族たちに助力など求めたら、私は『初代聖女の結界を維持出来なかった男』として聖王の座から下ろされてしまうだろうが!!! 城内にいる騎士をすべて、魔の山に向かわせなさい!!! 聖都を守っている守備兵もだ!!!」
「へ、陛下……!? いったいどうされたのですか!? それでは騎士団全員が犬死してしまいます! 一時の恥であろうと、貴族たちに助けを求めるべきです!」
「聖王に汚点など作れるわけがないだろうが!!!」
「陛下……っ」
本性を表した聖王の苛烈さに、官吏と騎士が真っ青になっている。
私も男性の怒鳴り声が苦手だから、怖くて震えてしまう。こういう時だけ、自分の無表情さに助かっている。
「聖王陛下、まだ我々との話は終わっていないのだが?」
テオドール様はもはや見下した表情を隠さずに、ある書類を取り出した。
「あなたは聖女ヴェネッサを犯人に仕立て上げたかったようですが、こちらは本当の黒幕に繋がる証拠をいくつも手に入れているのですよ」
「……それは……っ!!」
「聖王家に仕えていた忍集団から入手したものです。我が兄ゼオンとサブリナ様への襲撃や、イセルの拉致に関する指令書です。あなたのサインもここにある」
「な、なぜそれをあなたが持っている!? もしや、ネルテラント王国へ向かわせた忍集団を全員殺したのか!?」
聖王はなぜか私のほうをキッと睨みつけた。
ひぇぇぇぇぇ……! わ、私、殺してないです……!
すると、ずっと隠れていたルビウスが姿を現した。
「違いますよ、聖王陛下。俺たちは殺されてはいません」
「なぜルビウスがここに!? あなたはネルテラント王国で捕らえられているのではなかったのか!?」
「自分の判断でフィンドレイ公爵に降りました」
「まさか、忍者のくせに聖王家を裏切ったというのか!?」
「今代の聖王には最期まで仕えられないと判断しただけですよ。結果として聖王家を裏切ることになりましたが、オウカ神聖王国を裏切ったわけじゃない。俺だけじゃなく、忍集団全員がこの判断に至りました」
「なんだと……!?」
聖王は周囲を見渡し、この場にいる人々の非難めいた視線に気が付いて、ふらりと体を揺らした。
聖女の逃走、結界の崩壊、騎士団の壊滅、そして忍集団の裏切りという凶事が立て続けに起こり、もはや自分に逃げ道がないことを悟って、絶望の表情を浮かべていた。
「し、仕方がなかったのですっ!! この国の民を守るためには……、いや、この世界を黒竜から守るためには、どうしてもイセル・フィンドレイが必要だった!! この国には彼を超えるほどの聖力保持者などいませんからね!! 私だってやりたくてやったわけでは……!」
みっともなく言い訳を始めた聖王に、突如、幼い声が問いかけた。
「しかたなくなんか、なかったよね? ほんとうは、ほかのほうほうもたくさんあったって、しってたでしょ?」
隠れ蓑術でトレフセンさんたちと一緒にいたはずのイセル坊ちゃまが、姿を表していた。
イセル坊ちゃまは怒った顔で聖王を見上げている。
「パパとママがてんごくへいっちゃったこと、しかたがないなんていわないで!」
私はイセル坊ちゃまをお守りするために急いで移動した。
完結まで書き上げたので、毎日更新します!
ぜひ最後までお付き合いください(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)”




