74:情報共有
「ハッッッ……!? 今、もしかして私、ランドルフ様の言いなりになってた……!? なんで……!?」
正気に戻ったヴェネッサは、今しがた体験したばかりの洗脳に、怯えた表情を浮かべた。自分の体を抱き締めて震えている。
あなたは惚れ薬を使われたんですよ、と説明すべきか迷ったけれど、そこまで親切にしなくてもいいかな。
私としては、ヴェネッサが嘘の自供をして聖王の罪が誤魔化されなければそれでいいもの。彼女の洗脳が解けた時点で達成出来ている。
聖王の思惑通りに明日の謁見にヴェネッサが参加しても、気の強い彼女なら、むしろ聖王の悪事を声高に説明してくれるかもしれないし。
私は静かに納得すると、黒竜に関する情報を集めるために他の部屋を探ることにした。
「ねぇ、ちょっと!」
次の間に移動しようとすると、ヴェネッサから声をかけられた。
「もしかして、あなた、私を助けたの……? 甘い香りがしたと思ったら、頭がぼんやりして、ランドルフ様の言うことをなんでも聞きたくなっちゃったんだけれど。ランドルフ様がいなくなってから、急に目が覚めたみたいな感じになったから。今この部屋にはあなたと私しかいないし……」
「……そうだとしたら、なんだとおっしゃるのですか?」
テオうさちゃんについて追及されたら面倒だわ。
素直にお礼を言うような性格には見えないし、厄介事の予感しかない。
警戒していると、ヴェネッサは「……ふぅん」と唇を尖らせた。
「あなた、私の専属侍女にしてあげる。またランドルフ様に変な暗示をかけられたら困るもの」
「お断りいたします。では、清掃の仕事がありますので、失礼いたします」
「ハァァァァ!? この私が専属侍女にしてあげるって言ってるのに!! なに断ってるのよ!!」
私にはお守りすべきイセル坊ちゃまがいるし、結界の維持をする時以外は部屋に監禁されている人が、専属侍女のお給金をどうやって支払っていくつもりなのでしょう……。
隣の部屋は寝室のようだ。
目当ての本棚があったけれど、案の定、破壊の限りを尽くされていて、床に大量の書物が散乱している。
本のページは破り捨てられ、革の表紙はズタズタに切りつけられ、背表紙まで裂かれている。しかもそれが数十冊もあり、床に散らばっているページがどの本のものなのかパッと見ではわからない。
本の修復の知識はあるけれど、これは時間がかかりそうだわ……。
「あ、でも、黒竜の挿絵があるページがいくつか落ちているわ。『黒竜の観察記録』と書かれた表紙も落ちている。ここにある紙の山が黒竜関連の書物であることは間違いないわね……」
ボソボソと独り言を呟いていると、背後からまたヴェネッサに声をかけられた。
「あなた、黒竜の情報がほしいの? なら私が教えてあげるわよ? あなたが専属侍女になる交換条件だけれどね」
「……どうしても専属侍女にならなければならないのですか?」
「そうよ! だって、もう一度ランドルフ様に操られたら、明日の謁見で嘘の自供をしちゃうのよ? 私がすべての犯人にされちゃうじゃない!」
あなたはサブリナ様を国外追放にさせた犯人の一人ではあるのですが。
国外追放のおかげでイセル坊ちゃまが誕生しているので、私からはとやかく言えない。
「操られたフリをしていればよろしいかと。そうすれば再度惚れ薬を使われることもありません。そのまま謁見の場に出て、ご自分の口から釈明すればよろしいのではないでしょうか?」
私の言葉に、ヴェネッサはハッとした表情になった。
どうやらそのことを思いついていなかったらしい。
「あなた、なかなかやるわね……」
「打開策をお教えしたので、代わりに黒竜についてお教えください」
「専属侍女にしたかったけれど……、まぁいいわ。私、自分以外の女って嫌いだし。黒竜の情報って、何を知りたいわけ?」
「弱点を知ることが出来れば一番いいのですが、基本的になんでも」
「さすがに弱点は知らないわ。じゃあ、知ってることを全部教えてあげる」
彼女はそう言うと、シーツがぐしゃぐしゃのベッドに腰かけて、黒竜の話を始めた。
「これは私の家に伝わる、黒竜の話だけれど――……」
▽
テオドール様が宿泊されている客室に戻ると、ちょうどルビウスの姿があった。
魔の山から帰ってきたばかりらしく、旅装に汚れが付いている。艶やかだった赤髪も風雨でバサバサになり、ご自慢の顔にも土汚れがついていた。
「帰還されたのですね、ルビウス。魔の山はどんな様子でしたか?」
「今からフィンドレイ公爵に報告するところだ。マグノリアも聞いてくれ」
「はい。私からも報告があるので、ちょうどいいです」
ソファーに腰かけているテオドール様に挨拶をしてから、すぐにそれぞれの報告に移った。
「ルビウス殿、現場の状況はどのようだった?」
「民の間で広がっていた噂は本当でした。魔の山の麓には騎士団が陣を敷き、結界が脆くなってきたところから這い出てくるワイバーンを追い返そうと、懸命に戦っておりました」
「討伐は成功してはいないのか?」
「何体かは討伐出来たようですが、騎士団も疲弊しております。戦線離脱を余儀なくされた騎士も増えております」
やはり、魔の山周辺はかなり厳しい状況のようだ。
そういえば、以前ピヨン様が召喚してしまったワイバーンを黒い穴から返却したけれど、あれって魔の山に返却してしまったのよね。
騎士団を驚かせてしまったのでしょう……。
「魔の山周辺の住民に被害は?」
「周辺の民はこの数年の間に避難を完了しておりました」
「物資の配給はどうなっている?」
「周辺国から巻き上げた物資を中心にきちんと配給されていました。聖王もさすがに兵站の重要性は理解しているので」
「そうか。だが、起死回生の一手がなければどうしようもないな。聖王がイセルを手に入れるために手段を択ばないわけだ」
テオドール様が皮肉げに言う。
魔の山周辺の報告が終わると、次は私が手に入れてきた情報を共有する。
「聖女ヴェネッサの部屋に入ることに成功いたしました。そこで、聖王がヴェネッサに惚れ薬を使用し、洗脳しようとしているところを目撃しました。聖王は、明日の謁見の場にヴェネッサを連れていき、彼女がすべての黒幕だと嘘の自白をさせようとしていました」
「待って??? 侵入して早々、なんてものを目撃しちゃってるの、マグノリアちゃん???」
ルビウスの話の時はテオドール様の後ろに控えて静かにしていたオリバー様が、激しいツッコミを入れてくる。
テオドール様も目を見開き、ロイドさんも驚き顔だ。ルビウスは「うわっ、聖王に俺の研究室を漁られたな……」と頭を抱えている。
「くだらない企みだ。聖女ヴェネッサを犯人に仕立て上げたところで、こちらには忍集団から受け取った証拠がある。ゼオン兄上とサブリナ様の殺害、イセルの拉致未遂に関する動かぬ証拠がな」
「大丈夫です、テオドール様」
私が声をかけると、テオドール様は微かに肩を揺らした。
「聖王が退室されたあと、テオうさちゃんを使ってヴェネッサの洗脳を解きました」
「……そ、そうか。ご苦労だった」
「じゃあ、聖王は聖女が洗脳されたままだと思ってるわけ? それなら明日の聖王の反応が見ものだな~」
オリバー様はちょっと悪そうな顔をして笑っている。
「洗脳が解けたヴェネッサから、生家で伝わっている黒竜の話をお聞きすることが出来ました。……もしかすると魔の山の黒竜は、複数いるかもしれない、と」
私の言葉に部屋の中が一瞬静まり返り、すぐに騒然となる。
ヴェネッサから聞き出した情報を、私は一から順に説明した。




