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72:聖女ヴェネッサ



 私たちは無事に、聖都へと到着した。

 冒険者ギルドのメンバーは城下の宿に泊まる予定なので別行動となり、私たちはまっすぐ王城に向かった。

 王城の方々にとっては想定外に早い訪問だったけれど、オウカ神聖王国の使節団メンバーが仲立ちをしてくださったので、聖王ランドルフへと報告が行き、明日の謁見と王城の滞在許可を取ることが出来た。


 テオドール様のために用意された広い客室で、私は疲れた様子のイセル坊ちゃまとピヨン様を寝室のベッドに寝かしつけると、護衛を忍者たちにお任せする。


「テオドール様。イセル坊ちゃまを寝かしつけました」

「……そうか。ありがとう、マグノリア。ご苦労だった」


 やはり、テオドール様が妙によそよそしい気がする。

 気になるけれど、今は黒竜の情報を調べに行くチャンスである。テオドール様の件は一旦脇に置かなくては。


「私は黒竜の情報を調べるために、聖女ヴェネッサの部屋に行ってまいります。この客室には護衛長のロイドさんも忍者も、切り札のピヨン様もいますので、私が抜けても守りは万全かと」

「あ、あぁ、そうだな……。だが、マグノリアだけで大丈夫だろうか? ここは敵地だ。きみにも護衛が必要だろう? オリバーでもつけるか?」

「テオ様。マグノリアちゃんを心配し過ぎて目が曇ってますよ。マグノリアちゃんが勝てない敵に、俺のこの細腕で勝てるとでも???」

「……それはそうか。そこにいる忍者たちよ、この城の見取り図と隠し通路をマグノリアに教えるんだ」

「承知したでござる」


 トレフセンさんから城内について教わった後、「マグノリア殿。ついでにこの城の侍女服を着用するとよいでござる。洗濯場から、クリーニング済みのものをちょろまかしてきたでござるよ」と侍女服を渡された。


 さらにテオドール様が「念のため、イセルのぬいぐるみを持っていきなさい」と、テオうさちゃんを貸してくださった。


 テオうさちゃんはルビウスの時に使った後、イセル坊ちゃまが再び聖力を補充してくださったのだ。しかも使える回数が前回より増えて、二回まで使えるらしい。

 イセル坊ちゃまはどんどん成長されているのだ。


「ありがとうございます、テオドール様、トレフセンさん」


 というわけで私はオウカ神聖王国王城の侍女に扮して、客室を出た。





 聖女の部屋に続く廊下を進んでいると、前方から話し声が聞こえてくる。


「あーあ、嫌になっちゃう。悪女ヴェネッサに食事を持っていけって、侍女長から仕事を押しつけられたわ。あんな嘘吐き女のお世話なんかしたくないのにっ!」

「私だって最悪よ! 明日、聖王様が他国の使節団と謁見するんだけれど、なんでか悪女も同席させるんだって。悪女のドレスや宝飾品の手入れをしなくちゃならないんだから! ねぇ、食事を運び終わったら私のほうも手伝ってよ。猫の手も借りたいくらい忙しいの!」

「えー、あんたも可哀想ね~。でも、ドレスの手入れなら、まだあの悪女の顔を見ずに済むだけラッキーじゃない?」

「それはそうだけれど。細かいものの手入れって面倒じゃん~」

「まぁ、食事を運び終えたら手伝うわよ」

「ありがとう~! 本当に助かる~!」

「代わりに、侍女長にまた悪女の食事当番を押しつけられた時はよろしく」

「最悪~」


 聖女の食事が乗ったワゴンを押している侍女と、聖女の衣装室に向かう侍女が、愚痴を言い合っているらしい。


 ……そうだわ。せっかくこちらの侍女に扮しているのだし……。


「先輩方、初めまして。本日より王城侍女になりました、デボラと申します。侍女長より、聖女様の食事当番をするようにと申しつけられましたので、仕事を代わります」


 勝手にデボラ王妃殿下のお名前を偽名にしてしまったが、お友達なので謝ったら許してくださるはず。……許してくださるといいな……。


 私が話しかけると、先輩方は「嘘!? ラッキー!!」「なら、聖女の食事はこの子に任せて、あんたはこのまま衣装室ね!」と喜んだ。

 見知らぬ新人侍女を疑うよりも、嫌な仕事から逃れたいらしい。


「一応注意事項だけれど、悪女が何を喚いても無視していいから。物を投げられたり、怪我をしそうになったらすぐに逃げなさい。じゃあ、悪女の食事当番よろしくね!」

「承知いたしました」


 聖女ヴェネッサは猛獣扱いでもされているのかしら……?

 不思議に思いつつも、衣装室に向かう先輩方を見送り、私はワゴンを押して聖女の部屋へ向かう。


 重厚な扉の前に騎士二人が立っていたので、「聖女様へお食事です」と告げる。

 すぐに中に通され、再び扉が閉まった。


 部屋の中を進んでいくと――……カーテンは破れ、壁紙は剥がれ、花瓶やインク壺といった小物や、テーブルや椅子などの比較的軽い家具が床の上に散らばっている。重い家具は倒せなかったらしく、代わりに傷だらけになっていた。

 どうやら聖女ヴェネッサは部屋の破壊工作に勤しんでいたらしい。


「こんなはずじゃなかったのに! お姉様が贅沢三昧しても許されているから、私も聖女になれば優雅に暮らせると思ったのに! 毎日毎日こんな狭い部屋と結界維持装置のある部屋を行ったり来たりするだけ! 聖力を毟り取られて体もしんどいし、もう嫌っっっ!!」


 聖女ヴェネッサは二十代前半くらいの女性だった。

 髪や瞳の色は暗色だけれど、イセル坊ちゃまの漆黒を見慣れている私には、ダークブラウンくらいの色味に見えた。

 可愛らしい顔立ちをしているが、半乱狂状態なので見るに堪えない。


「ヤダヤダヤダヤダ!! こんなの、ちっとも幸せじゃない!!」

「聖女様、お食事をお持ちいたしました」

「キャアッ!? あんた、いつからいたのよ!? まったく気配がなくて怖っっっ!!」


 驚いているヴェネッサを尻目に、私は黒竜の情報を探すためにまずは掃除を始める。

 倒れているテーブルや椅子を戻して、ピカピカに拭き、ついでに割れた花瓶やインク壺を回収して、足元も安全にしておく。


「ねぇ、私を部屋の外に出しなさいよ!! こんな生活はもう嫌!! 実家に帰るわ!! だって両親のほうが私を甘やかしてくれて、いい暮らしをさせてもらえたもの!!」


 床に本は一冊も落ちていなかった。書類や手紙も一枚もない。

 どうやら黒竜関連の書物があるのは、この部屋ではないらしい。

 奥にも扉があるから、このまま彼女の世話をする振りで他の部屋を探してみましょう。


「ちょっと!! 私の話を聞きなさいよ!!」


 聖女ヴェネッサが手当たり次第に物を投げつけてきたので、私はそれをスイスイと避けながら、テーブルに料理を並べる。

 空腹だとイライラや絶望感が増すと聞いたことがあるし、食事をして落ち着いてほしいわ。


 すると、聖女ヴェネッサは私の横からテーブルに手を伸ばし、カトラリーのナイフを掴んだ。

 そして私の目の前にナイフを突きつける。


「早く私を外に連れて行きなさい!! あなた、殺されてもいいの!?」


 私は冷めた目で彼女を見つめた。

 そんなナイフの構え方では、私を殺すことなんて出来ない。私は彼女がナイフを振り下ろすより早く、彼女を無力化することが出来る。


「……聖女様がお役目から逃げたら、結界が崩壊します。黒竜が再び魔の山から出て、この国の人々を襲いますよ。それでも構わないのですか?」

「他人のことなんかどうでもいいわ!! 自分の幸せを優先して何が悪いの!? 私は私が幸せになるために生きているの!! そのために国民が何人死んだとしても気にしないわ!!」


 自分の幸せを優先することは、何も悪くない。

 自分を幸せに出来るのはこの世に自分だけだから、自分で精一杯足掻くべきなのでしょう。


 でも、自分が幸せになるためには、ほかの人たちも幸せでいてくれないと、結局、自分の幸せまで脅かされてしまう。

 自分の幸せを守るためには、ほかの誰かの幸せも守らなくてはいけないのだ。


 聖女ヴェネッサは視野狭窄な考え方をする人で、そんな当たり前のこともわからないのだわ。


「残念な方ですね……」

「はぁ!? なっ、何よ、その言い方……!?」


 するとそこで、廊下のほうから物音が聞こえてきた。続いて騎士たちから「聖王ランドルフ陛下!」と話す声も。


 どうやら聖王ランドルフが聖女の面会に来たらしい。


 私は急いでヴェネッサから離れると、身を隠す場所を部屋の中に探して――……隠れる場所がなかったので、忍者から教わった隠れ身の術で壁と同化する。


「え!? ちょっと、あの侍女、一体どこに消えたの……!?」


 オロオロしている聖女の元へ、一人の男性が現れる。

 聖女はハッとしたように顔を上げて、彼を見つめた。


「ら、ランドルフ様……!!!」


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