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71:移転門



 出発前夜に庭でお話をして以来、なんとなくテオドール様から距離を取られているような気がしつつも、私たちネルテラント王国使節団は旅立った。

 ネルテラント王国使節団のメンバーは、リーダーのテオドール様が率いるフィンドレイ公爵家一行と、王家が選抜した官吏たちだ。そしてイセル坊ちゃまとピヨン様が、忍者たちに匿われてこっそり同行している。

 国の機関ではなく国際機関である冒険者ギルドは、そこに便乗している形だ。


 オウカ神聖王国までの旅路は、改心したオウカ神聖王国使節団の方々が案内してくれる。

 長旅になるので、道中の不便さや想定外の危険に見舞われることも覚悟していたけれど――……、実に平和な旅路が続いた。

 そもそも、ピヨン様から特大の幸運を与えられているイセル坊ちゃまがいらっしゃるのだ。

 天候も良好で、魔物や盗賊などのアクシデントもなく、順調に進んだ。

 さらに、長旅ですらなかった。

 ネルテラント王国の国境を越えて、隣国に入ると、忍者たちが近道を教えてくれたのだ。


「某たちが使っている、秘密のルートをお教えするでござるよ。初代聖女サクラ様がお作りになった、移転用の大型聖具が各地にこっそりと設置されているのでござる。その名も『どこだってドア』!!!」

「変わった製品名ですね……」

「サクラ様が残されたお言葉によると、『チョサクケン的な問題があって。これはオマージュ』らしい。まぁ、某たちは移転門と呼んでおるがな。行先は固定されており、この移転門はオウカ神聖王国の国境付近に通じておる。我が国の使節団も移転門を使って、貴殿たちの国へと赴いたのだ」


 寂れた農村にある森の奥に、大きな移転門が隠されていた。

 使い方を知らなければ、ただの古びた石の台座のように見える。

 しかし一度稼働させれば、台座が輝き、巨大な光のゲートが出現した。


 光のゲートを馬車で潜ると、一瞬にして景色が変わり、荒涼とした崖地帯に出る。

 どうやらもう少し進んだところに、オウカ神聖王国の国境があるらしい。


 あまりの出来事に、全員が馬車や馬から下りて、移転したことを確認するために周囲を歩き回ってしまう。

 テオドール様やオリバー様、ロイドさんも驚いた表情をしていた。


「本当に移転した……。この先にオウカ神聖王国の国境があるのか……」

「ひえ~! こんな物を作っちゃうなんて、魔の山の結界以外でも、初代聖女様の功績ってマジですごいんですね~!」

「これのせいで、フィンドレイ公爵家に次々と忍者がやって来たというわけですか」


 しかし、一番驚いていたのはギルドマスターや冒険者たちだ。


「なんて素晴らしい聖具なんだ!! 冒険者ギルドにも置きたいんだが、どこに発注すれば作ってもらえるんだ!?」

「秘境や僻地に移転門を置いておけば、探索の最中でも頻繁に街へ帰れるってことじゃん!? 子供の誕生日に帰るのが間に合わなくて、妻に怒られることもなくなるじゃねーか!!」

「ギルドマスター!! ギルドの予算で移転門買ってくださーい!!」


 彼らが騒ぐのも無理はない。

 移転先が固定されているとはいえ、移動時間を大幅に短縮出来るのだから。


 しかし、忍者のトレフセンさんとフジバヤシさんは首を横に振った。


「移転門をお作りになったのは初代聖女サクラ様だと、某は言ったはずでござるよ。新しいものが作られることはないのでござる」

「某たちも、現存している移転門を大切に使っているのだ」

「そ、そんな~!!」

「冒険者の夢が~!!」


 打ちひしがれる冒険者一行を見て、ピヨン様が言った。


〈これくらいの聖具なら、イセルもいずれ造れるようになるわよ。材料自体はシンプルだもの〉

「ぼくもつくれるの? じゃあ、おとなになったらいっぱいおでかけできるのね!」

〈それなら、いつか妖精の里に案内してあげるわ。人間の足だと何十年もかかる場所にあるけれど、移転門ならすぐだもの〉

「ピヨンちゃんがまえにくらしてたばしょにいけるの? やったぁ! ぼく、とってもたのしみなの! がんばって、いてんもん、つくれるようになるのよ!」


 喜んでいるイセル坊ちゃまの足元に、冒険者たちが這いつくばる。


「イセル様!! 冒険者ギルドにも移転門を売ってください!! 十年、二十年先の話でもいいので、予約を入れさせてください!!」

「さすがは、あの殺戮人形が仕えているだけある天才児だぜ!! お願いします、イセル様……!!」

「マジでよろしくお願いしますー!!」

「わかったの! よやくしてあげるね!」

「ありがとうございます、イセル様!!!」

「マジでイセル様は冒険者たちの救世主だぜー!!!」

「ひゃっほー!! これで秘境からすぐに、ふかふかベッドのある宿に帰るのも夢じゃなくなったー!!」


 すでにイセル坊ちゃまの珍しい黒髪や黒い瞳、妖精の存在にも慣れた冒険者たちは、イセル坊ちゃまの聖人としての能力をまったく疑っていなかった。

 おかげで、私がシングルマザーだという噂もいつの間にか消えたらしい。


「さて皆の者、そろそろ移動するでござるよ! 国境から聖都まで三日はかかるのでな!」


 トレフセンさんの一声に、私たちはまたそれぞれ馬車や馬に乗り、移動を再開した。





「……なに? ネルテラント王国使節団がやって来たのですか? 我が国の使節団もまだ戻っていないのに?」


 突然の報せに、聖王ランドルフは困惑の声をあげた。

 報せを持ってきた城の者は、「それが、我が国の使節団も同行しております。案内役をしていたようです」と答える。


(私の計画では、ルビウスにフィンドレイ公爵家の護衛侍女を篭絡させて、イセルを誘拐させるつもりだったが……。ルビウスの奴め、失敗したな?)


 聖王は城の者に尋ねる。


「使節団に同行していた、カッターモール公爵家のルビウス殿はどうされていますか? ネルテラント王国の方々に会う前に、話したいことがあるのですが」

「ルビウス・カッターモール様は同行されておりませんでした。どうやらネルテラント王国のご婦人にちょっかいをかけたようで、王城に捕らえられているとか。お酒でも飲み過ぎて、羽目を外してしまったのでしょう。あの方は我が国でも有名な遊び人ですから」

「……なんと、それは。嘆かわしいことです」

「まぁ、カッターモール公爵家が賠償金を支払えば、それで済むでしょう」


 大方、手を出してはいけない身分の女性と火遊びをしてしまって、相手の家族が怒っているのだろう、というふうに城の者は言った。

 忍者であることを隠し、百戦錬磨のルビウス・カッターモールの評判を考えれば、当然の反応でもあった。


 だが、聖王はさらに気が重くなった。


(イセルの誘拐を失敗したどころか、こちらの計画が露見したと考えるべきだな。ならば、向こうの使節団のメンバーにフィンドレイ公爵もいるのだろう)


 城の者に尋ねれば、やはり、ネルテラント王国使節団のリーダーがまさしくテオドール・フィンドレイ公爵であった。


(……弱ったな。イセルの誘拐未遂はネルテラント王国国王にも伝わっている。すでに抗議文も来ている。いっそここでフィンドレイ公爵を亡き者にすれば、ネルテラント王国にいるはずのイセルの守りも弱まって、手に入れやすいだろうが……。それでは完全にネルテラント王国にバレてしまう。ネルテラント王国が私を糾弾すれば、国民からの支持が失われて、聖王の座から転がり落ちてしまう。……しかし、ここで手をこまぬいていれば、魔の山の結界が崩壊し、結局私の王位を維持することが出来ない……!)


 どうすれば自分が責任を負うことなく、聖王の地位を守ったまま、魔の山の結界のためにイセルを手に入れられるか。


 聖王は考えて――……、そういえば王城にあるルビウスの研究室にアレがあったな、と名案を思い付いた。


「ネルテラント王国の使節団には、明日、謁見の時間を作ると伝えてください。あちらも旅の疲れもあるでしょうし、なにぶん急な訪れですから」

「畏まりました」

「それから、謁見にはヴェネッサも同行させます。彼女の身支度をしておいてください。……彼女の好きな煌びやかなドレスに、豪奢な宝飾品をうんと用意させるのですよ」

「あの悪女……、おっと、聖女ヴェネッサ様もですか? では、侍女たちに命じておきましょう」

「彼女の金遣いの荒さには私もほとほと困っておりますが、我が国のたった一人の聖女様ですから。残念ながら従うよりほかはありません。では、よろしく頼みましたよ」

「おお、ランドルフ陛下をお悩ませするとは、なんて罪深い……。ですが、お言いつけの通りにいたします」


 聖人君子らしく慈愛に満ちた微笑みを浮かべる聖王に、城の者はポ~っと見惚れつつも一礼した。


 城の者が退室すると、聖王はガラリと雰囲気を変え、……悪辣に笑った。


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