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7:テオドール・フィンドレイ



 まずは侍女長に、これから私が住み込む部屋へ案内された。

 使用人用の部屋なので狭いけれど、清潔なベッドと衣装ダンスが用意されていた。衣装ダンスの中にはお仕着せの黒いワンピースと白いエプロン、焦げ茶色のブーツが入っている。


「通常ならば食事や入浴に関する説明をするのですが、あなたは魔導人形なので、その必要はありませんね」


 ハッ……!! 魔導人形だと食事が出てこないの……!?

 そ、それもそうよね……。


「マグノリアにはベッドも不要でしょうが、部屋から移動させるのも大変ですので、このまま置かせてください。申し訳ないけれど」

「いいえ、とんでもないことでございます!!」


 自分の嘘のせいで食事や入浴の問題が出てきたけれど、ベッドがあるおかげで寝る場所は確保出来てよかったわ……!


 食事や入浴は、終業後にこっそり街へ出ないと駄目かしら。

 ……あれ、でも、魔導人形ってお給金をいただけるの……?


 さらに最悪の事態に気が付いた私は、若干顔色を青くしつつも無表情で尋ねる。


「あ、あの、侍女長。私のお給金のほうは……」

「お給金ですか? ……ああ、もちろん用意しますよ。とりあえず前払いしておきましょう」


 よ、よかったわ……!!

 お給金があれば、とにかく食料は買えるもの……!!


 侍女長はエプロンのポケットをごそごそ漁ると、「はい、これですよ」と私の手に何かを押しつけた。

 ……なんだか、硬貨の形じゃないみたい。小さいけれど多面的で、ある程度厚みがあるわ。


 手を開いて、侍女長から手渡されたものを確認すると――……魔石だった。

 魔石は魔物から取れる魔力の塊で、魔導具の原動力として使われることが多い。

 私に渡された魔石は内包する魔力が多く、キラキラと輝いている。最新の魔導人形がどれほど魔石を消費するか分からないけれど、かなり質の良い魔石を用意してもらったようだ。


「今あなたを動かしている魔石が消耗する前に交換するのですよ。必要な時はいつでも支給いたしますので、早めに申し出なさい」

「……はい。ありがとうございます、侍女長」


 人に嘘を吐くということは、こんなふうに自分を窮地に陥らせるのね……。

 それでもここで「嘘を吐いて申し訳ありません。本当は人間です」と告げることが出来ないことが、私の弱さだわ。

 ごめんなさい、侍女長。


 私は魔石をギュッと握りしめ、侍女長に頭を下げた。





 お仕着せに着替えたあとは、侍女長に屋敷を案内してもらった。

 侍女長から「マグノリアなら簡単に間取りを覚えられるでしょう」と魔導人形頭脳を期待されて怖かったけれど、フィンドレイ公爵家はネルテラント王国中期に主流だった建築様式そのままだったので、それほど難しくはなかった。

 列柱に施された特徴的な彫刻を見るに、建築史に名を遺す建築家ドルファン五世が建てたものだろう。彼に関する書物も何冊か読んだことがある。


「あなたは歩く姿も完璧ね。まるで高位貴族のご令嬢のようだわ」

「きょ、恐縮です……」


 騙している罪悪感で、胸がズキズキする。

 かつての家庭教師からも『マグノリアお嬢様は体幹がしっかりしているのでしょうね。すべての所作にブレがなく、お手本のように美しいです』と好評だった。

 叔父様からは『お前の動作はからくりのようで気味が悪い』と言われたけれど。


 屋敷案内の途中でたまに使用人を見かけた。

 侍女長が相手を呼び止めて「子守り用魔導人形を導入することになりました。マグノリアですよ」と私の紹介をしてくださった。

 使用人たちはみんな驚きに目をまるくしたけれど、すぐに受け入れてくれた。

 騙している罪悪感がさらに増大する。


 それにしても、フィンドレイ公爵家は思ったより使用人の数が少ないかも……。

 少数精鋭なのかしら?


「このあとはイセル坊ちゃまにマグノリアを紹介いたしましょう」

「はい」


 イセル坊ちゃまの名前は、先ほど家令も口にしていた。

 あの時は魔導人形のフリをしようと必死だったから聞かなかったけれど、どんな子なのかしら……?

 今の公爵様はまだご結婚されていないから、お子様もいらっしゃらないと思うのだけれど。


「あ、あの、侍女長。イセル坊ちゃまについてお聞きしてもよろしいでしょうか……?」

「そうですね。いくら魔導人形とはいえ、何も情報を与えずにイセル坊ちゃまのお世話をするのは難しいですものね。イセル坊ちゃまは……」


 ちょうど玄関ホールに差し掛かったところで、侍女長の説明が途切れた。

 使用人たちが集まっていて、正門のほうから馬の蹄と車輪の音が聞こえてくる。


「公爵家当主のテオドール様がお帰りになったようです。私たちも出迎えましょう」

「はっ、はいっ」


 フィンドレイ公爵様にこんなに早くお会いすることになるなんて、緊張してしまう。

 私は子爵位を引き継いでいたけれど、王家の式典や催しに参加したことはなかった。

 上位貴族は強制参加だけれど、下位貴族は王都への旅費を捻出するのも大変だから参加が任意なのである。

 叔父様の支払いで精一杯だったので、ありがたく不参加のお返事をしていた。

 それゆえフィンドレイ公爵様とはお会いしたことがなかった。


 先代公爵様はとても冷酷で、ガラス職人に刺殺されるくらいに多くの人から恨みを買った人物だけれど。今の公爵様はどんな方なのかしら?

 怖い人じゃありませんように。私が魔導人形じゃないとバレた時、クビ程度で済みますように……!


 侍女長の隣に並んで頭を下げていると、横で侍女長が「さすがは魔導人形ね。お辞儀の角度まで美しいわ」と感心したように呟いた。

 それほど人形っぽいのなら、公爵様に一目で私が人間だとバレるようなことはないかしら……?


 淡い期待を抱えていると、外で馬車が停まり、玄関扉が開く音がする。

 家令の「お帰りなさいませ、テオドール様」という声が聞こえ、その後すぐに靴音が響いた。


「王都のほうの問題は解決した。オリバーに事後処理を任せてきたが、ふた月もすれば戻ってくる」

「はい。テオドール様のお役に立てて、息子も喜んでいるでしょう」

「私がいない間、領地や屋敷に問題はなかったか? イセルの様子はどんなだ?」

「領地経営に関するお急ぎの書類は執務室に用意してありますので、のちほどご確認をお願いいたします。イセル坊ちゃまは、……相変わらずのご様子です」

「……そうか」

「ですが喜ばしい報告もありますよ、テオドール様。あの高名な魔導具師メイソン氏が、子守り用魔導人形の依頼に応えてくださったのです」

「ほう……。魔導人形はもう屋敷に届いているのか?」

「はい、あちらに」


 わ、私の話だわ……!

 一介の侍女なら公爵様にご挨拶する機会などないのに、私が魔導人形のフリをしたばかりに……!


 私は冷や汗を流しながらも、家令から促されて顔をあげた。


 目の前には、ブルーグレイの髪に灰色の瞳をした青年が立っている。年頃は二十代前半くらいだろうか。

 目鼻立ちが整っていてとても美しい人だけれど、眉間に寄った深いシワが神経質そうだ。

 こちらを見る眼差しが鋭くて、今すぐにも噓がバレてしまいそうで怖い。心臓がバクバクする。


「こ、公爵様にご挨拶申し上げます。『子守り用魔導人形マグノリア』です。公爵様のご期待に沿えるよう、誠心誠意努める所存でございます」


 どうにか自己紹介をすると、公爵様は突然手を伸ばして、私の顎をむんずと掴んだ。

 痛みはないけれど、触られると体温や脈拍で人間だとバレそうで怖い……!


 公爵様は冷たい瞳で私をジッと見つめた。


「……これが魔導人形か。かなり精巧だな。人工皮膚の質感もまるで本物のようだ。わざわざ人肌の温度にしているのか」

「子守り用だと使用目的をハッキリ伝えていたので、メイソン氏が考慮してくださったのでしょう。子供には他者の温もりが必要不可欠ですから」

「この青い瞳は……ガラスではないな? 魔石というわけでもないようだが……なかなか美しいな。メイソン氏は美術家としても優れているようだ」


 せっかく褒めていただいているというのに、照れたり喜んだりするような精神的な余裕がない。ただただ胃が痛いわ。


 公爵様に顎を掴まれたまま無表情でプルプルしていると、侍女長が公爵様を止めた。


「テオドール様、魔導人形とはいえマグノリアは淑女です。むやみやたらに触れてはいけません。顔を近付けるのも失礼ですよ」

「……確かに品がなかった。マグノリア、すまなかった」

「い、いいえ。とんでもないことです」


 公爵様が手を離してくれた瞬間、私はシュンッと猛スピードで侍女長の横に戻った。

 それを見た公爵様は、「さすがは魔導人形だな。人間では出せない瞬発力だ」と感心している。ただの身体強化です。


 公爵様はそのまま家令と一緒に階段を登っていき、お姿が見えなくなると、使用人たちはそれぞれの仕事に戻っていく。


 無事に第一関門を突破出来てしまったわ……。


「さぁ、マグノリア。イセル坊ちゃまのもとへ行きましょう。イセル坊ちゃまについて、途中で説明いたします」

「はい、侍女長」


 息を吐く暇もなく、第二関門がやって来る。

 子供は大人よりも敏感で鋭い生き物だ。イセル坊ちゃまに私が魔導人形ではないことがバレて、公爵様に告げられてしまったらどうしましょう……。


 私は再びヒヤヒヤしながら、侍女長のあとに続いた。


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