69:旅支度
魔の山にいる黒竜を討伐する、と目標を定めたイセル坊ちゃまは今――……幼児用の忍び装束を身に着けて、忍者の卵に扮していらっしゃいます。
「マグぅちゃん、みて! にんじゃのおじさんが、かみでシュリケンをつくってくれたのよ! かっこいーでしょ!? てやー!」
「イセル坊ちゃまはいつでも可愛らしく格好良いです。手裏剣投げもお見事です」
私はパチパチと両手を叩く。
あぁ、なんて可愛らしいの……!
ルビウスの逮捕により夜会は中断になってしまったけれど、使節団歓迎の催しはすべて終わっていたので、私たちは王城からフィンドレイ公爵領に戻った。
そして今はイセル坊ちゃまのお部屋で、オウカ神聖王国へ行く準備をしている最中だった。
私は明後日の方向に飛んでいった紙製の手裏剣を回収し、イセル坊ちゃまの手にお戻しする。
イセル坊ちゃまは再び楽しそうに紙製の手裏剣を投げた。
〈紙でおもちゃを作るなんて、忍者は指先が器用なのねぇ〉
「折り紙とおっしゃるそうですよ、ピヨン様。そうでしたよね、忍者の皆様?」
私が壁の方向に問いかけると、壁と同じ柄の布を使って同化していた二人の忍者が姿を現した。
「さよう。初代聖女サクラ様がお教えくださった技術でござる。オウカ神聖王国では忍者だけではなく、一般の民らも折り紙を習得しているでござるよ」
「我が国の工芸品としても有名だ。この千代紙も、サクラ様がもたらしてくださった異世界の知識で作られている」
一人はルビウスの先輩で、語尾にやたらと『ござる』を付けて喋るトレフセンさん。
もう一人は公爵家に忍び込もうとして私に捕まった、上忍のフジバヤシナガトノカミさんだ。
フジバヤシさんの名前は上忍だけが許される特別なコードネームらしい。ほかにもハットリハンゾウとか、モモチタンバなどがあるそうだ。
トレフセンさんとフジバヤシさんは、ルビウスの仲介もあり、イセル坊ちゃまに浄化されて、一時的に協力関係になっている。
彼らも聖王ランドルフより国民の安全が大事と考えている。黒竜討伐後はこれまでの罪を償うとも約束してくれた。
ほかにも、ルビウスと一緒に入国していた数名の忍者と、使節団のメンバーに浄化が掛けられていて、全員が聖王ランドルフへの忠誠心をなくしている。
「イセル様のおかげで某も目が覚めたでござるよ。忍集団は聖王家に仕えるために存在しているでござるが、そもそも、人の道に外れた主君に仕えてはならなかった。ご両親のことは誠にすまなかったと思っておる」
「某も同感だ。それに、貴殿にあっけなく敗北して、己の未熟さを痛感した。国内で上忍を気取っていたが、世にはまだまだ上がおるのだな……」
すっかり反省してくれている二人に、私は改めて今後のことをお願いする。
「作戦はすでにテオドール様からお聞きだと思いますが。私たちはネルテラント王国の使節団として、オウカ神聖王国へ入国いたします。聖王ランドルフへ謁見し、今まで彼が犯した罪を問います。そして聖王ランドルフが正式に謝罪し、きちんと罪を償うのなら、イセル坊ちゃまも魔の山に向かい、黒竜討伐を開始する予定です」
トレフセンさんとフジバヤシさんは真剣な表情で頷く。
「ですが、聖王ランドルフが罪を認める前にイセル坊ちゃまの存在に気付かれたら、何をされるかわかりません。王城に滞在中は、あなたたち忍集団にイセル坊ちゃまを匿っていただきます。私も精一杯サポートいたしますので、何卒よろしくお願いいたします」
「あぁ、某たちに任せるでござる。イセル様を忍者の卵として偽り、しっかりとお守りするでござるよ」
「この身に代えてもイセル様をお守りしよう」
二人は、忍び装束を着ているイセル坊ちゃまに向かって跪き、「某たちが不自由のないように取り図るでござる」「不安があればなんでも相談してほしい」と頭を下げた。
イセル坊ちゃまはにこにこ笑って、お礼を伝えている。
オウカ神聖王国でのイセル坊ちゃまの守りは、これで大丈夫でしょう。
そもそもピヨン様がご一緒なので、周囲への被害を度外視すればイセル坊ちゃまの身は安全ですし。
ちなみに今この場にいないルビウスは、表向きは公爵令息の誘拐未遂や私に対する監禁、その他もろもろで拘留中となっている。
しかし本当は、ほかの忍者たちとともに秘密裏に帰国し、魔の山の状況を調べに行っている。
聖王ランドルフに謁見するまでには、魔の山の状況がわかるといいけれど……。
〈イセルを忍者たちに匿ってもらう間、マグノリアは何をするわけ?〉
「テオドール様の侍女として振舞いつつ、黒竜の情報を集めるつもりです」
討伐するには、黒竜に関する知識がもっと必要だ。
弱点を知ることが出来れば一番いいけれど、そこまでは無理でも、黒竜と対峙する際に気を付ける点とかを知ることが出来たらいいわね。
「それなら、聖女の部屋を調べるとよいでござる」
「聖女の部屋ですか?」
「歴代の聖人聖女が集めた、黒竜に関する書物があるはずでござる。マグノリア殿なら、こっそり忍び込めるでござろう」
「黒竜に関する書物ですか……。調べる価値がありそうですね。トレフセンさん、お教えいただきありがとうございます」
「これしきのこと、礼を言われるほどのことではござらぬよ」
調べる場所の目処がついただけでもありがたいわ。
それに、聖女ヴェネッサのことも、他人からの情報だけじゃなく、自分の目で見てみたいと思う。
〈よかったわね、マグノリア〉
「はい。冒険者ギルドとの連絡係も任されているので、調べる場所がわかってありがたいです」
黒竜の件は、クリストファー国王陛下から王都にある冒険者ギルドに報告された。そこから各国にある支部へも連絡が行っている。
公爵領に戻ってから冒険者ギルドに顔を出すと、すぐさまギルドマスターに呼び出されて、私の口から改めて説明させられたけれど。
〈確か、冒険者ギルドもAランク以上の冒険者を集めて、一緒にオウカ神聖王国へ行くと言っていたわね?〉
「はい。ですが、Sランク冒険者ともなると国防に関わる方が多くて、容易に自国から動けないようです。国お抱えになっていない方もいらっしゃるのですが、どこの秘境に行っているのか、連絡がまったく取れないようです。Aランク冒険者からは私を含めて、十数名ほど名乗りを上げています」
〈マグノリアはもうSランクでいいんじゃない? ワイバーンの時に昇格の話が来て断ったって聞いたけれど〉
「……実質Sランク扱いをされていますね」
まぁ、イセル坊ちゃまのお手伝いをするためにも、冒険者たちの指揮権はありがたく使わせていただくつもりだけれど。
〈イセルが黒竜に近付くチャンスを作れれば勝てるから、きっと大丈夫よ〉
「尽力いたします」
私は気合を入れて頷くと、途中で手を止めていた荷造りを再開した。




