68:尋問②
「……とはいえ、俺も実際に見たわけでもないし、情報統制が敷かれていて、真実を知ることは出来ないのだが」
ルビウスはそう前置きをすると、魔の山とオウカ神聖王国内の現状を話し始めた。
「事の起こりは、イセル様の御母堂様であるサブリナ様が国外追放されたことだ。当時は誰もが、悪女と呼ばれるサブリナ様よりも妹のヴェネッサ様のほうが聖力がお強く、聖女に相応しいと信じていた。だが、実際にヴェネッサ様が聖女に就いてみると、魔の山の結界が弱まり始めた。サブリナ様よりも聖力が強いというのは、ヴェネッサ様の嘘だったことが発覚したんだ」
以前イセル坊ちゃまからサブリナ様の過去をお聞きしていたので、その情報と照らし合わせながらルビウスの話を聞く。
確か、サブリナ様の悪女の噂も嘘で、聖王家の汚れ役をやらされていただけだったのよね……。
「ヴェネッサ様が周囲を騙したことを反省して、聖力の向上に務め、聖女業務を誠実にこなしてくれればよかったんだが……。聖王家が流していた『サブリナ様は贅沢三昧している悪女だ』という嘘がヴェネッサ様にバレた。自分も姉のように贅沢をするつもりだったのに騙された、とヴェネッサ様がカンカンになってな。最初の頃はヴェネッサ様と聖王との婚約話も上がっていたんだが、それもなくなり、聖王家との関係が完全に冷え込んでしまった」
「ハッ、現聖女も聖王ランドルフもどっちもどっちではないか」
「それは俺もそう思ってる。……だが、聖女に結界維持を投げ出されると、国民が困るんだぞ? もう少しでもいいから聖女としての責任感を持ってほしかったよ」
テオドール様の冷笑に、ルビウスは弱った表情で返した。
「おだてても宥めても、ヴェネッサ様はなかなか結界維持をしようとしなかった。結局、聖王から『勤めを果たさなければ食事を抜く』と言われてさ。一日で音を上げたヴェネッサ様は、渋々だがようやく結界維持をするようになった」
魔の山の結界については、これで一件落着のように思われた。
しかし、ルビウスは同時期に聖王から下された命令について話し始める。
「聖王から俺たち忍集団に極秘命令が下った。『サブリナを国に連れ戻せ』と」
「だからママはにげるために、パパといっしょにずっとたびをしていたの?」
「ああ。サブリナ様は追っ手の存在に気付いて、一か所に留まらないほうがいいと判断したんだろう」
結局、聖王ランドルフは、ヴェネッサ様より聖力の強いサブリナ様を取り戻したいと考えたのでしょう。
しかし、それならばなぜ、サブリナ様は殺されてしまったのかしら?
聖王から必要とされていたのに……。
「ルビウス、一つ質問がございます。聖王ランドルフの命令はサブリナ様を連れ戻すことでしたのに、結局彼女を殺害したのはなぜですか?」
「途中でサブリナ様がイセル様を出産されたからだ。聖女や聖人は、子供が出来るとそれまで持っていた聖力が半減されるんだ」
「……聖王はサブリナ様を不要と判断したのですね」
「ああ。だが、生まれたばかりのイセル様の髪と瞳の色が、全盛期のサブリナ様と同じ漆黒であることもあり、聖王は標的をイセル様に変更した。イセル様の誘拐の邪魔をする者は全員皆殺しにせよ、と」
「聖王はなんて冷酷無慈悲な方なのでしょう……」
聖人君子が聞いて呆れるわね。
私は聖王に対する怒りを堪えつつ、ルビウスから開示された新たな情報について考える。
サブリナ様よりも力の劣る、後任聖女ヴェネッサ様。
彼女の名前を使って他国から集めている武器や物資。騎士団の訓練の増加。周辺諸国での飛竜種の目撃情報。
殺人を犯してまでして、イセル坊ちゃまを手に入れたい理由――……。
「ルビウス。つまり魔の山の結界はヴェネッサ様の手に負えず、もはや崩壊する寸前なのですね?」
「……自分の目で確かめに行ったことはない。魔の山周辺の情報が規制されてから、もう何年も経っている。だが、ヴェネッサ様が結界維持を拒否している間に、聖女サクラが構築した機能がどんどん消失していったという噂が、国民の間にずっと流れている。ヴェネッサ様が再び任についても、結界の機能は完全には戻らなかった。むしろ、ゆっくりと弱体化しているらしい……」
「結界の弱まった箇所から、ワイバーンなどの比較的小型な飛竜種が逃げ出しているのでしょう。オウカ神聖王国の騎士団が魔の山近辺で食い止められなかった飛竜種が、そのまま周辺国へ流れている可能性が高いのですね」
「そうだと思う」
「これは冒険者ギルドにすぐにでも伝えなくてはならない情報です。聖王がもっと早くに冒険者ギルドを頼ってくれたらよかったのに……」
「聖王は判断を間違えてはならない。外面だけでも聖人君子でいなければ国民の支持が得られず、玉座から降ろされてしまう。……そう、お考えだ」
ルビウスが自嘲気味に言うと、テオドール様が非常に怖い顔つきで言った。
「それでお前たちは、幼いイセルにすべての尻拭いをさせるつもりなのか?」
「……フィンドレイ公爵」
「初めから聖王がヴェネッサの甘言に騙されなければ、サブリナ様は国外追放などされずに済んだんだ。魔の山の結界だって、今も維持されていただろう。途中で自らの愚かさを反省し、聖王がサブリナ様に謝罪をされれば、サブリナ様も納得して国に戻ったかもしれない。保身を選ばず、早くから冒険者ギルドや同盟国を頼っていれば、まだ対策を立てられたかもしれない。すべてお前たちの愚かな王のせいだというのに、イセルに聖人として馬車馬のように働けと言うのか……っ!」
「俺も国民として、本当に申し訳ないと思っている! だが、黒竜を結界の外に出すわけにはいかないんだ! そんなことになったら、どれほどの人や土地に被害が出るか、あなたにだってわかっているはずだ!」
「知ったことか!! 私はイセルの保護者だ!! 世間がこの子に犠牲を強いるのなら、そこから守ってやるのが私の役目だ!! お前たちはすでにこの子から両親を奪っているんだぞっ!!! これ以上、この子から何も奪わせはしない……っ!!!」
「……あなたのお気持ちはわかる。申し開きもない。オウカ神聖王国の国民として、俺が必ず聖王に罪を認めさせ、イセル様に謝罪させる。罪を償っていただく。イセル様の聖人としての生活もきちんと保証する。サブリナ様の時のような酷いことには絶対にさせない。だから、だからどうか……っ!」
白熱する二人の会話に、ピヨン様が声をかけた。
〈イセルに結界維持は無理よ。というか、今後、聖女サクラの子孫がどれだけ生まれても無理。異世界人の血が薄まっているから、結界維持の出来る聖人聖女はもう現れないわ〉
テオドール様がピヨン様に振り返り、ルビウスはそこで初めて妖精の存在に気が付いて驚いた表情を浮かべた。
「どういうことだ?」
〈以前マグノリアにも話したんだけれど。初代聖女サクラの聖力は異世界由来だからこの世界に馴染まず、反発しか出来なかったの。この反発が結界の素だったわけ。けれど、彼女の子孫の代ではどんどんこの世界に馴染んだ力に変化していった。イセルの聖力もこの世界に反発する力はほとんどないから、半永久的に黒竜を封印することは出来ないわけ〉
そういえば、確かに以前ピヨン様が同じような説明をしていたわね。
ピヨン様の説明にテオドール様は表情を輝かせ、反対にルビウスが真っ青になった。
「それならイセルがオウカ神聖王国に利用される必要はないということだな!? なにせ、初めから不可能なのだから!」
「そっ、そんな……! それでは、魔の山は、我が国の民は……!」
〈ええ。黒竜の封印は無理だけど、討伐なら出来るでしょうね〉
ピヨン様の言葉に、牢屋の空気が固まった。
黒竜の討伐が可能?
こんなに小さくて愛らしいイセル坊ちゃまが……?
もみじのように可愛いお手手をしていらっしゃるのに……??
ルビウスが慌ててピヨン様に尋ねた。
「よ、妖精様! それはどうやって……!?」
〈マグノリアが黒竜を吹っ飛ばして、近付いても安全なくらいに弱らせたところで、イセルが黒竜を浄化しちゃうのよ。イセルが黒竜を『悪いもの』と判断出来れば、綺麗サッパリ消滅するわ。だって、あたしがイセルにちゃんと聖力の訓練をつけさせたもの〉
物理的なところは私頼りのようだけれど。
イセル坊ちゃまったら、本当にご成長されて……! 私、子守り係として鼻が高いです!
〈まぁ、イセルにやる気があるならって話だけれどね〉
「うん! ぼく、やるのよ、ピヨンちゃん!」
イセル坊ちゃまはテオドール様の傍に近付くと、「あのね、テオおじさま」と声をかけた。
「さっき、テオおじさまがぼくのためにおこってくれてうれしかったの。ママとパパのこと、ぼくといっしょにずっとかなしんでくれていて、ありがとう」
「イセル、それは当然のことだ」
「ぼく、せーおーさまのことはきらい。いまはテオおじさまやマグぅちゃんやピヨンちゃんたちと、まいにちいっしょでたのしい。けれど、せーおーさまのせいで、ママとパパはおそらにいっちゃったから……」
「ああ、そうだ。イセルは聖王を許さなくていいんだ。黒竜のことも気にしなくていい。イセルがあの国に対して何かをしてやる義理なんてないんだ」
「でもね、せーおーさまのおかげでママはくにからにげられて、パパとであえて、ぼくがうまれることができたの。だから、せーおーさまがちゃんとごめんなさいしたら、いっかいだけ、たすけてあげてもいいのよ」
「イセル……。きみは幼いのに、私よりもずっといい男だな」
「ほんと? えへへ、うれしい。……だからテオおじさま、ぼくのおねがいをきいてくれる? ママのくににいきたいの」
「わかった。私も同行しよう。イセルの叔父だからな」
「ありがとう、テオおじさま!」
なっ、なんていい子なのかしら……! さすがはイセル坊ちゃまだわ……!
テオドール様の前なので私は必死に感動の涙を絶えながらも、無表情でぷるぷる震えていた。
そんな私のもとへ、イセル坊ちゃまがトテトテとやって来る。
「マグぅちゃんも、ぼくのおてつだいしてくれる? こくりゅーをバーンって、たおしてほしいの」
「承知いたしました、イセル坊ちゃま。お任せください」
「ありがとー! マグぅちゃん!」
黒竜だなんて伝説級の魔物を討伐に行くのは初めてだけれど、イセル坊ちゃまのお望みとあらば、頑張って殴り倒してみせましょう。
「あ、ありがとうございます、イセル様……! フィンドレイ公爵にマグノリアも、本当にありがとう……! いろいろ本当に申し訳なかった……!」
ルビウスが感極まったように泣き出したが、テオドール様が「黒竜の件が終わったら、あなたにもきちんと罪を償っていただくが?」と冷たくあしらった。
というわけで、私たちはオウカ神聖王国に向かうために、準備や根回しをすることにした。




