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66:夜会③



 月明かりと影のコントラストが美しい回廊で佇んでいると、すぐにルビウスが現れた。

 やはりこちらの動向を観察していたらしい。


「こんばんは、マグノリア。いい夜だね。こんなところで一人でどうしたんだい?」


 赤い髪と瞳を際立たせるかのように、白を基調とした豪奢な衣装を身に着けるルビウスは、軽やかな足取りでこちらに近付いてくる。

 彼は自分の顔がどの角度でどんな表情を浮かべれば一番格好良く見えるのかを熟知しているみたいに微笑んでいた。


「こんばんは、ルビウス。少々風に当たりたくて、外に出ました」

「一人じゃ危ないだろう? あのガミガミ公爵様はマグノリアに注意しなかったのか?」

「失礼なことは言わないでください。テオドール様はお優しい御方です。快く許可をくださいました」

「ふぅん? まぁ、マッドタイガーを倒すほど強い魔導人形なら、酔客が詰め寄ってきても危険を回避出来ると思っているのかもな」


 ルビウスがテオドール様のことを失礼なあだ名で呼ぶので、つい言い返してしまった。

 けれど、私はここからどうにかして、ルビウスにメロメロな振りをしなければいけない。一か八か、会話を誘導しなくては。

 でも、何を話せば……。


 そうだわ! ここで愛の告白をしてみるのはどうでしょうか?

 ルビウスに『実は初めて会った時からあなたを愛しています』なんて言えば、彼も『それなら俺の指示に従え! イセル・フィンドレイを捕まえて来い!』って感じで、即行でボロを出すかもしれないわ!


「あっ、あのっ、ルビウスっ! 私、実は初めて会った時から……っ」


 私が嘘告白をしようとすると、突然、ルビウスがぐっと顔を近付けてきた。

 びっくりして言葉が詰まってしまう。


 ルビウスが私の耳元で囁いた。


「でも、俺は知っているよ。公爵様が知らないマグノリアの秘密を。きみは本当は魔導人形なんかじゃなく、ただの可愛い女の子だってことを。それなのに一人で会場の外にいるなんて、俺は心配だ。会場にいたくないなら、せめて俺と二人で過ごさないか?」

「……っ……」


 彼の言葉に、思わず息を飲む。


 酔客に声をかけられたら、という話題がまだ続いていたらしい。

 コミュ障の私が、話題が変わるタイミングを上手く読めないのはいつものことなだ。けれど、そんなことよりも。

 いったい、いつから私が人間だとバレていたの……!?


「なぁ、マグノリア。俺について来てくれるだろう?」


 ルビウスの赤い瞳には『公爵様に秘密をバラされたくないんだろ?』という脅しの色が見える。

 私は喉の奥が狭まり、呼吸がしにくくなるような感覚を覚えながら、なんとか「……はい」と答える。


 ルビウスが差し出す手に、今は従うしかなかった。





 ルビウスに連れて来られたのは休憩室だった。

 その名の通り、夜会に疲れた招待客が一時休む部屋だ。けれど、恋人たちが逢瀬を楽しんだり、一夜の火遊びに使われることも多い場所である。

 そんな部屋で二人きりになってしまい、ご丁寧に鍵までかけられてしまった。

 ふつうのご令嬢ならバレたらとんでもない醜聞になってしまう状況だわ……。こんな時、不覚にも平民になってよかったと思ってしまう。


 まぁ、でも、ルビウスから暴力を振るわれそうになったら自分で対処出来るし、いざとなればオリバー様たちが駆けつけてくれる。おそらく窓の外で見張ってくれているようだし。

 念のため、パーティーバッグからテオうさちゃんを取り出しておきましょう。

 とにかく今は、ルビウスにどうして私が人間だとバレたのか、理由を問い詰めなくては。


「さぁ、こっちに座ってよ、マグノリア。何も取って食おうとは思ってないから」


 ルビウスは奥にあるベッドではなく、手前のソファーセットに足を運び、率先して腰を掛けた。

 私も向かいのソファーに腰を下ろし、膝の上にテオうさちゃんを置く。


「あれ? そんなうさぎのぬいぐるみなんて最初から持ってたっけ? 夜会にまで持ってくるなんて、マグノリアはなかなかお子様だな」

「ぬい活にハマっているんです。……では、単刀直入にお尋ねします。どうして私が人間だと思うのですか? 証拠は?」


 当初予定していた『ルビウスにメロメロになった振り』は、もう出来そうになかった。

 こんな緊迫した話題から、どんな流れを辿れば彼に恋する女性が生まれるのか、私には想像もつかないもの。

 それならいっそ秘密を盾に脅されて、『俺の指示に従え、マグノリア! イセル・フィンドレイを捕まえて来い!』と発言させるルートを選んだほうがいいわ。予定を変更しましょう。


「マグノリアの叔父さんだっけ? 国外追放されたんだろ? 隣国の路地裏で落ちぶれていて、きみの情報を酒瓶一本で聞き出せたらしい」


 お、叔父様ぁぁぁぁっ!!?

 国外追放されてもまだ、あなたは私の生活を脅かす元凶なのですかぁぁぁぁ……っ!!?


 ルビウスの前ではなかったら、私は頭を抱えていたと思う。

 本当に叔父様は私の疫病神だわ……。


「まさか、叔父様の身柄をオウカ神聖王国が確保しているなんてことは……?」

「そんなことするわけないだろ。必要な情報はすべて聞き出したから用済みさ。相手がまっとうな身内なら、確保すればきみを脅せるが、虐待の加害者じゃなぁ。しかもすでに断罪後だろ。復讐済みの相手なんて利用価値がない」


 恐る恐る尋ねれば、そんな答えが返ってきた。

 叔父様本人と関わることはもうなさそうでホッとする。


 でも、理由を聞いて納得した。

 ルビウスは最初から私が人間だと知っていたから、ハニートラップを仕掛けたのね。

 心のない魔導人形に恋をさせることが出来ると思っているほど、お花畑思考でもナルシストでもなかったようだ。


「俺はね、ただマグノリアを救いたいだけなんだ」

「……私を救う?」

「魔導人形のフリをするなんて、よほどつらい理由がきみにはあるんだろう。俺に打ち明けてくれないか?」

「………」


 私は無言で首を横に振る。

 他人と会話するのが苦手だから魔導人形のフリをしただなんて、とても言えないわ。

 当時の私にとっては真剣な悩みだったけれど、他人が聞いたら馬鹿げていると思うに決まっているもの。


「わかったよ。無理には聞き出さない。でも、そんな嘘を吐いて暮すのは苦しいだろう? マグノリア、俺と一緒にオウカ神聖王国へ行かないか? オウカ神聖王国でなら、きみは一人の女の子として幸せに暮らせるよ。俺が守ってあげる。俺ならきみを救ってあげられる」

「……もし、私があなたの申し出を断ったらどうするのですか?」


 秘密を盾に脅されて、犯罪の指示を受ければ、脅迫と教唆でルビウスを捕まえることが出来る。

 しかし、ルビウスは嘘の愛の言葉を吐くだけだ。


「申し出を断るだなんて、悲しいことを言うなよ。俺は一目見た時からマグノリアを愛している。ただきみを幸せにしてやりたいだけなんだ」


 ルビウスは私の座るソファーに移ってきた。

 肩をぐいっと抱き寄せられて、「信じてくれよ」と微笑まれる。


 どうやら未だに私を口説き落とそうとしているらしい。

 なら、ここで彼に落ちた振りをするルートに変更しようかしら?


 ……ふと、彼の胸元から、甘ったるくて少し苦いような香りが漂ってくる。

 なんの香りかしら? 香水や煙草ではなさそうだけれど……。


 不思議な香りを嗅いでいたら、段々と思考がハッキリしなくなる。まるで頭の中に靄がかかったようだ。

 なんだか無性に人寂しくて、目の前の体温に触れたくてたまらなくなる。


「愛しているよ、マグノリア」

「あ……」

「マグノリアも俺を愛しているだろ?」

「わ、たし、は……?」


 誰かが優しい言葉をかけてくれているのに、相手の顔がぼんやりしてよく見えない。視界が歪んでいるようだ。


 ……私はさっきまで誰と一緒にいたかしら?

 イセル坊ちゃまはまだお小さいし、……テオドール様かしら?


「……やっぱ、俺が調合した香はよく効くな。男にはまったく効かないが、女には本当によく効く。効き過ぎて二度以上使うと廃人になっちまうから、切り札にしか使えないのが玉に瑕だけどな。さて、このままマグノリアを洗脳してしまおう」

「今……、なんとおっしゃいましたか……?」

「いいや、なんでもないよ。独り言さ。……マグノリアは愛する俺の言うことならなんでも聞いてくれるよな? イセル・フィンドレイを俺の元まで連れて来い」

「……イセル坊ちゃまを……?」


 テオドール様の元へ、イセル坊ちゃまを連れて来ればいいのね。お安い御用だわ。

 早く、坊ちゃまのところへ行かないと……。


 指示に従うために、私はソファーから立ち上がる。そのはずみで膝からテオうさちゃんが転がり落ちた。


 床に落ちた衝撃が起動スイッチになったのか、テオうさちゃんが突然ピカッと光った。


 一瞬で空気が浄化され、あの甘ったるくて少し苦い不思議な匂いが消えた。

 靄がかっていた思考もハッキリとして、今の状況をきちんと把握することが出来る。

 どうやら私は危うくイセル坊ちゃまをルビウスに渡してしまうところだったらしい。


 ありがとうございます、イセル坊ちゃま!!

 悪いものを浄化してくれるテオうさちゃんのおかげで正気に返りました!!

 坊ちゃまは本当に天才です……っ!!!


「……ルビウス。よくも変な薬で私にイセル坊ちゃまを裏切らせようとしましたね……」

「ハァッ!? なんで急に正気に返ったんだっ!? 切り札を使われた女は、俺が利用した後は記憶喪失になるのに……っ」

「問答無用です!」


 私はルビウスを殴り倒し、さくっと拘束する。

 そして、こちらの様子を窺っているはずのオリバー様たちに手で合図を送った。


 ……変な香りで朦朧としていた時にオリバー様たちが突入してこなかったのは、こちらの会話が聞き取れていないうえに、私が洗脳されかけていても無表情のままだったからなんでしょうね。

 やはり表情筋が動かないのは損だわ……。


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