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65:夜会②



 王城の大広間で開かれた夜会は、格式の高い雰囲気に包まれながらも、招待客の楽しげな話し声で溢れていた。


 夜会が始まってすぐに私はテオドール様とダンスを踊り、その後は貴族の挨拶回りに付き添った。

 私もたくさん話しかけられたけれど、思っていたよりも緊張せずに受け答えが出来た。


「音楽会での演奏は本当に素晴らしかったよ。我が家のパーティーでも演奏してほしいくらいだ」

「光栄です。ご依頼はテオドール様を通してください」

「あなたってとってもお強いのね! あのマッドタイガーを討伐してしまうなんて! 私も狩りが好きなのだけれど、今度ご一緒出来ないかしら?」

「大変恐縮です。狩りの同行は、テオドール様から許可をいただけましたら」

「先ほどのテオドール様とのダンスも非常に素晴らしかったです。実は孫娘に新しいダンスの講師を探しているのだけれど、引き受けていただけないでしょうか?」

「とてもありがたいお話ですが、フィンドレイ公爵家にお仕えしておりますので……」


 誰も私が無表情なことを表立って指摘したりしない。

 もちろん、心の中で私のことをどう思っているのかまではわからないけれど……。

 でも、私が彼らの態度に傷付いたり委縮したりするようなことは起こらなかった。


 テオドール様を狙うご令嬢たちでさえ、今夜は大人しい。

 これは、狩猟大会で騒ぎを起こしたご令嬢が修道院行きになってしまったことも大きいでしょうけれど。

 父親のほうも隠居して、当主の代替わりを行った、とデボラ王妃殿下が先ほどおっしゃっていた。


 まるで、私、人の輪に入れたみたいだわ。


 ……いえ。思い返してみると、フィンドレイ公爵領の街中でも、冒険者ギルドでも、最初は怖がられていたけれど今はたくさんの人に優しく接していただいているわね?

 元ラインワース子爵領の領民たちだって、いつの間にか私に声をかけて、他愛ない話をしてくれるようになっていたし……。


『その無表情はあなたが持って生まれたもの。個性だから卑下しなくていいのよ』

『一番大切なのは内面。礼儀正しく、相手の心に寄り添おうとする配慮。そして教養があることが大事なのよ』


 ふいに、母が言っていたことは本当だったんだ、と腑に落ちる。

 無表情で見た目が怖そうな私でも、内面を磨けば、お友達が出来て、人の輪の中で生きていけるんだわ。


 幼い頃からの願いがすでに叶っていたことに、私はようやく気が付いた。

 私は今までずっと、叔父様たちとの暮らしで心が委縮したままで、自分のことも周囲のこともちゃんとよく見えていなかったのね。


 元ラインワース子爵領を出てから、私はイセル坊ちゃまに出会った。そして、多くの不運に奔走されているテオドール様、一緒に戦っている公爵家の使用人の皆様のお傍で、私も懸命に働いていたら、皆様のことを好きになって、お友達も出来て、多くの人に受け入れていただけるようになっていた。

 これは母の教えのおかげで、父が私の学びを応援してくれたおかげで、各分野の講師やたくさんの書物を集めてくださったご先祖様を始めとした、周囲の人々のおかげで、……過去の私が諦めなかったおかげだ。

 両親や周囲の人々に対する感謝とともに、……初めて、自分に対する誇らしさを感じた。


 無表情な私でも、全然いいんだ。

 私は初めて、ありのままの私を認めることが出来た。





 しばらくしてから、私はテオドール様に声をかける。


「……テオドール様。そろそろ頃合いです。ここからは私一人で動きますね」


 挨拶回りをしている使節団の中にルビウスの姿があった。

 ルビウスの視線がチラチラとこちらに向いているのに気が付き、私はテオドール様のお傍から離脱することにする。

 私が一人で行動すれば、彼もこれ幸いと接触してくるでしょう。


「……わかった。オリバーたちが距離を置いてきみの後を追う。何かあったら声をあげなさい」

「ありがとうございます、テオドール様。この作戦、絶対に成功してみせます」


 私は自信を持って言えば、テオドール様は「マグノリアが失敗したことなど一度もないだろう」と微笑む。


 テオドール様の笑顔を見ていたら、なんだか胸の奥がポカポカして、もう怖いものなんて何もない気がした。





「あ~……、最悪だ。自信を喪失するぜ」


 ぼそりとルビウスが呟けば、彼の周囲にいたネルテラント王国の貴族が「いかがなさいましたかな?」と不思議そうに問いかけた。

 ルビウスは愛想のいい顔で「いえいえ、なんでもございません」と答え、再び会話に戻る。

 だが、彼の心は嵐のように荒れていた。

 原因は失敗続きの任務である。


(城下で偶然を装って出会う、という掴みはよかった。音楽会での再会も、女が好みそうなロマンスに満ちていたはずだ。俺の予定では、狩猟大会で火竜に怯えるマグノリアを守ってやって好感度を急上昇させ、その後は城内で偶然を装って交流を重ねて、夜会までには恋人関係になっているはずだったんだが……。マグノリアが火竜にさえ恐怖を抱かないのは想定外だったな。さらに、マグノリアが王族の住居区域に宿泊しているせいで、交流を深められなかったのも痛い。狩猟大会に負けたからデートの約束も出来なかったしな……)


 聖王ランドルフから、マグノリアが手練れの護衛で、上忍でさえ捕らえてしまうことは聞いていたが。まさか火竜相手にも怯まないとは思わなかった。

 これではまるでSランク級の冒険者のようではないか。

 狩猟大会での失敗を挽回しようにも、マグノリアの滞在する区域に侵入することが出来なかったのも問題だった。

 警備の騎士が多過ぎて、区域に近付いただけで追い返されてしまう。

 迷い込んでしまった振りすら出来ないのだから、ネルテラント王国の騎士もなかなかのものだ。


(……まぁ、それでも俺には奥の手がある。外見や話術で落とせなかったのは業腹だが、切り札もなく『百戦錬磨のルビウス』の名を勝ち取ったわけじゃない)


 ルビウスはジャケットの上から内ポケットにそっと触れ、中に入っている物の形を確かめる。


 この任務を絶対に失敗するわけにはいかない理由が、ルビウスにはあった。

 王家に対する忠誠心や、職業使命感や責任感だけではない。

 もちろん、それらがないわけではないけれど、それ以上の焦燥感があった。


(ランドルフ陛下はお認めにならないだろう……。国民どころか、忍集団にも隠し通そうとしていらっしゃるからな……。だが、いくら隠そうとしても、人の口に戸は立てられず、火のないところに煙は立たない。……我が国には新たな聖人が必要だ。絶対に、廃聖女サブリナの息子を手に入れなければならないんだ)


 覚悟を新たにして、ルビウスは伏せがちになっていた顔を上げる。


(問題はいつ、この切り札を使うかということだが……)


 ふいに視線の端で、マグノリアが一人で移動する姿が見えた。

 フィンドレイ公爵はどこかの年老いた貴族と会話し、補佐や護衛も彼の背後に控えている。


(どうやらちょうどチャンスが回ってきたようだな)


 ルビウスは目の前の貴族に断りを入れ、夜会会場を後にする。

 マグノリアの足に追いついたのは、人気のない回廊に辿り着いてからだった。


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