64:夜会①
ピヨン様の提案で、私がルビウスのハニートラップに引っ掛かった振りをすることになった。
ルビウスの口からイセル坊ちゃまを手に入れてくるように指示が出てくれば、犯罪教唆となり、現行犯で彼を捕まえることが出来るという寸法だ。
決行は今日の夜会だ。単純に、ルビウスと会えるチャンスがそこしかないからである。
私は王族の住居区域にイセル坊ちゃまと宿泊しているため、出入りする許可を持つ人以外とは会わないのだ。
「ただでさえ初めての夜会を乗り越えられるかわからないのに、さらにルビウスを好きになった演技なんて……。無表情の私にちゃんと出来るでしょうか……?」
王宮の侍女の手によって夜会用のドレスに着替えさせられ、髪型から爪先まで綺麗に整えてもらったというのに、私は壁に額を押しつけて項垂れていた。
このまま壁と同化してしまいたい……。
「マグノリアったら。そんなに心配しなくても、夜会は問題ないわよ。あなたなら礼儀作法もダンスもお手のものでしょう?」
デボラ王妃殿下が呆れたような声を出す。
ここのところ夜会準備でお忙しくされていたデボラ王妃殿下だが、当日の会場入り前に時間が出来たらしく、わざわざ会いに来てくださったのだ。
音楽祭の時、デボラ王妃殿下に話した『使節団が来る前にルビウスと城下で会った件』について、ようやく調べがついたらしい。先ほど、「カッターモール氏が複数の男と王都に入っていたことがわかったわ」と教えてくださった。
複数の男性というのは、たぶん、忍集団の仲間じゃないかしら?
とりあえず、忍び集団の仲間のことは脇に置いておいて。今、重要なのは夜会です。
「礼儀作法やダンスではなく……。テオドール様が貴族の方々と挨拶をされる時に、私もちゃんと受け答えを出来るのか心配で……。皆様に楽しんでいただける話題なんて持っていませんし……」
「今はあなた自身が話題になっているから大丈夫よ。わたくしもいろんな方にマグノリアのことを聞かれるのよ? 当然よね。あなたはあの堅物公爵が見初めたパートナーで、音楽会ではトリにピアノを披露して、狩猟大会ではマッドタイガーを倒して優勝してしまったのだから。注目の的よ」
「そ、そうなのですか……?」
「ええ、そうよ。だから今回は周囲の人に聞かれたことに誠実に答えていれば、平気よ」
デボラ王妃殿下の助言に、気持ちが軽くなる。
そうか。今ならそれほど話題に困らずに、他人とお話が出来るのかも……。
けれど、浮上した気持ちがすぐに沈む。
「……でも、やっぱり上手く会話出来ないかもしれません。今は物珍しさから興味を持ってもらえても、こんな無表情な私なんかでは、一言二言話しただけで化けの皮が剥がれて、気味悪がられてしまいます。幼い頃からずっとそうで、友達なんて一人も出来なかったですから……」
「あなたねぇ……、そこまで卑屈にならなくてもいいでしょう? だいたい、わたくしはもうマグノリアのことを友達だと思っているわよ?」
え……っ!? と、友達……??
私はデボラ王妃の言葉に目を見開き、顔を上げた。
「とっ、友達って、マイフレンドってことですか!? あっ、あの、一緒にお茶をしたり、買い物に行ったり、手紙を送り合ったり、つらい時に勇気づける言葉をくれたりする、あのっ、フレンド!!? 私が、王妃殿下の!?」
「マグノリアが抱えている友達像はよくわからないけれど、友達は友達よ。少なくともあなた、わたくしとお茶をしているし、公爵領で買い物もしたし、手紙も送り合ったし、今あなたを励ましているじゃない」
「そっ、そういえばそうですね……!?」
言われてみれば、私とデボラ王妃殿下はすごく友達の段階を踏んでいるわね!!? 公爵領での買い物は、領地視察だったけれど。
……そっかぁ。……私、友達がいるんだ。
無表情の私なんかでもいいよって思ってくれる友達が、いるんだわ……。
気が付けば、私の目から涙がドバっと滝のように流れた。
「デデデボラ王妃殿下ぁぁぁ~……。わ、私、嬉しい……っです……! おおおお友達になってくださってっ、ありがとうございます……っ!!」
「相変わらずその泣き方なのね? 怖いわ。喜んでくれて嬉しいけれども」
デボラ王妃殿下は私の目元にハンカチを当てながら、苦笑した。
無表情で泣く私を怖いと評しながらも優しくしてくれるなんて、さすがはお友達……!
「なんだか、私、今ならどんなことでも出来るような気がします! 頑張って夜会を乗り切って、ルビウスに接触し、彼が好きな振りをしてきます!」
「そう。元気になったならいいわ」
えいえいおー! と腕を振り回していると、イセル坊ちゃまが隣の部屋からやって来た。もちろんピヨン様も一緒だ。
「マグぅちゃん、やっとかんせいしたのよ! きょうはテオうさちゃんをもっていってね! パーティーにでられないぼくのかわりに、マグぅちゃんをまもってくれるから!」
「イセル坊ちゃま……。ピヨン様と隣の部屋に籠って何をされているのかと思ったら……。また私のためにお守りを用意してくださったのですね。ありがとうございます。テオうさちゃんもマグうさちゃんみたいに結界が張れるのですか?」
「ううん、ちがうの。きれいきれいするのよ」
「きれいきれい?」
〈浄化装置みたいなものよ。イセルが『悪いもの』だと判断するものはすべて浄化しちゃえるの。前回みたいにちょっと衝撃を与えれば起動するわ〉
「……それはまた、大層なものをお作りになられましたね……」
四歳なのに凄すぎるわ……。
横で話を聞いていたデボラ王妃殿下も、「将来が空恐ろしいわね」と笑顔が引きつっている。
とにかく、このテオうさちゃんは大事に使わせていただこう。前回のマグうさちゃんも本当に助かったもの。
「わたくしはそろそろ王族の控室に向かうわ。マグノリアはフィンドレイ公爵が迎えに来てくださるのでしょう?」
「はい」
「なら安心ね。では、お先に失礼するわ」
大事なお友達のデボラ王妃殿下を見送り、私はパーティーバッグになんとかテオうさちゃんを詰め込んでから、イセル坊ちゃまとピヨン様がベッドに潜り込むのを見守る。
私が夜会に出席している間は侍女長が部屋に待機してくださるので安心だ。
暫くすると、廊下に繋がる扉がノックされた。
忘れずにパーティーバッグを持ってから扉を開けると、思っていた通りテオドール様がいらっしゃった。後ろには侍女長とオリバー様、ロイド様もいる。
「お待たせいたしました、テオドール様。侍女長、イセル坊ちゃまはおやすみになられていますので、お静かにお入りください」
私が廊下へ出ると、入れ替わりに侍女長が部屋の中に入った。
「囮の件は聞きました。正直、魔導人形と言えどマグノリアはうら若き女性なのですから、怪しい殿方に近付いてほしくありませんが……。とにかく、気を付けるのですよ」
「はい。侍女長、お気遣いありがとうございます」
心配してくださる侍女長に、私は無表情のまま感激する。
「大丈夫だって、母さん。マグノリアちゃん自体めちゃめちゃ強いから、何かあっても相手を吹っ飛ばせるし。俺と護衛長もパーティーに潜入してマグノリアちゃんの動向を見守るから、問題が起きたらすぐに駆けつけるよ。ね、護衛長!」
「はい。侍女長、自分も精一杯務めますのでご安心ください」
「わかりました。マグノリアのことを頼みましたよ、二人とも。ではテオドール様、私はこれで失礼いたします」
侍女長はそう言って、扉を閉めた。
「マグノリア。こちらに来なさい」
「はい、テオドール様」
「夜会会場に入る前にこれを渡しておこう」
テオドール様はオリバー様から何やら天鵞絨貼りの箱を受け取り、その中身を取り出した。
高ランクの魔石を惜しげもなくふんだんに使った首飾りだ。
ひ、ひぇぇぇぇぇ……っ。以前いただいたブローチの比じゃない。元ラインワース子爵領のかつての最盛期でも、絶対に手に入れられないお値段になりそうだわ……っ!
「こっ、こんな高価なものはっ、う、う、受け取れません……っ」
「いいから後ろを向きなさい、マグノリア」
「テ、テオドール様……っ!」
ぶんぶんと首を横に振る私を見て、テオドール様は「仕方がないな」と溜息を吐く。
諦めてくれたのかしら……?
私が一瞬ホッとしたところで、テオドール様が自ら移動して私の背後に立った。私のデコルテに首飾りがかけられ、留め金を嵌める音がカチリと聞こえる。
「きみはこれから、あのいけ好かない男のハニートラップにかかった振りをしなければならない。非常に危険な状況に身を置くということだ。燃料切れで動けなくなってしまうことは、万に一つも起こしてはいけない。この魔石をきちんと装備しておくんだ」
「……は、はい」
この、冷たくて重たい大粒の魔石の首飾りが、テオドール様の私への心配の形なのね……。
私はもう受け入れるしかなかった。
騙していることが心苦しくて、のた打ち回りたいほど申し訳なくて、……どうしようもなく嬉しいのです。
「テオドール様! 私、絶対に作戦を成功させて、ルビウスを捕まえます!」
「あぁ。きみなら出来ると信じている」
オリバー様とロイド様にも「がんばれ、マグノリアちゃん!」「成功を祈っております、魔導人形氏」と応援していただき、私たちは夜会会場へと向かった。




