63:九曜サクラ
狩猟大会が終わって数日後。
私は王族が暮す区域にある庭の隅の水場で、盥と石鹸を用意して、マグうさちゃんの洗濯をしていた。
「マグうさちゃん、ゆかげんはどう~? きもちいーですか~?」
隣では、イセル坊ちゃまが自分の黒いうさぎとテオうさちゃんを抱えて、盥の中を覗き込んでいる。
ピヨン様が〈イセル、これは洗濯よ。湯加減だなんて、お風呂でもあるまいし〉とツッコミを入れていた。
「ちがうのよ、ピヨンちゃん。マグうさちゃんはどろだらけでがんばって、マグぅちゃんをまもってくれたの。だからおふろできれいきれいするのよ。おつかれさまーって」
〈人間って空想が好きなのねぇ〉
「可愛らしいではありませんか。イセル坊ちゃまは想像力豊かにお育ちなのです」
私がイセル坊ちゃまに無表情でキュンキュンしていると、突然、ピヨン様が低い声を出した。
〈想像力が豊かなのはイセルだけじゃないでしょ? マグノリアなんて、このあたしが森に火竜を出現させたと思ったんだから!!!〉
私はギクッと肩を揺らす。
狩猟大会で起きた出来事を報告した時にも、ピヨン様から大変お叱りを受けたのだ。
〈本当に失礼しちゃうわっ!! あたしがイセルとの約束を破ると思われているなんて!! あたしがそんな簡単にするはずないのに!!〉
「大変申し訳ございません……」
ピヨン様を疑ってしまったことを反省しつつも、ワイバーンを出現させられた時の衝撃はなかなか消えないのです……。テオドール様たちも真っ先にピヨン様を想像していたし……。
正直、今もピヨン様の『そんな簡単にするはずない』という発言に引っ掛かりを感じているわ。
〈で? マッドタイガーなんて小物を火竜に見せた犯人はどこのどいつなのよ? 犯人はどうやってそんな幻覚を見せたの?〉
「幻覚の原因は特定出来ました。マッドタイガーの檻の傍で拾った物を、王妃殿下にお願いして調べていただいたところ、幻覚を見せる魔道具の部品の欠片だと判明いたしました」
〈ふんふん、なるほど。それで犯人は?〉
「魔道具の欠片に気になる点がありまして。犯人に繋がる手がかりかもしれないので、テオドール様にお願いして、フィンドレイ公爵家からある物を搬送していただいているところです。そろそろ王城に届くかと」
〈ふぅん? じゃあ、気になることがわかったら、犯人が特定出来るのね! さっさと捕まえちゃいなさいよ〉
「いえ……。それだけでは犯人を特定するのは難しいかもしれません……」
〈何よ、煮え切らないわね!〉
「現行犯なら簡単に捕まえられるのですけれど……」
「ピヨンちゃん、マグぅちゃんがこまってるの。カッカしちゃメよ~」
〈だって、犯人のせいであたしが疑われていたのよ!? マグノリアに!〉
そんなことを話しつつ、マグうさちゃんの洗濯を終えて日当たりの良いところに並べる。
今日はとても天気が良いので、夕方までには中身の綿までしっかり乾くでしょう。
「マグノリア。ここにいたのか。探したぞ」
「テオドール様、どうなさいましたか?」
庭の奥までテオドール様がやって来た。後ろにはオリバー様とロイド様の姿もあり、オリバー様はその腕に何やら荷物を抱えている。
「領地の屋敷から頼んでいた物が届いた。これで調べたいことがあるのだろう?」
「ついに届いたのですね。ありがとうございます、テオドール様」
届いた荷物をすぐに持って来てくれたらしい。
私はオリバー様から荷物を受け取り、皆様と一緒にイセル坊ちゃまの滞在部屋に戻る。狩猟大会で拾った魔道具の欠片が保管されているのだ。
私はさっそく荷物の包みを開き、屋敷から届いた品物をテーブルの上に並べた。
「マグノリアちゃん、それって確か、地下牢にいる……」
「はい。以前捕らえた忍者が所持していた武器です」
彼の身柄は未だにフィンドレイ公爵家の地下牢のままだ。
武器も公爵家が保管していたので、それをこちらに持って来ていただいた。
「忍者の武器に何か気になるところがあるのか?」
テオドール様の問いに、私は魔道具の欠片を取り出して答える。
「こちらをご覧ください。マッドタイガーの檻の傍で拾った、幻覚魔道具の欠片です。この欠片に、模様の一部が残されているのがわかりますか?」
「あぁ、確かに。何やら模様があるな。これは……花か?」
「よく見つけたね、マグノリアちゃん」
「そしてこちらが忍者が所持していた武器なのですが、柄の部分をご覧ください。九つの花の紋章が入っているでしょう? この魔道具の欠片に描かれたものと比較すると……」
「なるほど。紋章の一部と同じだな」
「つまり幻覚魔道具は忍集団の備品ってわけ!?」
「はい。そういうことです」
オリバー様は「ほぇ~。忍者の武器に紋様があったなんて、よく覚えていたね、マグノリアちゃん」と感心している。
テオドール様は思案気な表情で口を開いた。
「火竜の幻覚を仕込んだ犯人は忍者ということか」
「はい」
オウカ神聖王国の王族を示す紋章は、異世界の花・サクラと黒竜を組み合わせたものだ。
そして忍者の武器に印されているのは、中心に大きなサクラと、周囲に小さな八つのサクラを配置した紋章だ。確か、書物では『九曜サクラ』と書かれていたと思う。異世界の代表的な忍者の印『九曜紋』とサクラを組み合わせたのだとか。
「……私はルビウスが忍者ではないかと疑っています」
私の言葉に、イセル坊ちゃまとピヨン様は『ルビウスさんってだれ?』というように首を傾げたけれど、オリバー様とロイド様は緊張したように息を飲んだ。
テオドール様は冷静な声音で「理由はなんだ?」と尋ねた。
「音楽会のラストでルビウスが私に花束を渡す時、彼は木の棒を使った手品のようなものを披露しました。あれは忍者が使う『変わり身の術』という技の応用です。本来は、忍び装束を着せた丸太に自分の身代わりをさせるものだそうです」
「そんな術があるのか。面妖だな」
「狩猟大会では彼の身のこなしを見ましたが、あれは素人の動きではありません。気配の消し方やナイフ投げの動作……。以前見た忍者の動きと同じです。それに、私が幻覚を見破ってマッドタイガーを倒したら、彼は苛立った雰囲気でした」
「確かにおかしいな。ふつうなら、危険な魔獣が討伐されたことに安堵すべきところだ」
「そもそも、魔導人形である私を口説こうとする時点で不審でした。何か狙いがあるに違いありません」
推測だけでは、ルビウスを忍者であることも、犯人であることも断定は出来ない。
けれど、限りなく怪しかった。
「マグノリアの言い分は理解した。確かにカッターモール氏は怪しい。彼が忍者だと仮定して、彼が様々な手段を取るその狙いは、結局イセルを手に入れることに繋がるのだろう。オウカ神聖王国の最終目的は変わらないはずだ」
テオドール様の推理に、私は首を傾げる。
私を口説いたり、火竜騒ぎを起こすと、どうしてイセル坊ちゃまを手に入れられるのでしょう……?
「あの~。テオ様、もしかしてなんですけど俺、わかっちゃったかもしれません。カッターモール様がマグノリアちゃんを口説いてる理由」
「なんだ、オリバー。教えてくれ」
「ハニートラップなんじゃないですかね?」
「……ハニートラップ?」
思わぬ単語に、私はとっさにイセル坊ちゃまの両耳を塞ぐ。四歳児に聞かせていい話ではないわ。
「カッターモール様ってめちゃめちゃ色男じゃないですか。『俺に惚れない女性はいない』って考えが駄々洩れだし。マグノリアちゃんがたとえ魔導人形でも惚れさせることが出来ると思ってるんじゃないですかね?」
「つまりカッターモール氏は、マグノリアが自分に惚れこんで、イセルを手に入れる手伝いをしてくれると考えているのか……?」
「そういう作戦なら、マグノリアちゃんを口説いたり、火竜騒ぎを起こして格好良いところを見せようとするかな~って思うんですけれど」
「……確かにそう考えると、ルビウスの行動と狙いが繋がりますね」
オリバー様の推理に、私もテオドール様もロイド様も納得する。
ルビウスの策にドン引きではあるけれど……。
〈で、それって全部推測の域で、まだ犯人を捕まえられないんでしょ?〉
ピヨン様が口を開く。どうやらまだご機嫌な斜めのご様子だ。
「そうですね。彼が犯人という確固たる証拠はありませんから」
そもそもルビウスを捕らえたところで、聖王ランドルフは彼をトカゲの尻尾切して、次の一手を打ってくるだけでしょう。
結局、聖王ランドルフをどうにかしないと……。
〈なら、その男を犯人だと確定させるために、マグノリアが囮になりなさいよ!〉
「……はい?」
ピヨン様の無茶ぶりとも言える提案に、私もテオドール様たちもきょとんと目をまるくした。
お読みいただきありがとうございます!
オウカ神聖王国は桜をモチーフにしているので、忍集団の紋章も桜を取り入れたくて家紋を調べていたら『九曜桜』という紋がありました。
甲賀忍者の家紋が九曜紋らしく、とてもぴったりだな~と採用してみました^^




