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62:狩猟大会④



 マグうさちゃんの使い方はとても簡単で、投げつけた時の衝撃で結界が発動するように出来ているらしい。

 ピヨン様のアドバイスが的確なおかげもあるのでしょうけれど、四歳でこんなにすごいものを作れてしまうなんて、イセル坊ちゃまは天才だわ!

 天使のように愛らしいだけではなく、努力も出来る天才だなんて、本当に凄いです……っ!!


 私はイセル坊ちゃまの素晴らしさを心の中で称えつつ、まずは火竜に接近することにした。

 口から吐く炎にも注意しなければならないけれど、近付き過ぎると火竜が全身に炎を纏った時に逃げ遅れてしまうかもしれないので、慎重に進まないと……。


「……そういえば、この火竜はどうして一度も飛ばないのかしら?」


 飛竜種なだけあって、火竜の背中には立派な翼があった。けれど一度も飛び立たずに、地面を歩いているだけだ。

 もちろん、城下へひとっ飛びしないのはこちらとしてはとてもありがたいのだけれど……。違和感があるわ。


 私はふと、火竜がやって来た方角に視線を向けた。


「あれ……っ!? どうして倒れたはずの木々が元に戻っているのかしら……!?」


 先ほどは確かに、バリバリと大きな音を立てて森の木々を薙ぎ倒していたのに。なぜか木々が元通りに生えていた。

 さらによく見れば、火竜とは比べ物にならないくらい小さなサイズの足跡が地面に残っている。

 この足跡は……、マッドタイガーかしら?


「まさか、集団幻覚を見ているとか……?」


 一瞬、自分の推測に驚いてしまったけれど、……幻覚なら火竜を一回殴ってみればわかるわよね。

 私は作戦を変更し、火竜の眼前まで跳躍して鼻先を殴ってみることにした。


 地上では、ルビウスが「ハァッ!!? 火竜に正面から殴り掛かる命知らずがいるのかよ!!?」と叫んでいた。

 どうやらご令嬢たちを避難させてくれたらしい。ありがとうございます。でも、私は魔導人形フリなので、命知らずという言葉は合わないかと。命がない設定なので。


 ガントレットに包まれた私の拳は、火竜の鼻先に当たったように見えた。

 けれど――……なんの感触もなかった。やはり幻だわ。


 火竜の足元に視線を向けると、火竜の輪郭を持つ影がないことに気が付く。

 代わりに、ネコ科の大きな魔物の影があった。


「やっぱり、マッドタイガーの上に幻覚がかけられているのね」


 どうしてそんなややこしい現象が発生しているのかは後で考えるとして。

 火竜が城下へ飛び立つ危険も、森林火災が発生する可能性も消えたことにホッとする。


 早速マッドタイガーを討伐してしまいましょう。

 でも、火竜の幻覚が被さっているから、マッドタイガーの体型が掴めなくて、仕留めづらいわね?

 幻覚が消えればいいのだけれど……。


「やっぱりマグうさちゃんの出番かもしれないわ」


 イセル坊ちゃまの結界なら、幻覚に惑わされずにマッドタイガー本体を捕らえることが出来るかもしれないわ。


 私は楽観的に考えて、マグうさちゃんを火竜の足元に投げつけてみた。


 何かに当たった衝撃で、マグうさちゃんから光が放ち始める。

 あまりの眩さに一瞬目を逸らしてしまったけれど、その間にドーム型の小さな結界が現れて、中にはマッドタイガーが閉じ込められていた。

 火竜の幻覚がすっかり消えてしまったけれど、きっとイセル坊ちゃまの聖力が凄すぎるおかげでしょう。

 上手くいって本当によかったわ……。


 というわけで実体が見えたので、ぱっこーんっ!! とマッドタイガーを殴りつけて倒しておく。

 結界はいつの間にか消えていた。


「嘘だろ……、マジかよ……」


 地面に落ちたマグうさちゃんの汚れを払っていると、ルビウスが呆然とした様子でこちらに近付いてきた。

 彼の視線は、捕縛されたマッドタイガーに固定されている。


「ルビウス。ご令嬢たちの避難誘導をしていただきありがとうございました。あなたのおかげで自由に戦えました」

「…………」


 彼にお礼を伝えたが、なんだか様子がおかしい。

 危険を回避出来たことの安堵も喜びもなく、むしろ苛立っているようだった。


 様子のおかしいルビウスを訝しげに思っていると。後方にいたテオドール様たちがやって来た。

 オリバー様とロイド様が厳しい顔つきで、先ほど避難させたご令嬢と紳士を拘束している。……何事かしら?


「マグノリア。魔物の討伐、ご苦労だった」

「い、いえ。火竜の正体はマッドタイガーだったので大したことはありませんでした。それで、その……そちらのお二人はどうしたのでしょうか……?」

「どうやらこの親子が、魔物を森へ運び込んだ犯人らしい」

「えぇ……?」


 テオドール様の説明によると、ご令嬢はテオドール様に並々ならぬ好意を寄せていたらしく、彼のパートナーになった私を消すために父親に泣きついたらしい。

 娘に甘い父親は冒険者ギルドに依頼して、マッドタイガーを森に運び込んだのだとか。

 そして狩猟大会当日の今日。テオドール様の隣に立つ私を再び見て憎悪が掻き立てられたご令嬢は、自ら森に入り、マッドタイガーを私にけしかけるために檻の鍵を開けたのだが――……。


「わたしのせいじゃないわ!! マッドタイガーが檻から出てきた途端、火竜に変化したのよ!! きっとお父様が何かしたんだわ!!」

「や、やめなさい、フレデリカ!! フィンドレイ公爵様、私も知らないんです!! 冒険者ギルドには確かにマッドタイガーを依頼して、森へ檻を運び込むときも同行して確認したのです!!」


 喚く二人を冷たく一瞥したテオドール様は「そういうことらしい」と話をまとめた。


「なぜマッドタイガーが火竜に見えたのかは不明だが、こやつらはマグノリアを害そうとした。騎士団に引き渡して、法の裁きを受けてもらう」


 テオドール様がそう言った後、ちょうど要請を受けた騎士団が現れた。

 彼らは捕らえられたマッドタイガーに驚きつつも、テオドール様から事情を聞くとすぐにご令嬢たちを連行し、マッドタイガーを運んで行った。


「……テオドール様。少し別行動してもよろしいでしょうか?」

「何か気掛かりでもあるのか?」

「騎士団が回収する前に、マッドタイガーの檻を確認したいのです。私たちが火竜の幻覚を見た原因が何か掴めないかと」

「わかった。許可しよう」

「あと、もう一つお願いがありまして……」


 私は声を潜めながら、ルビウスに視線を向ける。


「……彼の様子がおかしいです。私が檻の確認に行っている間、ルビウスの対応をお願いいたします」

「それくらい、お安い御用だ。任せておけ」


 テオドール様は軽く請け負ってくださると、私の頭をそっと撫でた。


「今日もよくやってくれた。ありがとう、マグノリア」

「いいえ。とんでもないことでございます」


 私がそっと気配を消して森の奥へ進む。代わりにテオドール様はルビウスに近付き、「カッターモール氏。今回の勝負はどちらも引き分けのようだ。狩猟大会で金一封を手にするのは、マッドタイガーを討伐したマグノリアですからな」と話しかけていた。


 ……そういえば、そんな勝負をしていましたね。

 でも、マッドタイガーはこの森に生息している魔物ではないのだけれど、いいのかしら……?





 森の奥に到着すると、ツル性の植物や葉っぱで覆い隠された大きな檻があった。これがマッドタイガーの檻なのでしょう。

 檻の周辺を見回せば、マッドタイガーの抜け毛や、多くの人間の足跡があり、特におかしなものは見当たらない。

 何か、幻覚魔法を扱える魔法使いがいた痕跡だとか、魔道具でも仕込まれているかと想像していたのだけれど。当てが外れたかしら……?


「……あれ? これって……」


 落ち葉の影に、破壊された魔道具の破片らしきものが残されていた。

 どうやら一足遅かったらしい。犯人かその仲間が、すでに証拠隠滅を図った後のようだ。


 でも、これも大事な証拠だわ。

 私は魔道具の破片らしきものをハンカチで包み、ポケットへしまうと、テオドール様の元へ戻ることにした。


 その日の狩猟大会の優勝者は、テオドール様がおっしゃっていたように、マッドタイガーを倒した私だった。


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