61:狩猟大会③
「なぜ、この森に火竜が現れるんだ!?」
ルビウスが驚愕の声を上げる。慌てて救護要請の魔導等を打ち上げていた。
……けれど、私やテオドール様、オリバー様とロイド様は、驚くよりも先に暗い表情になった。
顔を見合わせて、ヒソヒソと言葉を交わす。
「……まさか、ピヨン様が再び災いを呼んだのでしょうか? イセル坊ちゃまに、もう災いは呼ばないと約束されていましたのに……」
「だが、あの時、妖精は『……少なくとも、無関係の人間にまで被害が出るような災いは……』と条件を付けていた。この森にはオウカ神聖王国の使節団がいる。妖精が彼らをイセルの敵と判断してしまった可能性がないとは言い切れない」
「でも、テオ様。ピヨン様は今、イセル坊ちゃまと王城にいるんですよ!? こんな遠距離にあの黒い裂け目を出現させられるんですかね??」
「自分の記憶では、妖精は『出来ない』とは一言もおっしゃったことがないです」
私たちはすっかりピヨン様を疑っていた。
あまりにも凶悪な前科があるからだ。
責任問題に蒼褪める私たちへ、ルビウスが真剣な表情で話しかけてくる。
「騎士団が来るまで俺が火竜を足止めを試みるから、マグノリアたち後ろに下がっていてくれ」
どうやらルビウスは火竜相手に先鋒を務めるつもりらしい。
軟派な人だと思っていたけれど、いざという時は頼りになる性格なのですね。
でも、この火竜出現はピヨン様の癇癪の可能性が拭いきれない。それなのに討伐をルビウスに押しつけるわけにはいかなかった。
そもそもルビウスが剣術を嗜んでいようとも、それは一般人の範囲で、冒険者とは違う。彼が火竜と戦ったら大怪我を負うところしか想像出来なかった。フィンドレイ公爵家の責任になってしまう。
さらに火竜が森から逃げ出して城下の人々を襲うことになったら、目も当てられないわ。
「テオドール様、私が出ます。許可をください」
そう口にしてから、イセル坊ちゃまとの約束を思い出す。
……うん。あれは聖王ランドルフの策略に関する約束だわ。火竜討伐は確かに危険だし、命の危険と隣り合わせだけれど、ピヨン様がしでかしたことの後始末だもの。条件の範囲外なので大丈夫でしょう。……大丈夫でありますように。
テオドール様は一瞬、私のことを引き止めたそうに手を動かした。でも、すぐに引っ込める。
「わかった。絶対に故障しないでくれ。きみを修理に出している間のことを考えると、とても寂しいからな」
「承知いたしました」
「ハァ!? ちょっと待て、公爵!! 俺が戦うって言ってるだろ!?」
「カッターモール氏。我が家の決定に口を挟まないでくれないか」
「あんたはマグノリアが心配じゃないのか!? マグノリアのことを家宝だなんだというなら、後ろで守ってやれよ!!」
「心配しないはずがない。だがそれ以上に、私はマグノリアを信頼している」
ルビウスは酷く慌てていた。テオドール様に食ってかかっている。
……もしかしてルビウスは本当に私のことを心配してくれているのかもしれない。そう思うと、嬉しかった。
「あなたのほうこそ下がっていてください」
私はルビウスの背中を優しく押した。
「ルビウスのことも守って差し上げます」
「ま、マグノリア……っ!!」
ルビウスは絶句したが、気持ちを切り替えるように頭を横に振った。そして苦笑いを浮かべる。
「仕方がないな。じゃあ、せめて共闘させてくれ。俺は惚れた女が火竜と戦うのを黙って見てられるような男じゃないんだ。俺にマグノリアを守らせてくれ」
正直、足手まといだわ。
私はソロ討伐しか経験がないので、共闘出来るような協調性が自分にあるのか自信がない。
……でも、私が何を言ってもルビウスは火竜討伐に参加してきそうな気がするので、せめて目の届く範囲にいてもらったほうがいいかしら……? 危なくなったら守ってあげればいいし。
私は「承知いたしました」と頷いた。
火竜がどんどん近付いてくる。
待ち構えていると、突然、二人分の悲鳴が聞こえてきた。
「イヤァァァァ!!! 誰かっっっ!!! わたしを助けて!!! 酷いわ、お父様!!! わたしにこんな恐ろしい目に遭わせるなんて!!! 娘が可愛くないの!!? こんなの虐待だわ!!!」
「もちろんお父様は娘が可愛いに決まっているよ、フレデリカ!! とにかく今は走りなさい!! 騎士団に助けを求めるんだ!! それにしてもおかしいな……。冒険者ギルドに頼んだ時は……。こんなはずではなかったのだが……」
「もういやぁぁぁっ!!! 足が痛くて走れないわ!!!」
テントの辺りで私を睨んでいたご令嬢と、その父親らしき中年男性が、火竜に追われていた。
今まで火竜の巨体や地響きにばかり意識が向いていて、追われていた二人に気が付かなかったみたいだわ。
私は身体強化を使って、二人の元まで一瞬で駆けつける。
「だっ、大丈夫でしょうか……!? お怪我はありませんか?」
ご令嬢は私の顔を見ると、とてつもなく怖い顔をした。
「元はと言えばあなたのせいよ!!! あんな恐ろしい魔物が現れたのは!!!」
「やめなさい、フレデリカ!! 今は助けを求めるほうが先だろう!!」
「だって、お父様……!!!」
今にも噛みついてきそうなご令嬢に私はビクビクしながらも、『元はと言えばあなたのせい』という言葉を聞き逃さなかった。
……やはり、ピヨン様の災いが原因かもしれない。そうなるとフィンドレイ公爵家の責任で、務めている私にも関係がある。
「ちょっ、待って……。マグノリア、速過ぎ……っ!」
「ルビウス、ちょうどよかったです。こちらのお二人を避難させてください」
ようやく追いついたルビウスに、私はご令嬢たちを押しつけることにした。
これでルビウスが火竜で怪我をすることもなく、私も討伐に専念出来る。
ルビウスが「ハァッ!? ちょっと待てってば……!!」と喚いている声を聞き流し、私は火竜に接近した。
火竜はその名の通り、火を操ることに特化した飛竜種である。
体長は二階建ての屋敷くらいに大きく、オレンジ色に輝く鱗には耐火性があり、口から炎を吐くだけでなく全身に炎を纏うことが出来るらしい。火山の噴火口に好んで生息しているそうだ。
一番警戒すべきは炎による攻撃ね。
火は燃料と酸素と熱の三要素で発生するものだ。この場所が森であることが悔やまれるわ。燃料となる物が多過ぎる。
いっそ、この森から酸素を減らせたらいいのだけれど。せめて屋外ではなく密閉空間なら……。いえ、いくら防火性能があっても火竜相手に屋内は無理よね……。
炎攻撃がなければ、いつも通り腹パンで倒すのに……。
「あ。そういえば、イセル坊ちゃまからお借りしていたマグうさちゃんがあったわ」
私は腰のバッグから金色のうさぎのぬいぐるみを取り出した。これを使えば、一回だけ小さな結界が張れると聞いている。
火竜を結界の中に閉じ込めて炎攻撃を使わせれば、結界内の酸素が減って自滅するんじゃないかしら?
結界内の空気の流れがどうなっているかは未知数だけれど、火竜を捕獲してこの場に押し止められるだけでも十分な成果だし。
よし。その作戦で行きましょう!




