6:フィンドレイ公爵家
「ここがフィンドレイ公爵家……」
お城のように聳え立つ屋敷を見上げて、私は呆然とする。マグノリア子爵家の屋敷とは雲泥の差だった。
これが本物の『屋敷』なら、私が今まで住んでいたあの建物は『屋敷』ではなかったわね。公爵家に比べれば使用人の宿舎レベルだ。一応、羽振りの良い時代にご先祖様が建てたものだったのだけれど……。
そもそも、領地の規模からして違うのだ。
フィンドレイ公爵領には確かに五日で到着したのだけれど、そこはまだ領地の外れで、公爵家のお屋敷がある領都まではさらに馬車で二日かかった。
馬車の中から見えたのは、広大な農地だ。立派な実のついた小麦畑が延々と続き、その向こうには他の農作物も見える。山肌には葡萄畑が見えて、立派なワイナリーが何棟も建っていた。時折現れる牧場も広大で、そこだけで元ラインワース子爵領の街がすっぽり入りそうだった。
一次産業の規模だけでも驚くのに、ガラス工房も盛んだ。
先代公爵の代まではガラス職人たちを特区に閉じ込めて技術の流出を防ぎ、素晴らしいガラス工芸品を生みだしていたと聞く。現公爵の代になってからは解放されたけれど。
解放された理由は、先代公爵が工房を視察中に職人にナイフで刺されて死んだかららしい。過酷な労働状況に職人たちから恨みを買っていたそうだ。
現公爵が職人に対してさらなる締め付けをしなくてよかったわ。
血生臭い話はさておき、私は正門ではなく裏門に回り、警備をしている騎士に用件を告げる。
するとすぐに屋敷のほうから従僕がやって来て、侍女長がいる部屋まで案内された。
「魔導具師メイソン氏のもとから来たと聞いています。名前はなんと?」
「ま、マグノリアと申します……っ」
「マグノリア、メイソン氏から何か手紙は預かっておりますか?」
「はいっ。こちらに……!」
平民となった私は、これからフィンドレイ公爵家の侍女として働かせていただく予定なのだ。
私は侍女長にメイソンさんからの手紙を手渡す。
かつては王都でも名の知れた魔導具師であったメイソンさんは、フィンドレイ公爵家にも伝手を持っていて、私の紹介状を書いてくれたのである。「マグノリアお嬢様はソロの冒険者としても生きていけるだろうが……。それは最後の道として残しておきなさい。あなたはまだ若いのだから、他人と話すのが苦手だからと言って、人間社会で生きていくのを諦めてはいけないよ。フィンドレイ公爵家なら紹介してあげよう」と言って。
確かにメイソンさんの言うとおりだ。
叔父様の言うとおり、私は人間に向いていない。コミュニケーションは下手くそで、愛想笑いさえ出来ない無表情だ。ソロの冒険者として食い扶持を稼ぐほうがずっと楽である。
でも、それでは駄目なのだ。
人間社会は怖い。誰かと会話した後はたいてい「どうして私はあんなことを言ってしまったのでしょう……」って死にたくなるけれど。
それでもこの若さで人の輪の中で働くことを諦めてしまったら、私はたぶん一生『人と関わらずに生きること』を選択し続けようとしてしまう。
それがとっても寂しいことだということは、私にも分かるのだ。
両親にたくさん愛されて育ち、友達がほしいと願ったことだってあるのだもの。
侍女長はメイソンさんからの手紙をじっくりと読んでいた。
……そういえばメイソンさんってかなり癖字だったけれど、侍女長は解読出来るかしら?
内心ハラハラしていると、侍女長は「少しお待ちなさい」と言って部屋を出ていった。
え? どうしたのかしら? メイソンさんの手紙が判読出来なかったの???
暫くすると、侍女長は男性を伴って戻ってきた。
侍女長が「こちらはフィンドレイ公爵家の家令です。プライベートでは私の夫でもあります。顔を覚えておくように」と私に言う。
家令とは、屋敷の中で貴族の次に偉い人である。資産管理や事務を担当している。
ラインワース子爵家にも家令のルパートがいたけれど、叔父様に辞めさせられてしまった。今も元気だといいな……。
家令は私をジッと見つめると、――……なぜか、感嘆した。
「ほほう。なんて見事な出来なんだ。さすがは、王家にも魔導具を納めていたメイソン氏だ。彼に依頼して間違いなかったな。きみもそう思うだろう?」
「ええ、あなた。私も最初この子が入室してきた時は驚きました。本物の人間のようでしたよ」
侍女長も頬を桃色に染めて、興奮気味に頷いている。
というか、『本物の人間のよう』って、どういうことでしょうか?
ちゃんと本物の人間ですけれど……?
「これからイセル坊ちゃまの子守りを頼むよ、『子守り用魔導人形』くん」
「あなた、この子はマグノリアという名前です。魔導人形とはいえ、名前を呼んでさしあげてください」
「そうか。そうだな。これからはフィンドレイ公爵家の使用人仲間だものな。よろしく、マグノリア」
ちょうどその時、侍女長の手の中にあった紹介状が見えた。
「あ……っ」
メイソンさんの癖の強い字で『依頼されたものに関しては無理だ。単純作業をする魔導人形ならなんとか作れるかもしれないが、子守り用となると、現在の魔導具師の技術では作れない。代わりに侍女として推薦したい少女がいるので、フィンドレイ公爵家で雇ってほしい。名をマグノリアという。優しくて働き者の良い子だ』と書かれてあった。
……えぇっと。
つまりフィンドレイ公爵家はメイソンさんに『子守り用魔導人形』の制作を依頼していて、それで無表情過ぎて人形じみた私がメイソンさんからの紹介状を持ってきたから、依頼していた『子守り用魔導人形』が来たと思い込んでしまったというわけね。
メイソンさんからの評価に私は胸がじ~んとしたが、たぶん他の人にとっては手紙の文章の大半が判読不可能だったのだろう。
……でも、そうか。あとで本物の魔導人形が送られてくることもないのね。
それならこのまま私が魔導人形のフリをしても、バレないかもしれない。
だって、人間社会で生きていくことを諦めたくないけれど、やっぱり喋ったりするのは苦手だし。他人が怖いし。
魔導人形なら、雑談とか、場を和ませる冗談とか、望まれないだろうし。
……うん。魔導人形のフリをしましょう。
「こっ、子守り用魔導人形・マグノリアです。精一杯働きますので、何卒よろしくお願いいたします」
私はいつも通り無表情のまま、ぺこりと頭を下げたのだった。




