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59:狩猟大会①



 狩猟大会当日。私はデボラ王妃がデザインしてくださった狩猟服を着た。シャツにフリルが付いていたり、ベストに刺繍が入っていたり、ズボンのラインがスタイリッシュだ。

 長年着ている冒険者服と比べると、とても煌びやかでびっくりする。こういうところにお金をかけられてこそ、王侯貴族なのかもしれないわね。平民になった私にはもう関係のないことだけれど。

 狩猟大会で使用する武器は自由なので、私はいつも愛用しているガントレットを両手に嵌める。血抜き用のダガーも腰に下げた。


「あとはイセル坊ちゃまからお借りした、マグうさちゃん……」


 王城から出る前に、イセル坊ちゃまから金色のうさぎのぬいぐるみを手渡された。


『マグうさちゃんをもっていって! ぼく、いっぱいがんばったの! これでマグぅちゃんをまもるのよ!』

《イセルはね、こっそり、ぬいぐるみに聖力を注いでいたのよ。一回だけ、ちっちゃな結界が張れるから、お守りに持っていくといいわ》

『イセル坊ちゃま、私なんかのためにそんなことを……。ありがとうございます……! 大事に持ち帰りますね!』

『あぶないときはちゃんとつかってなの!』


 というわけで、大事なお守りとなったマグうさちゃんを小さなバッグに収納しておく。失くしたら大変だもの。


 着替え終わると、私は女性用更衣室代わりのテントから出た。

 テントが設置されているのは森の入り口にある空き地だ。狩猟大会を運営している官吏たちが集まっている大テントや、救護用テント、男性用更衣室代わりのテントが何個も建てられ、狩猟に参加しない女性のためにデボラ王妃殿下がお茶会を開いている区域もある。


 テオドール様たちを探してテントの間を進んでいくと、あちらこちらから視線を感じた。


「彼女が噂のフィンドレイ公爵様の恋人か。音楽会で披露したピアノの腕は素晴らしかったな。ぜひ我が屋敷でも演奏してほしいものだ」

「わたくしもすっかり彼女のファンなの。狩猟大会にも参加されるのかしら? 多芸な方なのね」

「オウカ神聖王国の使節団の若者も、彼女に好意を寄せているようでしたね。音楽会のラストに花束を渡して、頬に口付けていたでしょう。三角関係とは、フィンドレイ公爵様も隅に置けませんな」

「今日も熱い恋のバトルが見られるかしら? 楽しみだわ!」


 ……なんだか、以前より貴族たちがこちらを見る目が優しい気がするわ。

 テオドール様とルビウスと三角関係だなんてとんでもない誤解をされているのは、気になるところだけれど。前回よりも冷汗をかかずに済むかも……。


 でも、まだ一部からは厳しい表情が向けられている。

 父親と思しき紳士と並んでいるご令嬢が、憎々しげな声で「フィンドレイ公爵様があんな平民なんか選ぶはずないわ! 騙されているのよ!」と、わざと私に聞こえるように話している。

 こ、怖ぁ……っ!

 喧嘩を売られたら困るから、さっさとこの地帯を抜けましょう。


「マグノリア。ここにいたのか」

「テオドール様、お待たせいたしました」


 テント群を抜けると、テオドール様がいらっしゃった。豪奢な狩猟服をさらりと着こなし、腰に長剣を携えている。

 テオドール様の後ろにはオリバー様とロイド様もいらっしゃって、それぞれ弓や長剣を持っていた。


「マグノリアちゃんは武器はそれだけなの?」

「はい。このガントレットは毒や熱にも強いので、たいていの魔物は殴殺出来ます」

「わぁ……。美人の口から『殴殺』なんて単語は、聞きたくなさ過ぎるよ……」

「さすがは魔導人形氏ですね」


 雷系や氷系の高ランク魔物も討伐したことがあるし。

 この森に生息している程度の魔物なら、このガントレットで十分でしょう。


「マグノリア。これからの予定について話しておこう。クリストファー国王陛下から同行の許可をいただいた。これで私たちも使節団に接近することが出来る」

「あっ、ありがとうございます、テオドール様!」


 私は感謝を込めてテオドール様を見上げた。

 最悪の場合は私一人で使節団のあとをこっそり追いかけて、周囲との会話を盗み聞きしようと考えていたけれど。これで堂々を会話を聞くことが出来るわ。

 さすがはテオドール様!


「私も使節団の者たちに会話を誘導してみよう」

「よろしくお願いいたします、テオドール様」


 王都に来る前にフィンドレイ公爵領の冒険者ギルドに顔を出してみたけれど、ギルドマスターはまだ情報が手に入らないと首を横に振っていた。

 ぜひとも使節団から聖王やオウカ神聖王国の現状を探らないと……。


「そろそろ私たちも集合場所へ移動しよう」

「はい」


 私たちは集合場所まで歩いていく。それほど大きな森ではないので、狩猟参加者の馬の使用は禁止だ。

 馬を使えるのは巡回の騎士だけで、救護要請用の魔導灯を空に打ち上げれば駆けつけてくれることになっていた。


「あっ。おーい! マグノリアとそのご主人様! 今日はいい天気になったな。最高の狩猟日和だ」

「……ルビウス」

「また、あなたか」


 前方で、狩猟服姿のルビウスが大きく手を振っていた。

 私は思わず警戒に固くなり、テオドール様も眉間に深いシワを刻んでいる。


 しかし、今日こそはオウカ神聖王国の情報を聞き出したい。

 使節団の方々に自分から話しかけるのが怖過ぎて聞き役に徹するつもりだったけれど、ルビウス相手ならば自分からも話しかけられそうだわ。

 会話下手な私だけれど、向こうからぐいぐい話しかけてくれる相手なら、なんとか対応出来る。


 ……とはいえ、相手は突然頬に口付けてくるような変質者です。

 どうしても腰が引けてしまう。


「ご、ごきげんよう、ルビウス……。ほ、本日はよろしくお願いいたします……」

「あれ? まだ俺に緊張してんの? それとも意識してくれてるとか?」

「頬を突くのはやめてください」

「えー。柔らかくて気持ちいいのに。本当に人工皮膚なの、これ?」


 ルビウスは私の頬を指で突きながら、機嫌が良さそうに笑う。

 それに反比例するように、テオドール様がどんどん不機嫌になっていく。なんとなくテオドール様の周囲だけ気温が下がっている気がした。


「マグノリア、こちらに来なさい」

「は、はいっ」


 テオドール様は持っていたハンカチを水筒の水で軽く濡らしてから、私の頬を拭いた。

 実は音楽会のあとも、テオドール様から「マグノリアの人工皮膚は水に濡れても問題ないか?」と確認されて、ルビウスに口付けられたほうの頬をゴシゴシと拭かれた。

 最終的に洗顔までされた。

 どうせ化粧を落とさなければならなかったので、問題はないのだけれど……。とっても怖かったわ……。


 今も鬼気迫るご様子のテオドール様を刺激しないように、私は棒立ちする。


「私はあなたに、マグノリアに不埒な真似をしないでいただきたいと何度も苦情をお伝えしているはずだが。オウカ神聖王国は、我が国と友好関係を築きたいのではなかったのですか? 個人間の話し合いで解決したかったのですが、今後も我が家の家宝にちょっかいを出すのなら、正式に国へ抗議するしかありませんな」

「そこまで目くじらを立てることでもないでしょう、フィンドレイ公爵様? 異国の地で運命の相手に巡り会えた俺に免じて、事を荒立てないでくださいよ。心の狭いご主人様だなんて、あなたもマグノリアに思われたくないでしょ」

「マグノリアは私に忠誠を誓っている。彼女の人工頭脳がそんなことを考えるはずもない」

「えー。マグノリアからも何か言ってよ」

「触らないでください」

「えぇー」

「マグノリア、次にカッターモール氏に不埒なことをされそうになったら反撃するように。国際問題になっても私が責任を取る」

「承知いたしました、テオドール様」

「ええぇ~」


 ふいに、クリストファー国王陛下と使節団の代表である伯爵の話し声が、耳に飛び込んできた。


「しかし、伯爵。それでは当初の予定とは違いますが」

「我々はネルテラント王国と友好条約を結びたいのです。そのためには、この国の方々ともっと話をしなければ。せっかくの機会なのですから、使節団全員が固まってクリストファー国王陛下に同行するべきではありません。分散して、ほかの貴族の方たちに同行させていただきたい」

「護衛の問題があります。分散されては騎士たちも困ります」

「この森にはそれほど強い魔物もおらず、騎士が巡回するとも聞いております。安全でしょう」


 オウカ神聖王国の伯爵は両手を広げて、「お集まりの皆様!」と呼びかけ、周囲の注目を集める。


「我々オウカ神聖王国は、この狩猟大会で皆様と親交を深めたいと思っております! どうか皆様のチームに、使節団の者を一人か二人ほど、仲間に入れてやってください! どうかよろしくお願いいたします!」


 えぇぇ……!? 使節団はクリストファー国王陛下と行動するんじゃなかったのかしら!?

 頑張って内情を探る予定だったのに、分散されてしまっては集まる情報が少なくなってしまうわ!?


「じゃあ、俺はマグノリアと話したいから、フィンドレイ公爵様のチームに入るか。公爵様、よろしくお願いしまーす」


 ルビウスが曇りのない笑顔を浮かべた。


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