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58:たくらみ



 音楽会の翌日。

 すでにイセル坊ちゃまの夕食と入浴も終わり、あとはベッドで眠るだけの状態なので、室内にいる使用人は私一人になっていた。

 廊下には夜勤の騎士が立っているけれど、人目のない時間帯は今だけなので、「少しだけですよ」と約束して、イセル坊ちゃまはこっそり聖力の修業をしている。


 イセル坊ちゃまの両手からは、以前よりずっと大きな光の玉が現れるようになった。

 ピヨン様は〈努力の成果ね〉と喜んで、出来上がった光の玉に体を突っ込み、全身で吸収している。


〈あぁ……。イセルの聖力は本当に最高だわ。こんなに清らかで美味しいもの、あたし、初めてよ〉

「ピヨンちゃん、よっぱらったパパみたいなおかおをしているの。そういうの、だらしないっていうのよ。ママがいってたの」

〈あら、イヒヒヒ、ごめんなさいね。イセルの教育に悪かったわ〉


 ピヨン様はシャキッとした顔つきをすると、話題を変えるために私へ話しかけた。


〈それで、マグノリアが音楽祭でピアノを演奏した話は聞いたけれど。オウカ神聖王国について何かわかったの?〉

「ハッッッ!!?」


 私はあんぐりと口を開けた。

 全然探りを入れられなかったわ……。

 ルビウスを警戒してばかりで、ほかの使節団の方に話しかける……のは元々難しいけれど、会話を盗み聞きするとかも出来なかったわ……。


「ひぇぇぇぇ! 申し訳ございません、イセル坊ちゃま、ピヨン様……! 私、ちっともお役に立てませんでした……!」

「マグぅちゃんはきのう、ピアノをがんばるしたんでしょ? つぎ、がんばればいいのよ」

〈次は狩猟大会だっけ? 場所はどこなの?〉

「王都の外れにある、王家の管理地になっている森です……。そこには低ランクの魔物が棲みついていて、定期的に騎士団が駆除を行ったり、貴族たちに開放されて絶好の狩場になるそうです」

〈ふぅん。催しのために開放することにしたのね〉


 森に棲んでいるのは一角ネズミやスライムなどの、デビューしたばかりの冒険者くらいしか相手にしないような低ランクの魔物ばかりらしい。

 どちらも討伐は簡単だけれど、繁殖力や分裂スピードが早いので、放っておけば市街地まで押し寄せてくる可能性がある。定期的に駆除しなければならない魔物だ。

 冒険者の視点から言うと、お金にならない魔物なので、貴族の娯楽としてバンバン狩ってほしい。


〈森の中を自由に移動出来るなら、使節団の後ろに付いて行って、いろいろ話を聞き出せるんじゃない?〉

「そうですね」


 たぶん、使節団はクリストファー国王陛下や騎士団と行動することになると思う。オウカ神聖王国と繋ぎを作りたい貴族たちも同行しようとするでしょう。

 彼らのあとにくっついて行けば、オウカ神聖王国の魂胆もわかるかもしれないわ。


「使節団に同行出来るよう、テオドール様にお願いしてみようと思います。狩猟大会は従者の同伴が許可されているので、テオドール様にはオリバー様とロイド様が付きます。私が単独行動しても問題ないですから」

〈うんうん。イセルのために頑張りなさい〉


 ふと気が付くと、イセル坊ちゃまが私の隣に座り、おなかのあたりにギュッと抱き着いてきた。


「イセル坊ちゃま、いかがされましたか?」

「あのね、マグぅちゃん……」


 イセル坊ちゃまは私のおなかに顔を押しつけたまま、小さな声で話し出す。


「マグぅちゃんはあぶないことはしちゃだめよ。……ぼく、パパとママがしんじゃったときのこと、あんまりおぼえてないの。テオおじさまが、ぼくはきをうしなってたっていってた。パパとママとしらないおとこのひとたちが、たくさんしんでて、ぼくはパパのローブにくるまってたって……」

「……坊ちゃま」

「でもね、とってもこわかったことだけはおぼえてるの。いまも、パパとママをころした、ママのくにがこわい……」


 イセル坊ちゃまは両親が殺された瞬間のことを覚えていない。

 偶然気を失っていたからなのか、あまりのショックに記憶が抜け落ちてしまったのか、それはわからない。

 出来れば前者であってほしいと思うけれど、イセル坊ちゃまが心因性失声症になったことを考えると、後者の可能性は否定しきれない。

 どうか思い出しませんように、と願ってしまう。


「マグぅちゃんは、あぶないことしちゃだめよ。ぼくのためにがんばってくれるのはうれしいの。でも、パパとママみたいに、しんじゃやなの……」

「……大丈夫ですよ、イセル坊ちゃま。私は死んだりしません。とってもとっても強いので、聖王にも殺せません」

「ほんとう? やくそくできる?」

「はい。約束します。私はオウカ神聖王国に殺されたりなんかしません」

「よかったぁ」


 イセル坊ちゃまは安心したように顔を上げた。その黒い瞳は涙に濡れていて、鼻の頭が赤くなっている。


 こんなに可愛いイセル坊ちゃまからご両親を奪った聖王に、強い怒りを感じる。

 私はサブリナ様やゼオン様のお顔も知らないけれど、きっと絶対に、イセル坊ちゃまが大人になるのを傍で見届けたかったはず。

 縁があって子守り係になったのだから、イセル坊ちゃまが安心して暮せるようにしないと……!


「マグぅちゃんはぼくのヒーローだもん。しんじゃったりしないのよ」

「はい」


 段々口調がゆっくりになってきたイセル坊ちゃまを、私は抱きかかえる。


「もうお休みの時間です。ベッドで眠りましょう」

「うん……。おやすみ、またあしたなの……」


 イセル坊ちゃまをベッドに寝かせると、ピヨン様も彼の枕元に体を横たえて丸くなる。


〈イセルを不安がらせないためにも、オウカ神聖王国の狙いを頑張って探ってちょうだい〉

「はい、ピヨン様」


 私は身を引き締めて頷いた。





 王城に泊る人々が寝静まる深夜、ルビウスは王都外れにある森を歩いていた。


「ここはいい国だなぁ。街は活気に溢れて、人々の目には希望が宿り、おまけに人間の居住地までやって来るランクの高い魔物はいない」


 ルビウスは歌うように言いながら、襲い掛かってくる一角ネズミにクナイを投げつけた。

 そんな彼に向って、木の影から話しかける人物が現れる。


「ルビウスよ。こんなところで何を遊んでいるのでござるか?」

「遊んでなんかいませんよ、先輩。狩猟大会に向けて下見してるんです。俺たちは影の者なんで、やっぱり夜が活動しやすい」

「なるほど。貴殿の言い分は理解したでござる。しかし、聖王ランドルフ陛下の貴殿への命令は、おなごを一人懐柔することであろう。このような場所で時間を食っている場合ではなかろうに」

「おや、先輩。俺のやり方を信じてくれないんですか?」

「正直、ちと不安を抱いているでござる。昨日の音楽会では、件のおなごにかなり激しく警戒されているように見えたでござるよ」

「先輩、どこから見ていたんです?」

「某の使役獣に偵察させたのでござる」


 忍者の肩には一羽の鳥がいて、首元に小さな魔道具を括りつけられていた。その魔道具を通して、音楽堂の様子を監視していたのだろう。

 フィンドレイ公爵家に使役獣を侵入させようとしたこともあったが、イセルに近付いた瞬間、マグノリアが討伐してしまうので効果がなかった。

 王城の警備のほうがまだ掻い潜れるのだった。


「まぁ、今はマグノリアに警戒されてますし、公爵も面倒ですけれど。最後には俺に惚れますよ。ていうか、堕とします」

「ほぉ。大した自信でござるな」

「単なる経験の積み重ねです。何事もそうでしょ?」

「確かにそうでござるが……」


 ふいに、ルビウスの進行方向から声や物音が聞こえてきた。

 ルビウスと忍者は顔を見合わせると、口を閉じて、音が聞こえてくるほうへそっと近付いていく。


 森の奥にいたのは、数人の男たちだった。

 何やら巨大な檻を運び込んでいるらしい。


「この檻が絶対に見つからないように、落ち葉かなんかで隠しておくれ」

「それはいいですけれど……。でも、なんでこんな高ランクの魔物が必要なんですか? 今度この森で王家主催の狩猟大会があるんでしょう?」

「ちょっとした余興に必要なんだ。ほら、とにかく黙っていてくれ。冒険者ギルドへの依頼料に色を付けておくからさ」

「本当ですか!? ありがとうございます!」


 どうやら冒険者ギルドに誰かが依頼をして、高ランクの魔物を運び込んでいるらしい。


 職員らしい男たちがヒソヒソと話す。


「高ランクの魔物が余興か……。そういえば、フィンドレイ公爵領の冒険者ギルドでも似たような案件があったって聞いたな」

「ああ、それ、公爵家に雇われた殺戮人形が余興に使ったって聞いたな」

「王家主催の狩猟大会なら、殺戮人形も公爵の護衛で参加するだろうから、また彼女が使うんじゃないか?」

「なるほどなぁ」

「おい! そこのきみたちももっと手を動かしてくれ!」

「はいはい。かしこまりました、依頼主様」


 男たちが森から出ていくまで様子を観察していたルビウスは、「ふぅん?」と唇に弧を描く。


「高ランクの魔物か。利用したら面白そうだなぁ」

「ルビウスよ、あの魔物をどうするつもりでござるか?」

「先輩、吊り橋効果って知ってますか? 恐怖と恋のときめきは間違えやすいってやつです」

「ほぉ。なるほど。それは確かに面白そうでござるな」

「でしょう? 俺、次の手は魔物に決~めた」

「貴殿の策の成功を祈ろう。それでは某はこれにてドロンでござる!」


 忍者は闇夜に隠れて去っていき、ルビウスだけが魔物の檻の前で赤い瞳を怪しく輝かせていた。


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