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57:音楽会③



 テオドール様に許可をいただき、私はマールさんとともに演奏者たちの控室に向かう。そこで詳しく事情を聞くことにした。


「実は予定していたピアニストが朝風呂に入っていた時に、派手に滑って転んだらしいんだ。その際に変なふうに床に手をついてしまってな……。親指を骨折してしまって、出演出来ないんだ」


 マールさんは頭が痛いというように顔を顰める。


 ピアニストが事件に巻き込まれたとか、命にかかわる病になったわけではないのはよかったけれど。当日に出演出来なくなるのは大変よね。本人もつらいでしょうし。


「代役は用意していなかったのか?」


 私の隣で話を聞いていたテオドール様が口を挟む。

 事情を説明した時に「きみを一人で行かせるわけにはいかないだろう」と言って、ついて来てくださったのだ。


「もちろん代役はいます。ですが、代役のピアニストはネルテラント王国の曲は問題ないのですが、後半のオウカ神聖王国の曲はまだ観客に聴かせられるレベルではないんです」

「なるほど。そういうことか」


 むしろ、骨折してしまったピアニストが凄過ぎるだけなのだと思う。数日前にやっと用意することの出来た楽譜で、観客に披露出来るレベルにまで熟せるなんて、天才だわ。


「マグノリアさん、どうかオウカ神聖王国の曲を弾いてくれないだろうか!? あなたの腕前なら観客も納得する!! 使節団の方々にも喜んでもらえるはずだ!!」

「……えっと、私……」


 友達がほしくて、人に好かれるような技能を身につけたくて、必死に頑張った幼少期の記憶が蘇る。


 オウカ神聖王国の曲を弾くことが難しいわけじゃない。もうすでに指が覚えている短い童謡を、二、三曲弾くだけだ。

 きっとテオドール様だって反対しない。曲の演奏中はご令嬢たちに話しかけられることもないから、女性避けとしてのパートナーは必要ないもの。閉会までにテオドール様の元に戻れば問題はないでしょう。


 ただ、自信がない。

 こんな私なんかの演奏でも、誰かを喜ばせることが出来るのかしら……?


「やってみるといい、マグノリア。きみなら完璧に演奏出来る」

「……テオドール様」


 ふいにテオドール様から背中を押される。

 驚いて彼を見上げた。


「きみは私の自慢だ」


 嘘吐きな私なんかを、自分で自分のことを信じ切れない私のことを、テオドール様は信じてくれる。

 いつか辞表を提出する時のことを考えると自責の念に苛まれるけれど、でも、今この瞬間は、この方の信頼に応えたくてたまらなくなる。

 今だけでも、テオドール様が信じてくれる私でいたい。


「ありがとうございます、テオドール様。私、精一杯努めてまいります」

「ああ。私は観客席で応援している。頑張って来い」

「やった! ありがとう、マグノリアさん! 早速だが楽譜はこれだ! 控室の隣に練習室があるから、本番までそこのピアノで練習してくれ!」


 こうして私も音楽会に出演することになった。





 本番が来るまで、私はほかの楽器の演奏者たちと一緒に練習をした。

 さすがは王家に仕える音楽家たちで、難なく私のピアノに合わせてくれる。


「あなたのピアノはこの間、何度も聴いたもの。合わせるなんて簡単よ」

「マグノリアさんのピアノはお手本のように正確だから、合わせやすいしね」


 そんなふうに言ってくれた。

 ほかの演奏者たちが音楽会の開幕とともに練習室からいなくなると、私は自分の順番が来るまでひたすらピアノを練習し、自分の指がなめらかに動くように温めた。


 係りの人に呼ばれると、ステージ横に控える。


「最後は、オウカ神聖王国の童謡を三曲続けて演奏いたします。どうぞお楽しみください!」


 いよいよオウカ神聖王国の曲を演奏する時間がやって来た。

 ステージに出ると、観客席から一斉に視線を向けられる。


「彼女、フィンドレイ公爵様のパートナーとして来ていた子じゃない? ピアニストだったの?」

「公爵様がパトロンをしていらっしゃるということ!?」

「どうせ愛人止まりのくせに出しゃばって。どれほどの腕か見ものだわ」

「酷いわ、お父様!! フィンドレイ公爵様には特定の女性はいらっしゃらないとおっしゃっていたじゃない!! フィンドレイ公爵様がわたしだけのものにならないなんて、わたしは嫌よ!!」

「そのはずだったんだが……。とりあえず落ち着きなさい、フレデリカ!」


 ひぇぇぇぇぇ……っ!! とんでもない言われようだわ……っ!?


 顔がどんどん蒼褪めてくる。

 普段は自分の無表情っぷりが嫌でしょうがないのに、この時ばかりは動揺や緊張が顔に現れない体質でよかったと思ってしまう。

 そういえば以前、デボラ王妃殿下が私の無表情は社交界で武器になるとおっしゃっていたけれど、こういうことかもしれないわね。


 チラリと観客席の前のほうを見れば、デボラ王妃殿下が『応援してるわよ、マグノリア!』と唇をパクパク動かしていた。

 クリストファー国王陛下のほうはちょっと心配そうな表情をされていて、『頑張れ』と励ましてくださる。

 読唇術を学んでいてよかったわ。


 テオドール様はというと、我が家の魔導人形の活躍に微塵の疑いもない、という感じの微笑みを浮かべていらっしゃった。

 その表情を見たら、臣下として主人に恥はかかせまい、という熱い気持ちが湧いてくる。


 テオドール様の微笑みに気付いたご令嬢たちがまた騒ぎだし、私へ殺意の籠った視線を向けてきたけれど、私はしっかりと足を踏み出した。

 代役のピアニストと交代する。


 指揮者のマールさんが指揮棒をあげれば、観客席もすぐに静まり返る。

 静謐の中でマールさんと目が合い、彼の合図に合わせて私は鍵盤を弾いた。

 ほかの演奏者たちもそれぞれの楽器を奏で始め、全身が音楽に浸る。音が楽しいとは、まさにこのことでしょう。


 気が付けばあっという間に、三曲を演奏し終えていた。


 額に汗が滲み、なんだかぼんやりとした気持ちで周囲を見回せば、ステージ上のマールさんやほかの演奏者たちから満足気な表情を向けられていた。

 観客席では多くの人々が立ち上がって拍手をしていて、「よかったわ!! さすがはフィンドレイ公爵様に認められたピアニストね!!」「むしろ私もパトロンの一人になりたい!! 彼女は素晴らしい音楽家よ!!」「公爵様は見る目があるなぁ」と、なぜか褒めてくださっていた。

 テオドール様も穏やかな表情で拍手をしている。国王陛下も使節団の方々も感心した表情をしていて、デボラ王妃殿下だけは「ピアニストとしてお抱えにするのも迷うわねぇ……」と真剣に悩んでいるご様子だった。


 よかった。私、ちゃんと誰かを楽しませることが出来たんだわ。


「少々よろしいでしょうか!? オウカ神聖王国を代表して、演奏者たちに敬意を表したい!」


 突然、観客席から声をあげたのは、ルビウスだった。

 彼はステージに勝手に上がると、「我々の母国の曲を素晴らしい腕前で演奏してくれた彼女に、ぜひ花束を手渡したい」と言って、なぜか私の前までやって来る。


 こういう時って、指揮者のマールさんに渡すべきじゃないかしら……?

 というか、ルビウスは手ぶらに見えるのだけれど。もしかして小さな花束でも上着の内側に隠しているのかしら?


「いや~、本当にいい演奏だったよ。マグノリアはピアノが得意なんだな」

「……一体、何を企んでいるのですか? 私を指名するなんて不自然です」

「そう警戒するなよ。本当にマグノリアの演奏が素晴らしかったんだ。だから演奏者も観客も、俺が花束をきみに手渡そうとするのに疑問を持っていないだろ。……まぁ、きみのご主人様は怖い顔をしているけれどな」


 ルビウスの言うとおり、テオドール様は先ほどの穏やかな表情はどこにいったのか、しかめっ面を浮かべていた。

 お優しいテオドール様を不快にさせるなんて、酷い人だわ……!


 ルビウスは突然、上着の内ポケットから木の棒を取り出した。

 ……一体なぜ、木の棒?


「その木の棒はなんですか? 花束をくださるんじゃなかったのですか?」

「本当なら丸太なんだけれどさ。まぁ、この棒を見ててよ」


 ルビウスが木の棒を空中に放り投げると、ポンっと煙が現れた。その煙が晴れると、木の棒は真っ赤な薔薇の花束に変化していた。


 魔法や手品のような出来事に、観客たちは歓声を上げる。


「さぁ、マグノリア。花束をどうぞ?」

「……ありがとうございます」


 この状況で花束を受け取らないという選択を選ぶ勇気はなくて、私は仕方なくルビウスに近付いた。

 ルビウスから花束を受け取った途端、彼にぐいっと肩を抱えられた。そして頬に口付けられてしまう。


「何を……っ!?」

「俺、ますますマグノリアに惚れちゃった。だから宣戦布告ってやつかな?」


 ぽかんとしてルビウスを見上げれば、彼は悪びれもなくそう宣った。


 私の背筋がゾクリと震える。

 黄色い声をあげる貴族たちの間から、黒いオーラをズモモモモ……ッと放つテオドール様が見えた。


 本当にルビウスの狙いはなんなのかしら……?





「酷いわ!! 酷い、酷い、酷い!! お父様の嘘吐き!! わたしとフィンドレイ公爵様を結婚させてくれるって言ったじゃない!!! 大嘘吐き!!!」

「やめなさい、フレデリカ……。お父様だって、あんな女が現れるとは思っていなかったんだよ……」

「フィンドレイ公爵様はわたしのものなんだから!! お父様、どうにかしてちょうだい!!」

「わかった、わかったから暴れるのはやめなさい……」


 音楽会が無事に終わると、王城に宿泊していない貴族たちがタウンハウスへの帰路につくため、街中は高級な馬車で溢れていた。

 その中の一つの馬車内でこんな会話が交わされていたが、今はまだ誰も知る由もなかった。


評価やブクマをいただけると嬉しいです(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾

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