53:王城に滞在
「ここがイセルの滞在する部屋よ! 扉の近くには使用人用の小部屋もあるから、マグノリアはそちらを使ってちょうだい」
存在そのものがエネルギッシュなデボラ王妃殿下が、豪奢な室内を示してそう言った。
ここは王族が暮らす区域にある一室だ。城内に部屋を持つ高位貴族の区域よりも、さらに奥まった場所にある。許可のない者は立ち入り禁止なので、城内で最も安全な場所と言える。
まさかイセル坊ちゃまのために、王家がこれほどの待遇を用意してくれるとは思わなかったわ。
ここなら使節団の方々が城内をうろついても、イセル坊ちゃまと鉢合わせることはない。王城滞在中もイセル坊ちゃまが窮屈な思いをせずに済むでしょう。
「イセル、わたくしとまいにちいっしょにおしょくじをしましょうね。わたくし、おとうさまやおかあさまがおいそがしくて、よくひとりでたべますの。イセルがおしろにとまりにきてくれて、うれしいわ」
「はい、アリーヤさま!」
イセル坊ちゃまはさっそくアリーヤ王女殿下と食事の約束をしていて、嬉しそうだ。
ピヨン様も室内をキラキラと飛び回り、〈なかなか素敵な部屋じゃない〉と満足そう。
「お気遣いいただきありがとうございます、デボラ王妃殿下」
淡々とした口調でお礼を述べたのはフィンドレイ公爵様だ。
馬車の中ではなんだか普段とは違う様子だったけれど、王城に着いてからは気持ちを切り替えたように隙が無い。
今も彼の佇まいには『公爵』の地位に相応しい高貴さが溢れている。下々の者は気後れして、安易に近寄れないオーラがあった。
「いいのよ、いいの。イセルを守るためですもの。けれど、フィンドレイ公爵の部屋もこちらの区域に用意出来るのに、本当にいつもの部屋でよろしいの?」
「ええ。イセルが城内にいることをオウカ神聖王国側に悟られないためにも、いつもの部屋に滞在いたします」
「そう。わかったわ」
フィンドレイ公爵様は王族の区域には宿泊せず、ほかの高位貴族と同じ区域の部屋に滞在されることになった。
それゆえ、同行したオリバー様や侍女長たち、護衛長のロイド様はフィンドレイ公爵様のほうにつく。
イセル坊ちゃまは王城の侍女や騎士の警護があるため、私と数人の護衛がつき、私がフィンドレイ公爵様に同行する時だけ、侍女長がイセル坊ちゃまにつくことになった。
ちなみに家令は屋敷でフィンドレイ公爵様の代理をしている。
「イセル。何か困ったことがあれば、すぐにマグノリアや王城の侍女に話すように。私も時間を作って、出来るだけ会いに来る」
「はい! テオおじさま! ぼくね、テオうさちゃんもマグうさちゃんもいっしょにいるから、さびしいのもがまんできるのよ」
「そうか。うさぎたちも一緒なら安心だな」
〈あたしも一緒だから平気よ。ぬいぐるみなんかよりも役に立つわ〉
退室する前に、フィンドレイ公爵様がイセル坊ちゃまに優しく声をかける。
まるで騎士のように床に片膝をつくフィンドレイ公爵様は、いつの間にかすっかり保護者役が板についたようだ。
王城の侍女たちが驚いたように目を見開いたり、うっとりとした表情で、フィンドレイ公爵様を見つめている。
……なるほど。これは確かに女性避けが必要そうだわ。
「じゃあ、マグノリアちゃん。イセル坊ちゃまのことをよろしくね」
「何かあれば相談に来なさい。私のほうも定期的に顔を出しますから」
「はい。かしこまりました、オリバー様、侍女長」
ロイド様にも部下をお借りすることへのお礼を伝えると、「この機会に魔導人形氏に鍛えていただければ幸いです!」と爽やかに微笑まれた。
ふと気が付くと、非常に強い視線を感じる。
視線を感じるほうへ顔を向けると、……フィンドレイ公爵様だった。
「いかがなさいましたか、フィンドレイ公爵様?」
「……いや。なんでもない」
フィンドレイ公爵様は眉間にシワを寄せながら、私から視線を逸らした。
先ほどまでこちらを見ていたのに、なぜ?
不可解になるほどの逸らしっぷりだ。あきらかに、なんでもないという感じがしない。
やはりまだ、私が結婚詐欺に遭いかけたことを気にしていらっしゃるのかしら……?
……そうよね。普通、貴重な家宝にちょっかいを出されたら嫌だわ。
私も叔父様にラインワース子爵家の家財や蔵書を売り払われた時、本当に悲しくてつらかったもの。わかるわ。
だからフィンドレイ公爵様はモヤモヤして、いつもと態度が違うのね。
「……イセルのことを頼む。それと、王妃殿下にきみの衣装を用意してくださるようお願いをした。好きなものを選びなさい」
「はい。承知いたしました」
いつもよりずっと硬い口調で私に指示を出すと、フィンドレイ公爵様は侍女長たちを連れて退室していく。
なぜかオリバー様が「マグノリアちゃん、テオ様がごめんね!」と言うように頭を下げてきたのが不思議だった。
「さぁ~て。公爵もいなくなったことですし。さっそく始めましょう!!!」
「……な、何を始められるのでしょうか、デボラ王妃殿下……?」
「決まっているじゃない!! 着せ替え遊びよ!!」
デボラ王妃殿下がパンパンと両手を叩くと、再び扉が開いて、侍女たちがたくさんの衣装を運んで来る。
フィンドレイ公爵様がおっしゃっていた私用の衣装だけでなく、イセル坊ちゃま用の衣装やアリーヤ王女殿下用の衣装、さらにデボラ王妃殿下用の衣装まであって、布の大洪水だわ。
「王城に滞在している間は、すべてわたくしのデザインした衣装を着てもらうわよ! マグノリアのお仕着せはもちろん、全員お揃いの衣装や寝着も用意したの! それに、ここにいる侍女たちはマグノリアが魔導人形のフリをしていることは知っているから安心してちょうだい! 口外はさせないわ。フィンドレイ公爵様に同行する時も、あなたの支度を担当してくれるからね!」
「あ、あの、デボラ王妃殿下……! いろいろご配慮いただきありがとうございます。ですが、その、私はフィンドレイ公爵様に同行する催し用の衣装だけで十分ですので、その……!」
「可愛い子を着飾らせる楽しみをわたくしから奪う気なの、マグノリア? そんな酷いことするわけないわよね? イセルもアリーヤも、素敵なお洋服を着るのは嬉しいでしょう?」
「はい! おかあさま! イセル、おそろいのおようふくをきましょうね!」
「はいっ、アリーヤさま! ぼく、みんなでおそろいなの、うれしいの!」
ニコニコと満面の笑みを浮かべる幼児たちに勝てるはずもなく、私は「よ、喜んで着させていただきます……」と返事をした。




