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52:寄り道②



 風に乗ったチラシはどんどん遠くへと飛ばされていく。

 人通りが少なければすぐに追いつけるのだけれど、人を除けながら走るのは案外難しかった。

 ……私が今まで走ったことがある場所って、人の少ない元ラインワース子爵領や、ソロ討伐に向かった山奥とかだものね。

 人を除ける技術がなくて、動きがもたついてしまう。


 それでもなんとかチラシを追いかけていくと、人気のない場所に辿り着いた。

 道の突き当りには煉瓦で出来た胸の高さほどの壁があった。この辺りは高台らしく、壁の上から覗き込むと城下を一望出来た。


「わぁ……。綺麗な眺めだわ……」


 チラシを追いかけていたことを一瞬忘れて、澄み渡った空の青さと、赤茶けた煉瓦の建物が建ち並ぶ風景に見惚れた。

 あちらこちらの庭先に色づく濃いピンクの花や若々しい緑の木々、通り抜けていく風の感触、どこからか聞こえる子供たちの明るい笑い声。

 ……世界はこんなにも広いのだから、私なんかでも、仲良しになれる人がいつかは一人くらい現れるかしら……。


 フィンドレイ公爵様と同伴して社交界へ顔を出すと決まってから、つい感傷的になってしまっていけないわ。

 今はチラシを見つけないと……。


「こんにちは」


 人気などなかったはずなのに、突然横から声をかけられて、私は思わず相手からハビュンッと距離を取った。

 び、びっくりした……!!! 心臓がバクバクするわ……!!!


「えっ。すごいジャンプ力だね。まるでうさぎみたい」


 私に声をかけてきたのは、二十代前半くらいの美麗な男性だった。

 少し癖のある赤髪が肩につく長さまで伸びていて、ルビーのように澄んだ赤い瞳がキラキラというかギラギラと輝いている。華やかで色気の溢れた美貌である。

 なんだかちょっとライオンぽい雰囲気だ。

 美形と言えば、私にとってはフィンドレイ公爵様の冷たく繊細な美しさが一番身近だけれど、目の前の男性はまったく対照的だった。


 でも、身のこなしや話し方は落ち着いている。

 もしかすると高位貴族かもしれないわ。

 身に着けているものはどれも上質なものばかりだし、上着の襟や袖口の刺繍は、あまり見かけないものだ。上位貴族で最近流行っているデザインなのかしら?


 男性は私を上から下まで眺めてから、にっこりと笑う。


「うん。うさぎっぽい。きみ、うさぎに似てるって誰かに言われたことない?」

「……えっと、た、たぶん、あります……?」


 私は初対面の人と話す緊張や、問いかけにきっぱりと答えるだけの自信のなさに、曖昧な返事をしてしまう。

 先ほどイセル坊ちゃまが金色のうさぎのぬいぐるみを『マグぅちゃんうさちゃん』と呼んでいたので、まったくないわけでもないような気がするのだけれど……。

 でも、そうするとフィンドレイ公爵様もうさぎっぽいということになるのかしら?


「やっぱり。きみってすごく可愛いもんな」


 あまり言われ慣れていない評価に、私は戸惑ってしまう。

 可愛いとは、愛嬌が大きく関わっている気がする。私には縁のない言葉だ。


 男性の言葉に困惑していると、「あ、ごめん、引かないで」と彼は焦ったように言う。

 引いていたのではなく、冷たい無表情が私の通常なだけなのだれど……。


「さっき、この紙を拾ったんだけれど。これってきみのかな?」

「……あ、ぬいぐるみの展覧会のチラシですね。はい。私が探していた物です」


 男性からチラシを受け取り、私はホッとする。これで目的は果たせたわ。


「……あの、拾っていただき、ありがとうございました。それでは、私はこれで失礼いたします」

「あ、ちょっと待って」


 侍女らしくお辞儀をして、その場からさっさと去ろうとすると、男性に腕を掴まれる。


「なんか、きみにドン引きされたままなのは嫌だからさ。俺に挽回のチャンスをくれない? ほんと、普段は初対面の女性に『うさぎみたいで可愛い』だなんて軽いことは言わないんだ、俺。きみに思わず言ってしまったのは、それだけきみが魅力的だったからってことで……」


 男性に詰め寄られて、私はますます困惑する。

 遠巻きにヒソヒソされるのは悲しいくらいに慣れているけれど、近付かれて『可愛い』やら『魅力的』だなんて言われた経験はほとんどない。もしかしたら、フィンドレイ公爵様に『マグノリアは我が家の家宝だ』と抱き締められたことが、一番強烈な思い出かもしれない。


「えっと……、その……」

「単刀直入に言うと、俺、きみに一目惚れしたんだ。少しの時間でいいからお茶でもしない? 今時間がないなら、連絡先を教えてくれるだけでもいいんだ。ていうか、まずは自己紹介をしない?」


 ……私に一目惚れ?

 この人は何を言っているのかしら?

 人間らしい喜怒哀楽が表情筋に現れない私に、誰かが一目で気に入ってくれる要素なんてあるわけないのに……。


 わかった。これは詐欺だわ。

 田舎者丸出しの侍女に甘い言葉をかけて貯金を巻き上げるという、結婚詐欺師よ! 書物で読んだことがあるもの!

 叔父一家に長年お金を巻き上げられていた私には、こういう怪しい雰囲気に敏感なのだ。


「いえ、結構です。私はそんな見え透いた手に引っ掛かったりなんて……」


 私は詐欺師に冷たい視線を向けて、断りの台詞を口にしようとする。

 すると、すべてを言い切る前に、背後から誰かに肩を抱えられた。


「失礼だが、我が家の子守り用魔導人形を口説くのはやめてくれ。マグノリアは我が家の大事な家宝なんだ」


 驚いて顔を上げれば、私の肩を抱えるフィンドレイ公爵様の姿があった。


「フィンドレイ公爵様……!?」

「きみが戻ってくるのが遅いから、魔石切れかと心配になり、探しに来たんだが」


 遅れてしまって申し訳ない半面、心配してもらえたことの嬉しさで心がふわふわする。


「探しに来てくださって、ありが……」

「まさか男に口説かれているとは思わなかった」


 フィンドレイ公爵様からなぜか黒いオーラがズモモモモ……っという感じで溢れてきた。


 ひぇぇぇぇ! なんだかフィンドレイ公爵様がとっても怖いわ!?

 お礼を言いかけていた口が思わず止まってしまう。


 フィンドレイ公爵様は馬車に戻るのが遅かった私に怒っているというより、私に声をかけてきた結婚詐欺師に怒っているらしく、ずっと睨みつけている。

 結婚詐欺師のほうはフィンドレイ公爵様の睨みに堪えた様子はまったくなく、また私にズイッと顔を近付けた。


「マグノリアっていうんだ? 素敵な名前だ。確か、『純粋無垢』や『愛情』や『高貴』といった花言葉があったっけ。きみにぴったりの名前だと思うよ」

「もう一度言う。マグノリアを誘惑しないでくれ。彼女は魔導人形であって、人間の女性ではないんだ。口説いたところで意味はない」

「俺は彼女が人間じゃなくても別にいいけれど」

「は!? 人間じゃなくてもいい……!?」

「こんなに可愛いなら、魔導人形とかいうのでも全然問題ない」


 なるほど。お金を巻き上げられるなら、生身の女性じゃなくても全然構わないのね。

 魔導人形相手に詐欺をしても、法に触れないからラッキーとか考えているかもしれないわ。


 詐欺師はまるで挑発するかのように微笑み、フィンドレイ公爵様はさらに真っ黒なオーラを全身から放ち始めた。


「話にならないな。マグノリア、もう馬車へ移動するぞ」

「は、はい、フィンドレイ公爵様」


 フィンドレイ公爵様に肩を強く押されて、私は頷いた。


「あ、マグノリア! 俺の名前はルビウス! 覚えておいてよ。俺、当分王都にいるからまた会おう!」

「会わなくていい、マグノリア。無視しろ」

「はい……」


 結婚詐欺師とはもう二度と会う気はないけれど、相手にお断りの返事をするどころか、振り返ることも許されなかった。


 馬車まで戻ると、フィンドレイ公爵様はイセル坊ちゃまの手前、不機嫌オーラを引っ込めた。けれど何やら考え事に夢中らしく、極端に口数が少なくなる。


「……ねぇ、マグノリアちゃん。テオ様、どうしたの? 迎えに行った時、何かあった?」


 オリバー様にこっそり尋ねられて、私も小声で先ほど会った結婚詐欺師の話をする。

 するとオリバー様は両手で口元を抑えて、必死に笑いを堪えた。


「ブフォ……! なるほど、それでテオ様は黙り込んじゃってるわけね……っ!」


 私は何が『なるほど』なのかわからないまま、馬車は王城へと到着した。


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