51:寄り道①
王都はどこもかしこも賑やかだ。
私たちが寄り道することにした貴族向けの高級店が建ち並ぶエリアも、馬車があちこちの店前に横づけられ、買い物の箱をうず高く両腕に抱えている従者を後ろに従えた紳士淑女が練り歩く姿がたくさん見られる。
イセル坊ちゃまが最初に訪れたのは、人気のドーナツ屋さんだった。チョコやフルーツで動物の顔が描かれているドーナツが売りらしい。ここでアリーヤ王女殿下へのお土産を見繕うそうだ。
店内に入ると、なんと、イセル坊ちゃまが来客一万人目のお客様だったらしく、特別なデザインの動物ドーナツをプレゼントされた。
黒髪隠しの帽子を被ったイセル坊ちゃまが、箱の中身を見せてくださる。
「マグぅちゃん、みて! いろんなどうぶつさんがいっぱいなの!」
「ライオンと馬、羊にハリネズミ、オウムですね。店頭に並んでいるのは犬や猫、うさぎやクマやヒヨコといったラインナップなので、かなりチャレンジしたデザインのドーナツです。よかったですね、イセル坊ちゃま」
「うん! ピヨンちゃんのおかげなの! ありがとう、ピヨンちゃん!」
〈まぁ、この程度の幸運なんて朝飯前だけれどね〉
「これが妖精の幸運かぁ~。すごいですね、テオ様」
「ああ。おかげでアリーヤ王女殿下も召し上がったことのない菓子が手に入ったな」
人気店なのでアリーヤ王女殿下ももちろんこちらの動物ドーナツを食べたことはあるでしょう。でも店頭には普段並ばない動物なので、珍しがってくださるに違いないわ。
続いて、老舗のぬいぐるみ屋さんに向かう。
イセル坊ちゃまにはお気に入りのぬいぐるみがある。フィンドレイ公爵様がイセル坊ちゃまの黒髪に合わせて選んでくれたらしい、黒うさぎのぬいぐるみだ。今回の旅にも同行している。
黒うさぎのぬいぐるみに新しいお友達を作ってあげたいらしく、イセル坊ちゃまは意気込んでいた。
店主に「うさちゃんくださいっ」とイセル坊ちゃまがお願いすると、なぜか店主も興奮したように瞳を輝かせた。
「ちょうど今朝届いたばかりのうさぎのぬいぐるみが二体ございます! 大人気のぬいぐるみ作家の作品で、コレクターでもなかなか手に入らないものなのですよ! ぜひ、ご覧になってください!」
そう言って店主が持ってきたのは、フィンドレイ公爵様の髪色によく似た水色のうさぎのぬいぐるみと、金色のうさぎのぬいぐるみだった。
どちらもうさぎのぬいぐるみとしては少し珍しい色ね。
イセル坊ちゃまは二体のうさぎのぬいぐるみを見た途端、二体ともぎゅっと抱き締めた。
「これ、ぼくのなの! テオおじさんとマグぅちゃんのうさちゃん!」
あまりに可愛らしい発言に、私は無表情のまま胸を抑えた。
イセル坊ちゃま、天使……!
金色のうさぎが私に似ているのかはよくわからないけれども……!
「水色のうさぎが私かはよくわからんが、金色のうさぎのほうは確かにマグノリアに似ている気がするな」
「テオおじさま、うさちゃんたち、かってください!」
「わかった。店主、この二体を包んでくれ」
「はいっ。かしこまりました」
私が考えていたことと似たようなことを言いつつ、フィンドレイ公爵様はぬいぐるみを購入した。イセル坊ちゃまはとても嬉しそうだった。
ふと、視線を逸らすと、オリバー様はほかのうさぎのぬいぐるみが置かれている棚を真剣な表情で見つめている。
「どうされたのですか、オリバー様?」
「俺のうさちゃんがないのはすっごく寂しいから、急いで選んでるところ!」
「あぁ……。なるほど……」
オリバー様はご自分の髪色によく似た栗色のうさぎのぬいぐるみを自腹購入した。
こちらは手のひらサイズのぬいぐるみで、オリバー様はうさぎをジャケットの胸ポケットに差し込むと、「ご覧ください、イセル坊ちゃま。これがオリバーうさちゃんですよ」と自慢している。
「オリバーくんのうさちゃんもかわいいねっ」
「イセル坊ちゃまうさちゃんとテオ様うさちゃんとマグノリアちゃんうさちゃんと遊ぶ時は、ぜひオリバーうさちゃんも呼んでいただければ光栄です」
「わかったの!」
〈なんだか呼びづらいわね、ぬいぐるみの名前〉
お店の前に停めた馬車に、フィンドレイ様とイセル坊ちゃま、ピヨン様とオリバー様が乗り込む。
最後に私が乗り込もうとしたところで、店主が慌てた様子で店から出てきた。
「申し訳ございません。こちらをお渡しするのを忘れておりました!」
「なんでしょうか、店主?」
「来月から、店内でぬいぐるみの展覧会を開く予定でして。若手作家やベテラン作家のぬいぐるみがたくさん集まるので、ぜひチラシだけでもお持ち帰りください」
王都にいるのは、オウカ神聖王国の使節団を歓迎する催しの期間だけだ。来月の展覧会には来れないと思う。
でも、チラシに描かれたぬいぐるみの絵がとても可愛かったので、受け取ることにした。この絵を見たらイセル坊ちゃまが喜ぶに違いない。
私はいただいたチラシを持ったまま、馬車に乗ろうとした。
すると強い風が吹き抜けて、手の中からチラシが飛んでいく。
私は慌ててオリバー様に声をかけた。
「申し訳ございません、チラシを拾ってきます!」
「そんなの、店主からもう一枚もらえばいいんじゃない?」
「はい。飛んで行ったチラシはイセル坊ちゃまにお渡し出来ないので、オリバー様は店主から新しいチラシをいただいて来てもらえますか? あちらはゴミとして回収してきますので」
「魔導人形氏、自分が拾ってきましょう!」
「いいえ。すぐに戻ってきます」
護衛長のロイド様の申し出を断る。どうせ身軽な私が走ったほうが速いもの。
私はチラシを追いかけて、一人で走り出した。




