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46:マグノリアの休日②



 街に到着すると、まずは文房具店に寄り、ほしかったものを購入する。

 それから冒険者ギルドのある賑やかな通りへと向かった。


 広場の復旧作業のために人が集まっているのか、いつも以上に人が多い気がする。

 ……いえ、私が今まで屋敷から抜け出していた時間帯が夜だから、日中の人の多さを知らなかっただけかもしれないわね?

 領民たちは見知らぬ私を警戒しているのか、妙にジロジロとこちらを見てくる。

 こういう時に『微笑んで会釈する』フレンドリーさが私にあれば、警戒されずに済むのでしょう。無表情の私が会釈しても、謎の首振り人形にしかならないし……。

 ……はぁぁ、やっぱり自分の動かない表情筋が恨めしいわ……。


「あの、お嬢さん、ちょっとよろしいかしら?」


 突然、横から呼び止められて驚く。

 声をかけられたほうへ視線を向けると、優しげな老婦人が立っていた。


「……な、なんでしょうか……?」


 消え入りそうな声でオドオドと尋ねると、老婦人は私の顔をまじまじと見つめて、合点が行ったというように笑った。


「お嬢さんでしょう? 広場に現れた魔物を追い払ってくれたのは。わたし、脚が遅くてね。広場から逃げ出すのも遅くてモタモタしていたら、あなたが頑張っていらっしゃる姿を見たのよ」

「えっ」

「フィンドレイ公爵領を守ってくださって本当にありがとうございます。あなたはとてもご立派だわ」


 老婦人は「今はこれしか持っていないのだけれど、お礼にどうぞ」と言って、キャンディやキャラメルの詰め合わせをくださった。


 いえ、そんなお礼を言われることのほどでは。だってワイバーンをぶん投げただけですし。私だけじゃなく、作戦に許可をくださったフィンドレイ公爵様や、協力してくださったお店の方々、避難誘導をしていた騎士や冒険者の皆様、本当にたくさんの人たちのおかげで被害が少なくて済んだので……。


 頭の中では伝えたい言葉がゴチャゴチャしているのに、私の口から出てくるのは「あ、いえ、その」「そんな、結構ですから」「はわ、はわわわ……」という要領を得ない言葉ばかりだった。


「やっぱり、このお嬢さんがあの勇ましい侍女だったのか! なんだか似てるなって思っていたんだよ! 本当にありがとうな!」

「あなた、あんなに大きな魔物を吹っ飛ばしちゃうなんて、とても強いのねぇ。これ、うちで焼いたパンなんだけれど持って行って! 街を救ってくれたお礼よ!」

「あの日、うちの子が広場で遊んでいたんです。侍女さんがいてくださらなかったら、今頃どうなっていたか……。本当にほんとうにありがとうございます……っ!」

「おねーちゃん、ありがと! わたしが育てたお花をあげるね!」


 気が付くとたくさんの領民たちに囲まれていて、私の両腕は食べ物やお花やぬいぐるみなんかで溢れていた。


 ……領民たちから警戒されていたわけではなかったみたい。


「……こちらこそ、私などを受け入れてくださって、ありがとうございます」


 向けられた好意の温かさに胸の奥がジーンとする。

 ……いつかフィンドレイ公爵領を離れる日が来たら、今日のこともきっと何度も思い出すのでしょう。





 いただきものを腕に抱えたまま冒険者ギルドに入り、魔の山の現状について情報を聞くためにギルドマスターの部屋へ向かう。

 案内してくださる受付のお姉さんから「ギルドマスターも殺戮人形様のことをずっとお待ちしていたんですよ」と言われた。

 ギルドマスターが何か私に用事でもあったのかしら?


「久しぶりだな、マグノリア! ワイバーン討伐を成功させた英雄よ! 儂はきみが来るのをずっと待ちかねていたのだ! さぁ、これがきみのSランクへの推薦書だ! 儂とともにギルド本部へ向かおうじゃないか!」

「あ。結構です。辞退いたします……」


 室内に入った途端、満面の笑みを浮かべるギルドマスターにそう言われて、私は首をブンブンと横に振った。


 冒険者ギルド本部はネルテラント王国にはなく、他国にある。

 そんなに遠くまで行くわけにはいかない。

 長期間屋敷を空けるだなんてイセル坊ちゃまが心配だし、魔導人形が長期休暇を申請する理由も思いつかないもの。

 それに、フィンドレイ公爵家を退職したら女官になるのだ。冒険者としての経歴は私には必要ない。


「ワイバーンを討伐したんだから、もうSランクでいいだろう!!? 頼む、儂の顔を立てると思って推薦を受けてくれ、殺戮人形!!!」

「わ、私はワイバーンを討伐しておりません。ぶん投げただけですので、推薦していただく資格もないような……?」

「あんなもの、討伐と同じだろうが!!?」

「そうでしょうか……?」


 私とギルドマスターの会話がエントランスのほうにも筒抜けだったらしく、ほかの冒険者や職員たちが駆けつけてきて、こちらの会話に入ってくる。


「いや、あれはワイバーン討伐成功でいいだろ! すごかったぜ、殺戮人形!」

「黒い裂け目に吸い込まれてなきゃ、あのワイバーンは地面に叩きつけられてノックアウトしていたはずよ!」

「格好良かったです、殺戮人形様!」


 いつもの私を恐れる視線じゃなくて、すごくキラキラした瞳で見つめられている。

 先ほどの領民たちと似たような反応で、またふわふわした気持ちになった。


「……皆様にそう言ってもらえて、とても嬉しいです。……でも辞退します」


 というわけで、Sランクへの推薦の件はちゃんと辞退した。

 ギルドマスターたちから「儂の支部から初のSランク冒険者が現れるかと思ったのになぁ」「支部の評価も上がりますしね」「殺戮人形から二つ名が竜殺し(ドラゴンスレイヤー)に変わるかもしれなかったのに、もったいない」と残念がられてしまって、申し訳なかったけれど。


 部屋に殺到していた人々が去ってから、私はギルドマスターに魔の山の現状について尋ねた。


「魔の山か。あそこは危険な場所だから、オウカ神聖王国の許可の元、冒険者ギルドも定期的に観測を行っていたんだが……」

「今は観測を行っていないのですか?」

「五年くらい前からか? オウカ神聖王国から許可が降りなくてな。現在どうなっているのかは我々でもわからん。まったく、きな臭い国だ」

「そうですか……」

「だが、過去の観測データなら本部で保管されておる。写しを取り寄せてやろう」


 しょんぼり肩を落とすと、ギルドマスターがそう教えてくれた。

 現在の状況はわからなくても、過去の観測データから、聖力の変化による結界への影響を調べることは出来そうね。


「あ、ありがとうございます、ギルドマスター」

「まぁ、なんなら一緒に本部まで写しを取りに行ってもいいぞ?」

「取り寄せでお願いします」

「本当に欲がないなぁ、お前は」


 隙あらば私をSランクにしようとするギルドマスターだけれど、「わかったわかった、取り寄せだな」と頼みを請け負ってくださった。


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